おねえちゃん、おねえちゃん、ごめんね。
おこらないで。
おねえちゃんの「だいじ」なのに、さわってごめんね。
ぼくもランドセルほしかったの。
おねえちゃんみたいにせなかにもってみたかったの。
ママがかえってきたら、しょうがっこうにいくんでしょ。
ぼくもいきたい。
ぼくもおねえちゃんといっしょにいきたい。
いかないで、いかないで、おねえちゃん。
おこらないで。
ぼくをおいていかないで。
いかないで、おねえちゃん。
おねえちゃん。
目が覚めた。
まだ夜だった。
思い出したのは『前』の気持ち。
もう動けなくて、ちゃんと声も出せなくて、おねえちゃんをよぶことしかできなかった。
おねえちゃんは、まっててねって言ったけど、どこにも行ってほしくなかった。
いかないで、って泣いたけど、おねえちゃんはぎゅっとにぎったぼくの手をはなしてしまった。
『前』のきおくは、それきり。
ぼくはちょっと泣いた。
この『悲しい』の気持ちが、『前』なのか、『ここ』なのか、よくわからない。
『おねえちゃん』への気持ちなのか、『お姉ちゃん』への気持ちなのか、わからない。
ぼくは、『前』のぼくよりもずっと長生きしている。だから、毎日毎日が発見ばかりで楽しかった。生きてるっていうことの意味を、わかった気がしてた。
だから死ぬことがこわい。
とてもこわい。
『お姉ちゃん』がナイフでさされて、『おねえちゃん』みたいに居なくなってしまうんじゃないかと思って、ぼくはすごく泣いた。病院で、どうしていいかわからなくて、『前』みたいにただ「お姉ちゃん、お姉ちゃん」てよんだ。
『前』みたいに返事がなくて、ぼくは泣いた。
手術が終わったあと、病院に残るってけっこう強く言ったけど、だめだって言われて家に帰ってきた。お姉ちゃんの侍女がお姉ちゃんに付きそってる。
ちゃんとねむれなくて何度も起きた。そのたびにお姉ちゃんが死んでしまうことを考えて泣いた。
あのときぼくが先に馬車へ乗らず、お姉ちゃんが先だったら、お姉ちゃんはさされなかったかな。
お姉ちゃんがいる生活は、ぼくにとっては当然のことだった。それがなくなるかもしれない可能性が、いつだってあるんだということに気づいて、ぼくはとてもびっくりしたし、頭が真っ白になった。
――お姉ちゃんが死んでしまったら、ぼくはどうしたらいいんだろう。
小さいときに、『ハッピーエンド』ってなにってお姉ちゃんに聞いた。「幸せになることよ」って教えてくれた。
ずっと、『幸せ』になることを考えてた。
お姉ちゃんと『幸せ』になるんだって思ってた。
お姉ちゃんが『幸せ』になるところが見たかった。
『ヒロイン』みたいに、お姉ちゃんが『いいひとれいじょう』になって、『ハッピーエンド』になるところが見たかったんだ。
『おねえちゃん』は、ずっとその
ずっと考えている、『幸せ』ってなんだろう。
『ハッピーエンド』で『ヒロイン』はいつも笑っていたから、きっと悲しいことの反対だ。
ぼくは、おなかいっぱいご飯が食べられてうれしい。
ぼくは、毎日学校に行けてうれしい。
ぼくは、勉強ができていろいろなことが知れてうれしい。
ぼくは、お姉ちゃんがいてくれて、うれしい。
これまでぼくは幸せだったんだと思う。お姉ちゃんが死んでしまったら、きっとぼくは、ご飯が食べられることも、学校に行けて勉強できることも悲しくなるんじゃないかと思う。
お姉ちゃんがいなければ、なにも意味がないんだ。
お姉ちゃん、お姉ちゃん、大好きだよ、死なないで。
ぼくをおいて行かないで。
おねえちゃん。
ぜんぜんねむれないまま朝になった。
こんなに早起きしたことなんかなかったけど、侍女も執事もおどろかずに、ちょっと悲しい顔をしていた。
領地に居るパパとママには、昨日のうちに電信を打って、『スグニ ムカウ スウジツ マテ』という返信がとどいた。ウニライナ州はまだ鉄道の駅を作っている最中だから、一番近い駅から乗って来るんだろう。ひさしぶりに会えるのにぜんぜんうれしくない。
病院の面会は十時からだとわかっているけれど、今までどうやって使うのかわからなかったジェグロヴァ
けいびの人に名乗っただけだけど。すぐに通してくれた。
お姉ちゃんは、さされたおなかのうしろのキズが上になるように、体の下へ布団を入れて、ななめにうつ伏せにされていた。
付きそった侍女から、ナイフが
ぼくは、どうしたらいいんだろう。
ぼくは、どう生きたらいいんだろう。
お姉ちゃんが居なくなってしまったら、ぼくはどうしたらいいんだろう。
――ああ、わかっているよ。
これは『ゲーム』なんかじゃない。
しばらくぼくが付いているから、と、侍女を下がらせた。
ねむるお姉ちゃんの顔を見ながら、ぼくは少し泣いた。