目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第3話 あたしはヒロイン

 あたしはヒロイン。

 誰がなんと言おうとこの世界の。


 いわゆる転生者ってやつなんだと思う。死んじゃった記憶はない。トラックにひかれた覚えもない。だけど数年前、気がついたら『ヤニーナ・ポフメルキナ』という栗色の髪に紫の瞳の美少女になっていて、ぜんぜん知らない場所にいて、意味がわからなくてわんわん泣いた。


『前』の人生のこと、ぜんぜん忘れていない。あたしは日本の普通のJCだった。

 毎日学校通っていたし、友だちも多かったし、行きたい高校もあって、そこそこ勉強もがんばっていた。憧れてたバスケ部の先輩に思いきって「好きです! つきあってください!」って告白して、OKだってもらえてたんだ。……デートした記憶はないから、たぶんそのくらいに死んだんだろうけど。


 今でもはっきり『前』のことをなんでも思い出せる。でも『ヤニーナ』としてここで生きてきた記憶もいっしょにあるって気づいて、すっごく混乱した。


 ポフメルキナ子爵家のひとりっ子ヤニーナ。領民みんなから愛されていて、七歳で皇都に来るときにはいろいろな人がだっこして「元気でなー」「ごはんいっぱい食べろよー」「いいダンナつかまえて帰って来いよー」と別れを惜しんでくれた。

『前』は食べられなかったチーズケーキが好きで、『前』とは違って数学が得意。髪や目の色だけじゃない、声も背の高さも。すっごく寒がりだったのに暑がりだったり、モノの考え方だって微妙に違う。うれしいと思うこと、悲しいと感じること、ぜんぶ違うのにぜんぶあたし。


(……『ここ』のパパとママはあたしのパパとママだし、『前』のパパとママも、あたしのパパとママだ。あっちの友だちも、こっちの友だちも、あたしの友だち)


 どっちも大事。

 どっちも好き。

 どっちもあたしで、どっちもあたしの人生だって思った。


(――どっちになったらいいんだろう、どっちが本当のあたしだろう)


 ずっと迷って悩んでるけど、ぜんぜん答えは出ない。でもとりあえず、生活はしなきゃいけないからずっと『ヤニーナ』をしている。


 気持ちが落ち着いてきて、まわりのこと観察する余裕が出てきてから、いろいろ気づいたことがある。


「――ここ、あたしがやってたスマホの恋愛シミュレーションゲーム、『皇都に咲く花』が実写化した世界っぽい! ……てゆーか、ぜったいそうじゃん!」


 そして、あたしはたぶんそのプレイヤーキャラクターであり、ヒロインの『ヤニーナ』だ。ノーマルモードでは名字が出てこないから、しばらく気づかなかったけど。すごくびっくりした。でも、だんだんゲームをしていた記憶が鮮明になっていって、すごく楽しい気分になってきた。


(大好きだったんだ、あのゲーム!)


 ライトユーザーだったから、全クリはしてないけどね。『前』の友だちのゆっこがよく言っていたなー。すわった目で「全クリは課金か廃人……どちらかだよ」って。もちろんゆっこは廃人の方だった。


 ゲームでは、『皇都マメルーシ』にある『クリユラシカ皇都学園』でシナリオが進んでいく。

 今年の九月一日、知識の日。『最初の始業の鐘ファーストチャイム』で、『ヤニーナ』が高等科である十年生へと進級して、そこから四人のヒーローたちと恋愛していく。やがてその中で『真の愛』を学んで、『聖女』として覚醒した『ヤニーナ』が、ヒーローとともに国の危機を救うっていうお話。

 あたしは、これから起こることを覚えているだけ書き出した。


「あたしの推しは、ぜったい第二皇子セルゲイ! ぜったいそのルート! ジョー様にそっくりでかっこいいのよ!」


 セルゲイ、という文字に丸をする。

 ジョー様っていうのは、前の人生でのあたしの推し。キレイな金髪に薄いブルーグレーの瞳で、ちょうイケメン。主演映画ぜんぶ見たくらい好きなの!


 シナリオが始まるの待つ必要ないし、あたしは中等科九年生のときから、一年先輩で高等科のセルゲイ殿下に近づいてアピールしまくった。理由を作っては、「セルゲイ殿下、こんにちは! ご機嫌いかがですか?」ってあいさつして。ちょっと笑って「こんにちは」って返してくれるの。ちょうかっこいいんだよね。推せる。

 九年生のときは午前授業だったから、午後から登校してくる十年生のセルゲイ殿下を放課後によく待ち伏せしいてた。それで知っているんだけど、もともと、『悪役令嬢』の婚約者イネッサとは、そんなに仲が良いわけでもないみたい。いつも「おはよう」「おはようございます」って挨拶交わす程度で、セルゲイ殿下はイネッサを置いてさっさと歩いて教室行っちゃうんだ。親が決めた婚約者ってもしかしたらそんなもんなのかもねー、ちょうドライ。


 イネッサは薄い金髪に、黒髪が混ざってる不思議な色のロングヘアで、きれいな緑の瞳。めちゃくちゃ美人だけど、たぶん性格が悪いんじゃない? ゲーム内で、ヤニーナあたしは「慎みがありませんわ」とか「品位に欠けましてよ」っていじめられまくるしね。

 セルゲイ殿下からあたしへの接し方は普通な感じだけど、好かれてはいるんじゃないかな。一度「君は、私が好きなのか?」と尋ねられたから、「はい、大好きです!」と即答した。そのときセルゲイ殿下はすっごい動揺していたし、きっといけると思う。がんばる! ぜーったい、攻略してやるんだ! だって、こうなったら、全力で楽しむしかないじゃん! ゲームなんでしょ?


「――ヤニーナお嬢様、おはようございます」

「おはよー、ばあや! 朝ごはんなにー?」

「今パンが焼きあがるところですよ。お待ちになっていてくださいね」

「はーい!」


 朝、目が覚めたら『今』がある。寝坊したら起こしてくれる人がいて、登校したら「おはよう、ヤニーナ!」って言ってくれる人がいる。あたしはそれに「おはよう! 元気だったー?」って返す。あたしは、『ヤニーナ』。『ここ』では、他の誰でもない。それがあたしだった。


「夏季休暇なにしてたー?」

別荘ダーチャ行ってたよー」

「えー、いいなー! あたしずっと皇都邸タウンハウスにいたよー。新学期、待ち遠しかったー!」


 あたしがこの世界での『主人公ヒロイン』だって思って、チート生活送って、『ここ』のみんなで幸せになるって決めた。


「……がんばろ‼」


 ……どうせ、帰れないなら。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?