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第11話 あたしの邪魔をしないでよ

 なに? なに? なに⁉

 ぜんぜん理解できない、なんで攻略対象セルゲイ悪役令嬢イネッサに花束を渡すの⁉

 授業中ずっとそのことばかり考えてた。先生方にはきっと一生懸命勉強しているように見えただろうな。ノートに思い出せるだけのイベントとそのトリガーを書き出してたから。

 花束贈呈イベント、いつあるのかははっきりしてる。あたしヤニーナが、聖女覚醒した直後だ。もちろん、もらうのは主人公あたしのはず。悪役令嬢がもらうなんてイベント、全クリしてた『前』の友だち、ゆっこからも聞いたことがない。

 攻略対象それぞれ、好感度によって渡してくれる花と本数が違う。

 あたしはセルゲイのしか覚えてないけど、あれは確かに花車ガーベラ花金鳳花ラナンキュラスだった。本数までははっきりとわからなかったけれど、三本と九本だったら、好感度が最高まで上がった状態での告白イベント。

 それぞれ『愛の告白』、そして『あなたと一緒にいたい』っていう意味。最悪、なんで? 本当になんで? あたしなんかした? これ負けイベどころか負けゲームじゃん。もしかしてハードモード? それってスマホ版じゃなくてゲーム機版にしかないやつ。そんなのやったことあるわけないじゃん、あたし、ライトユーザーだもん。


 泣きそうになる。『ここ』の家の人たちの顔が思い浮かぶ。

 もしあたしが聖女になれず、ゲームオーバーしたら、どうなるかな。

 やっぱり家が取り潰しになって、みんな路頭に迷うのかな。

 パパとママは食べて行けるかな、あたし、働いて支えられるかな。

 ばあやはどうなるだろう、子どももいなくて、あんな年までずっとあたしについてくれているのに。


 いろいろなことが頭の中でぐちゃぐちゃになる。

 誰とも話したくなくて、いつもはダベってから帰るのに、授業が終わってすぐにあたしは教室を飛び出て玄関へ直行した。クラスのみんなちょっとびっくりしてた。

 外に出ようとしたら、ぶつかりかけた下級生がいた。お互いに「すみません」と言ってすれ違おうとしたけど、顔を見たらイネッサの弟だと気づいて、とっさにあたしはその腕をとった。


「ちょっと、あんた!」


 最初からおかしかった。

 セルゲイがあたしを名前で呼ばないことも、イネッサに弟がいることも。

 イネッサの弟はあたしを見て目を丸くした。

 頭を下げて「こんにちは」と挨拶してから、「なにかご用ですか」と尋ねてくる。

 なんなのよ、そのしらじらしい態度……!


「あんたでしょ、あたしのイベント発生邪魔してるの⁉ なにがセルゲイを引き受けてくれ、よ! 花束もらったの、あんたの姉じゃない!」


 あたしが言うと、ちょっと考えるような間があって、イネッサの弟はあたしをまともに見て言った。


「ああ、あれ、イベントだったんですね。ぼくは特になにもしていないです。ヒロインさんがなにかフラグ落としたんじゃないですか?」


「ふざけないでよ、あんたがいるのが、そもそもおかしいの! ゲームにイネッサの弟なんて出てこなかった! きっとそれでシナリオが狂ってるんだわ、ぜったいあんたのせいよ!」


 イネッサの弟はあたしをにらんできた。あたしも負けずににらみ返す。


「ぼくはぼくとして生まれてきて、生きているだけです。ヒロインさんだってそうでしょう。ぼくのせいだって言われても、どうすればいいんですか、死ねってことですか」

「……そ、そこまでは言ってないっ」


 言い返されて、ちょっとたじろぐ。そんな、誰かに死んでほしいとか思うわけないじゃん。そうじゃなくて。


「――邪魔しないでよっていうだけよ!」

「ぼくのお姉ちゃんは、イネッサ・ジェグロヴァです。ぼくは、ぼくとして行動します。それ以外にできることはありません」

「……セルゲイ殿下と、イネッサの仲を取り持つようなことはやめて!」

「そんなことしてません、それどころかお姉ちゃんと『こんやくはき』してくださいっておねがいしたくらいです」


 イネッサの弟は、茶色い瞳でじっとあたしを見て言った。嘘をついてる感じじゃない。きっと、本当にセルゲイ殿下とイネッサの結婚を望んでいないんだと思う。


「――じゃあなんでこんなになにもかも上手く行かないのよ……‼」


 あたしは叫んだ。八つ当たりみたいなこと言ってるなって、自分でもわかった。でも感情がぐちゃぐちゃになって、どうにもならない。


「ここは『ゲーム』だけど、『本当』でもあるからじゃないですか」


 わかったようなこと言うじゃない。


「ぼくはもうずっとそう思って、そう行動しています。ぼくが生きたいのは『ゲーム』じゃないから」


 あたしだってそうだよ。

 でも、『ここ』は『ゲーム』の世界じゃん。


「ぼくは自分から『ゲーム』になる必要はないと思うし、お姉ちゃんにも『ゲーム』みたいな悲しいことが起こるのはいやです」


 はっきりとした口調だった。それは、あたしがこれまで考えたこともないことで。


「――だから、『ゲーム』の通りに行くよう、行動したりはしません。でも、ヒロインさんは『主人公ヒロイン』でいたいんですか? だから『ゲーム』の通りじゃなきゃいやなんですか?」


 違う。


「違う、あたし――べつに『主人公ヒロイン』になりたいわけじゃない」


 こらえきれなくなって、泣いた。

 あたし、ヒロインそんなのになりたいわけじゃない。

 ぜったい攻略対象セルゲイといっしょになりたいわけでもない。

 仕方ないじゃん、気づいたら『ここゲームの世界』だった。

『ここ』のやり方で生きるしかないじゃん。

 他に方法なんて知らないよ。


 イネッサの弟はちょっとあわてたような表情をしてから、ちょっとためらった後にぎゅっとあたしへ抱きついた。

 びっくりして涙が止まった。

 彼が言ったのは「ごめんなさい」だった。


「ごめんなさい、ぼくはまちがいを言いました。ヒロインさんを悲しくさせる気はないです、ごめんなさい」


 またちょっとだけ涙が出た。

 わかってる、彼は思っていることを言っただけ。あたしは笑った。


「なによそれ、あんたへんなやつね」

「あんたじゃありません、イネッサ・ジェグロヴァの弟のレオニート・ジェグロヴァです」


「はいはい、レオニートくん。あたしも『ヒロインさん』じゃないんだけど。ヤニーナ・ポフメルキナっていうんだけど」


「……ぽめ……?」

「ポフメルキナ‼」

「わかりました、ポメせんぱい」

「ポフメルキナだってば!」


 なんか、ちょっとだけ教えられたような気持ちになって、でもなんか悔しくてあたしは「ありがとう」とは言わなかった。

 そうか、『ゲーム』の通りにしなくてもいいのか。

 でも、そうしたらどうなるんだろう。

 怖い、とても怖い。

 でも、もし、そうだとしたら。『シナリオ』を進めなくてもいいのだとしたら。


 ……あたしは、『あたし』でいてもいいんだろうか。

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