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第8話 ぼくと『お姉ちゃん』と『おねえちゃん』

 なんと、お姉ちゃんが、しばらく毎日学校帰りに『ヒロイン』のところへお見まいに行くことになった。と、いうことは、ぼくはその間お姉ちゃんといっしょに下校できない……‼

 なんかケガしたらしいけど、なんでそういうことになったのかお姉ちゃんは教えてくれない。最悪だ、ヒロインさん。お姉ちゃんの方がかわいいって言ったのそんなに根に持っているのか。本当のことだから仕方がないのに……こんなのどう考えてもぼくへの嫌がらせじゃないか。

 放課後、送りむかえのために皇宮から来た馬車に乗りこむお姉ちゃんを見送ったあとに、ぼくは高等科に行って用務員のおじさんに声をかけた。なにがあったのか教えてもらうためさ。


「うーん……勝手に言ってはいけないんだよ、ごめんなあ」


 とてもすまなそうに言われた。なにやら事件っぽいにおいを感じる。

 ……もしかして、なにかのイベントが起きた?

 家から迎えに来た馬車へひとりで乗る。その空間が『前』のお家みたいで、『おねえちゃん』がいなくなっちゃった後みたいで、ぼくはちょっと泣いた。

 ぼくは『ゲーム』のことを思い出そうと考えた。『あくやくれいじょう』のイベント、どんなのあったっけ。


『前』では、『おねえちゃん』がこの『ゲーム』をテレビでやっていて、ぼくはそのとなりにすわって、そのプレイを見てた。ぼくがプレイすることはなかったけど、毎日そんなことばっかりしてた。外に出られなくて、他にやることもなかったからさ。

 でも、それが『前』のぼくにとっての幸せだったのかもしれないな、と思ってる。プレイ中は『おねえちゃん』はぼくをおこらなかったし、ぼくもゲームの世界をたのしんでた。おなかがすいていることもわすれるくらい。

 静かなその時間が、ぼくは好きだったんだ。


『おねえちゃん』は『ヒロイン』を動かしながら、それでも『あくやくれいじょう』がかわいそうだって言ってた。ただヒーローセルゲイのことが好きなだけなのにって。

『ツンデレ』だから、はずかしくてどうしても、ただ「すき」って言えないんだって。だから、「すき」って言える『ヒロイン』がうらやましくて、さみしくて、いじわるしちゃうだけなのにって。

 どのヒーローを選んでも、なぜか『あくやくれいじょうイネッサ』は、『あくやくれいじょう』だった。最終的には必ず修道院に行かされてしまう。

『おねえちゃん』は『あくやくれいじょうイネッサ』が『いいひとれいじょうイネッサ』になる方法がないか、一生けんめいゲームをしていた。ぼくも一生けんめい考えて、おうえんした。

 でも、『イネッサ』は、いつだって『あくやくれいじょう』だったんだ。


 今なら『おねえちゃん』が言っていたことがわかる。ずっといっしょにくらして来たから。『お姉ちゃん』は、本当は『あくやくれいじょう』なんかになるような人じゃない。

 やさしくて、かわいくて、ちょっとだけ自分の気持ちを伝えるのが得意じゃなくて、実はすごくはずかしがり屋。いじわるなこと言っちゃったあと、こうかいして、ずっとひとりで落ちこんでる。そしていつも泣きそうになりながら「ごめんね」って言ってくれる。


『おねえちゃん』に似てる。


 ぼくは、『お姉ちゃん』を『あくやくれいじょう』なんかにさせない。きっとぼくが『お姉ちゃん』の弟に生まれたのは、そのためだと思ったんだ。


「ただいま!」


 声を上げると、だれかが「おかえりなさい!」と言ってくれる。『前』のぼくが知っていた言葉。使いたかった言葉。

『ママ』は帰って来なかった。

『おねえちゃん』には言えなかった。

 この国にそういうあいさつはないらしいけれど、ぼくが使うから『ここ』の家ではいつものあいさつになってる。ここにいてもいいんだって、ぼくに思わせてくれる。

 お姉ちゃんが帰ってきたら、一番最初に「おかえりなさい」を言おう。


 ぼく、だいじょうぶ。

『ここ』で、ちゃんと『お姉ちゃん』と幸せになるから。

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