なに? なに? なに⁉
ぜんぜん理解できない、なんで
授業中ずっとそのことばかり考えてた。先生方にはきっと一生懸命勉強しているように見えただろうな。ノートに思い出せるだけのイベントとそのトリガーを書き出してたから。
花束贈呈イベント、いつあるのかははっきりしてる。
攻略対象それぞれ、好感度によって渡してくれる花と本数が違う。
あたしはセルゲイのしか覚えてないけど、あれは確かに
それぞれ『愛の告白』、そして『あなたと一緒にいたい』っていう意味。最悪、なんで? 本当になんで? あたしなんかした? これ負けイベどころか負けゲームじゃん。もしかしてハードモード? それってスマホ版じゃなくてゲーム機版にしかないやつ。そんなのやったことあるわけないじゃん、あたし、ライトユーザーだもん。
泣きそうになる。『ここ』の家の人たちの顔が思い浮かぶ。
もしあたしが聖女になれず、ゲームオーバーしたら、どうなるかな。
やっぱり家が取り潰しになって、みんな路頭に迷うのかな。
パパとママは食べて行けるかな、あたし、働いて支えられるかな。
ばあやはどうなるだろう、子どももいなくて、あんな年までずっとあたしについてくれているのに。
いろいろなことが頭の中でぐちゃぐちゃになる。
誰とも話したくなくて、いつもはダベってから帰るのに、授業が終わってすぐにあたしは教室を飛び出て玄関へ直行した。クラスのみんなちょっとびっくりしてた。
外に出ようとしたら、ぶつかりかけた下級生がいた。お互いに「すみません」と言ってすれ違おうとしたけど、顔を見たらイネッサの弟だと気づいて、とっさにあたしはその腕をとった。
「ちょっと、あんた!」
最初からおかしかった。
セルゲイがあたしを名前で呼ばないことも、イネッサに弟がいることも。
イネッサの弟はあたしを見て目を丸くした。
頭を下げて「こんにちは」と挨拶してから、「なにかご用ですか」と尋ねてくる。
なんなのよ、そのしらじらしい態度……!
「あんたでしょ、あたしのイベント発生邪魔してるの⁉ なにがセルゲイを引き受けてくれ、よ! 花束もらったの、あんたの姉じゃない!」
あたしが言うと、ちょっと考えるような間があって、イネッサの弟はあたしをまともに見て言った。
「ああ、あれ、イベントだったんですね。ぼくは特になにもしていないです。ヒロインさんがなにかフラグ落としたんじゃないですか?」
「ふざけないでよ、あんたがいるのが、そもそもおかしいの! ゲームにイネッサの弟なんて出てこなかった! きっとそれでシナリオが狂ってるんだわ、ぜったいあんたのせいよ!」
イネッサの弟はあたしをにらんできた。あたしも負けずににらみ返す。
「ぼくはぼくとして生まれてきて、生きているだけです。ヒロインさんだってそうでしょう。ぼくのせいだって言われても、どうすればいいんですか、死ねってことですか」
「……そ、そこまでは言ってないっ」
言い返されて、ちょっとたじろぐ。そんな、誰かに死んでほしいとか思うわけないじゃん。そうじゃなくて。
「――邪魔しないでよっていうだけよ!」
「ぼくのお姉ちゃんは、イネッサ・ジェグロヴァです。ぼくは、ぼくとして行動します。それ以外にできることはありません」
「……セルゲイ殿下と、イネッサの仲を取り持つようなことはやめて!」
「そんなことしてません、それどころかお姉ちゃんと『こん
イネッサの弟は、茶色い瞳でじっとあたしを見て言った。嘘をついてる感じじゃない。きっと、本当にセルゲイ殿下とイネッサの結婚を望んでいないんだと思う。
「――じゃあなんでこんなになにもかも上手く行かないのよ……‼」
あたしは叫んだ。八つ当たりみたいなこと言ってるなって、自分でもわかった。でも感情がぐちゃぐちゃになって、どうにもならない。
「ここは『ゲーム』だけど、『本当』でもあるからじゃないですか」
わかったようなこと言うじゃない。
「ぼくはもうずっとそう思って、そう行動しています。ぼくが生きたいのは『ゲーム』じゃないから」
あたしだってそうだよ。
でも、『ここ』は『ゲーム』の世界じゃん。
「ぼくは自分から『ゲーム』になる必要はないと思うし、お姉ちゃんにも『ゲーム』みたいな悲しいことが起こるのはいやです」
はっきりとした口調だった。それは、あたしがこれまで考えたこともないことで。
「――だから、『ゲーム』の通りに行くよう、行動したりはしません。でも、ヒロインさんは『
違う。
「違う、あたし――べつに『
こらえきれなくなって、泣いた。
あたし、
ぜったい
仕方ないじゃん、気づいたら『
『ここ』のやり方で生きるしかないじゃん。
他に方法なんて知らないよ。
イネッサの弟はちょっとあわてたような表情をしてから、ちょっとためらった後にぎゅっとあたしへ抱きついた。
びっくりして涙が止まった。
彼が言ったのは「ごめんなさい」だった。
「ごめんなさい、ぼくはまちがいを言いました。ヒロインさんを悲しくさせる気はないです、ごめんなさい」
またちょっとだけ涙が出た。
わかってる、彼は思っていることを言っただけ。あたしは笑った。
「なによそれ、あんたへんなやつね」
「あんたじゃありません、イネッサ・ジェグロヴァの弟のレオニート・ジェグロヴァです」
「はいはい、レオニートくん。あたしも『ヒロインさん』じゃないんだけど。ヤニーナ・ポフメルキナっていうんだけど」
「……ぽめ……?」
「ポフメルキナ‼」
「わかりました、ポメ
「ポフメルキナだってば!」
なんか、ちょっとだけ教えられたような気持ちになって、でもなんか悔しくてあたしは「ありがとう」とは言わなかった。
そうか、『ゲーム』の通りにしなくてもいいのか。
でも、そうしたらどうなるんだろう。
怖い、とても怖い。
でも、もし、そうだとしたら。『シナリオ』を進めなくてもいいのだとしたら。
……あたしは、『あたし』でいてもいいんだろうか。