ポフメルキナ嬢が怪我をして四日になるが、未だこの事件の犯人の目星はついていない。進展のなさに多少苛つきながらも、明日から彼女が登校するとの報告をジェグロヴァ嬢から受けた。
ジェグロヴァ嬢とは付かず離れずの距離を取っている。正直なところ、どう接していいのかわからないのだ。どうにも意識してしまって、これまでのように、自然に相対することができない。
それはジェグロヴァ嬢のこれまでの、そして現在進行形の言動に意味を見出してしまったからでもあるし、自分の今の言動もそれに類似していると気づいてしまったからでもある。傍から見るときっと我々は実に慇懃無礼にぎくしゃくとしていることだろうと思った。
ポフメルキナ嬢についての報告を終えて解散するとき、少しだけほっとした表情をする彼女に心がささくれ立つ。けれど、自分も同様にほっとしているので、彼女を責めることもできない。互いに互いのことを、腫れ物を扱うかのようにしているのが現状だ。
完全に煮詰まって、婚姻して二年になる兄へ婚約者と仲良くなるにはどうしたら良いか、と尋ねてみる。彼はからかうような訳知り顔で、「まずは花を贈ってみるといい」と言った。
なるほど、花か。
耕作に適した土地が少ないコマナシスタン皇国では、花の栽培はほとんど行われておらず、特別なときに用いる高級嗜好品として扱われている。なにがふさわしかろうか。
やはり、国花である
いつも無表情の彼は瞠目し、しばし黙ると「詳しい者を連れて参ります」と特命を受けた影のように消えた。しばらくの後に連れて来られたのは皇宮の庭師一家の奥方で、彼女は多少興奮気味に「お任せくださいまし、最高に素敵な花束を作ってみせます」との意気込みを示してくれた。ありがたい、花のことはさっぱりわからぬので、専門家に任せるのが一番だろう。
翌朝、いささか大げさ過ぎはしないだろうか、と思う一抱えもある花束が届けられた。赤い
愛らしいのではないだろうか、と素人目にも思った。特に本数が重要とのことで、時間がないためそれは帰宅してから調べようと思った。
送迎の馬車に花と共に乗り込む。なぜか従者から「ご武運を」と見送られる。
多少早めに学校へ到着できるようにする。この大きな花束をそのまま教室に持ち込むわけにも行かぬので、あちらが登校したときに渡すのが適当と思えた。そうすれば馬車に載せて家まで運んでもらえるだろう。
そもそも、皇宮から直接ジェグロヴァ公爵家へ届けるのが良いのではないか、と提案したのだが、従者からも庭師の奥方からも否定されてしまった。これは直接渡すべきらしい。よって、はれて私は校門の前で花束を抱える男となった。
登校してくる下級生たちの「きれいー」という
ジェグロヴァ家の紋章の入った馬車が到着する。御者が私に気づき、停車後降り立って帽子を取り一礼する。私はうなずいて、彼が馬車に昇降階段を取り付けるのを見守った。
まず、ジェグロヴァ嬢の弟君であり、『じきそ状』の筆者であるレオニート君が元気よく降りてきて私を見てぎょっとする。
「おはようございます!」
しかし挨拶はしっかりするあたりちゃんと教育を受けたいい子だと思う。続いて、ジェグロヴァ嬢が御者の手を借りつつ降りて来て、やはり同じようにぎょっとする。
「おはようございます!」
顔はあまり似ていないが、この姉弟はそっくりだな、と思った。
「二人ともおはよう、良い朝だな」
その次の言葉を見つけられずに言いあぐねて、私は無言でジェグロヴァ嬢へと近づく。彼女の目は私の顔と花束を行ったり来たりしていて、頬がほんのりと赤らんでいた。目の前に立つと、私は彼女へ花束を差し出す。
「君にと思って作らせた。気に入ってくれると良いのだが」
受け取りながら、ジェグロヴァ嬢は『
しかし気づいたら私たちを囲むように生徒たちの人垣ができていて驚く。校門前なので邪魔になってしまったのだろう、私は御者に声をかけ、花を持ち帰るように指示する。
「……あのっ、わたくし用事を思い出しましたのっ! 一度家に戻りますわ!」
慌てて花とともに馬車に乗り込もうとし、転びかける。弟君が「お姉ちゃん、だいじょうぶ⁉」と助けに入った。
「ぼくも帰ります!」
なぜか私に向けて宣言し、弟君も続いて乗車した。勝手知った手付きで御者が扉を閉め、階段を収納し、私にまた一礼してから発車させる。
残された私は衆目を集めてしまい、「騒がせたな、申し訳ない」と言って門内へと足を進める。するとそこにポフメルキナ嬢が立っているのを見留めた。問題なく立てていることに安堵し、私は「おはよう」と声をかけた。
「加減はどうだろうか、心配していた。ジェグロヴァ嬢から様子は聞いていたよ」
呆けたような表情をしていたポフメルキナ嬢は、私の声に驚いたように肩を揺らす。
「あの、あの……! あたし、教室行きます!」
余程学校が恋しかったのだろうか。彼女は急いで校舎へと走って行った。良かった、どうやら心身ともに問題ないようだ。
休憩時間中、ふと思い出して図書館に立ち寄った。花に関する本をいくつか手に取る。色や本数に関する解説が載っている本、と司書に尋ねたところ、薦められたのは『どきどき☆花言葉辞典』だった。
――私はその場に轟沈した。