少女のそんな心中など分かるはずもなく。それで、と政秀は強い口調で言う。
「ここで起きていた『霊現象』は、全ておまえたちの仕業だったんだな」
「……美っちゃん……」
後ろからTシャツの裾を引っぱられて、少女ははっと現実に立ち返った。
見るからに加奈子はおびえていて、できるだけ少女の影に隠れようとしている。無理もない。相手は強面の大人の男だし、意図してかまでは分からないが、威圧的に見下ろしてきている。そして、ここで彼女たちがしたことを責めているのだから。
石を投げたり、解体に必要な道具を隠したり、資材を崩したり。まさかあれで本当にけがをする人が出るなんて、思わなかったけれど……。
少女はぐっとこぶしを固めて反論した。
「だって、しかたないでしょ! だれもあたしたちの話をまともに聞いてくれないんだから!
あそこには英一がいるのに!!」
「英一?」
「あたしの弟! 一緒に来て、あそこで行方不明になったの!」
政秀はふむとあごに手を添える。
「男児が不明になった、とは聞いているが」
「そう! それがあたしの弟なの!」
少女は勢い込んだ。
「弟はまだあそこにいるのよ! なのにあの人たち、あそこを壊そうとするんだもの。あそこには弟がいるんだからやめてって、何度も言ったのに、聞いてくれなくて……。
きっと、あたしたちが子どもだからよ。大人だったら言うことを聞いてくれたはずだわ!
お願い、おじさんからあの人たちに言って、ここを壊させないで!」
話しているうちにこれまでのことが思いだされてきたらしい。興奮して前のめりになって声高にまくし立てだした少女に、政秀は片耳をふさぐ。
「うるさい、声を落とせ!」と言いかけた政秀の目に入ったのは、少女の目ににじんだ涙だった。
ふうと息を吐き、舌打つ。
「なるほど。おまえ側の意図は分かった。だが、たとえそうだとしても、さっきのようなやり方は危険すぎると思わなかったのか? 俺はおまえたちに気付いていて、昨日の事件についても知っていたから避けられたが――」
「昨日の! あのおじさん、無事だった!? まさか死んだりしてないでしょ!?
ねえっ?」
またもや政秀の話をまともに聞かず、さらに激しい口調で詰め寄られて政秀はげんなりしたが、少女の真剣な表情を見て、「ああ」と応じた。
「足の骨を折ったが、命に別状はない。病院で適切な処置を受けている」
「……そう。良かった……」
「良かったわね、美っちゃん」
「うん………………ずっと気になってたんだ」
政秀の言葉をそのまま受け入れて、心から
悪い子ではない、と思った。子どもらしく、思慮が浅いだけで。
自分の意見を通したいがために思い詰めてやったことで、まさか、結果があんな大ごとになるとは思ってもみなかったのだろう。
ただ、それはそれで向こう見ずではた迷惑な行動力ではあるが。
「おまえがなぜ弟がまだあそこにいると考えているのか聞かせてもらうにしても、まずは名前からだ。
名乗れ」
その横柄な物言いに、少女の目から涙が引っ込んだ。
「訊いたほうから名乗るのが礼儀でしょ。おじさんから名乗ったら?」
キッとにらみ上げて言い返す。
政秀は顔をしかめた。
「おじさんと言うのはいいかげんやめろ。
俺は長谷川 政秀という。ここで起きている霊現象の調査を依頼されて来た拝み屋だ」
「おがみや、って?」
少女は首をひねる。
「包括団体に所属しない、個人で霊が関係している案件を専門に請け負う職業のことをいう」
「ほうかつだんたい?」
ますます少女の首の角度は深くなる。
「おまえたちにも分かるように簡単に言えば、寺や神社、つまり宗教だ。
おまえたちは?」
「あたしは岡﨑 美都子! で、こっちは――」
「……加奈子、です。井上 加奈子」
政秀におびえて美都子の後ろに隠れていた加奈子が、ようやく影から出て自己紹介をした。
ポロシャツにサブリナパンツ。肩の上でふんわりと広がった、柔らかそうな茶色の髪。
ぺこりと頭を下げる姿に、元気で生意気な美都子とは対照的に、こちらの少女は人見知りがちだがずっと礼儀正しいようだ、と政秀は判断する。
「あたしと加奈子は幼なじみで同級生なの!」
まるでそれが自慢のように美都子は胸を張り、政秀の目は再び美都子へ戻った。
「いくつだ?」
「中2ー」
人差し指と中指で手をチョキの形にして振って見せる。
「……そうか」
なるほど、と政秀は納得した。
「なに?」
「なんでもない。
それで? 弟はどういう状況でいなくなった」
「あ、うん」
美都子はくるっと身をひるがえし。
「あっち! ついて来て!」
廃校舎のある上へと続くスロープに向かって駆けだした。
◆◆◆
「あたしたち3人は、あそこを通ってここに来たの」
廃校舎に向かって右の茂みを指さした美都子は、その指をぐるりと廃校舎の入り口――玄関へ移す。
「獣道か。正しい道ではないだろう」
「そうかも。途中までは普通の道だったんだけど、間違えちゃったみたい。でも、そんなこともあろうかとおじいちゃんのナタを持ってきてたから、それで邪魔な枝をこう、ばっさばっさと切り払ってここまで来られたってわけ」
ふふん、と胸を張る美都子。
「賢いな」
「でしょー?
でも、英一は怖がってた。「もう帰ろう」って、そればっかり。「暗くなるよ」とか「雨が降りそうだよ」とか「クマが出そう」とか。ばっかみたい。こんなとこにクマなんかいないって言うと、今度は「野犬が出るかも」とか言い出すし。
大体、ここに来たがってた大ばあちゃんのために何とかしてあげたいって言いだしたの、あの子なんだよ? ここをスマホで撮ってこようって言ったとき、ほんとはあたしは加奈子とだけ来るつもりだったのに、「絶対自分も行く!」って言い張ったりして。
それで連れてきてあげたのに、あれなんだもん」
「美っちゃん。英ちゃんはただ、美っちゃんにのけものにされたくなかっただけだったのよ。まだたった9つなんだもの、あの山道を歩くのはすごくつらかったと思うわ。美っちゃんやわたしも10分ごとに休憩とってたじゃない」
不満いっぱいに口先をとがらせてグチグチ言い始めた美都子を見て、加奈子がとりなす。
美都子は、ふーっと息を吐き出し「あたしはそうは思わないけど、加奈子がそう言うんなら」としぶしぶ留飲を下げた。
そのやりとりから、2人の、そしてここにはいない弟・英一と、3人の関係が政秀にもなんとなく想像できる。
それで、と美都子は話に戻った。
「あたしは英一に、「ここで待ってて」って言ったの。もう5時で、予定してたよりずっと遅くなってたし、英一はすごく怖がってたから加奈子に一緒に残ってもらって。1人でさっさと済ませて来るから、って……」
そのときのことを思いだしてしまったらしい。美都子はきゅっと下唇をかむ。
そんな美都子を慰めるように両肩を抱いた加奈子が、美都子に代わって政秀を見上げた。
「美っちゃんは廃校舎を外からスマホで撮ったあと、すぐ中に入ってしまったから、知らないんです。ここからはわたしがお話しします。
わたしと英ちゃんは、最初、ここで待っていたんです、美っちゃんの言いつけどおりに。「美っちゃんが戻ってくるまで、一緒にこうしていようね」って。英ちゃんはうなずいて、おとなしくわたしと手をつないで美っちゃんの帰りを待っていました。
でも、だんだん日が落ちて暗くなるし、山の中から鳥の鳴き声や犬の遠吠えとか聞こえてきて、英ちゃんはますます怖がってわたしにしがみついて「怖い、怖い」って震えていました……」
それで加奈子は夜の暗がりを怖がる英一を連れて、廃校内へ入ることにしたのだった。