「ぼくからお姉ちゃんをとらないでください」
ある日ぼくは、帰ろうとしている
「なにを言っているのかわからないよ」
しらばっくれても美形は美形だった。
ぼくのお姉ちゃんは悪役
それに気がついたのはぼくが小さいとき。
ぼくはどうやら転生者というやつらしく、カゼをこじらせて死にかけたことで、お姉ちゃんについてだけはっきりと思い出せた。そう、『お姉ちゃん』は、ぼくが前の人生で『あくやくれいじょうイネッサ』ってよんでいた、その人だっていうことを。
お姉ちゃんはツンデレをきわめちゃった性格で、弟のぼくのことを「わたくしの『どれい』」とよぶ。『どれい』のぼくは「お姉『ちゃん』」と呼ぶように命令されている。理由は教えてくれない。そういうところがかわいいと思う。
ああ、名乗りおくれたけれど、ぼくはレオニート・ジェグロヴァ。イネッサ・ジェグロヴァ
この国はコマナシスタンと言い、ぼくが今お姉ちゃんといっしょに住んでいるのは、首都マメルーシだ。古里であるウニライナ州をはなれて、
ぼくたちが通っているクリユラシカ皇都学園は歴代の王も通う、ゆいしょある教育機関で、六年間の初等教育、三年間の中等教育、そして二年間の高等教育までを、みんな同じ場所ですごす。
と言っても、それぞれ建物の入り口はちがうのだけれどね。同じ区画にある、総合教育場っていうかんじ。ぼくは十二才だから、今年の九月から、初等科で一番上の六年生だ! お姉ちゃんは、最終学年の十一年生になる。だから、いっしょに通えるのがあと一年で、ちょっとさみしい。
そしてぼくのきおくが確かならば、来年の五月末にある
別にそれ自体はかまわないんだけど、問題はお姉ちゃんがそのあと修道院送りになっちゃうことだ。
それはまずい、非常にまずい。
『どれい』あつかいされなくなっていいだろうって? ぼくのお姉ちゃん好きをなめないでもらえるかな。お姉ちゃんのことしか思い出さないてっていぶりだよ? そこいらのにわかとは気合いがちがう。
なんとか修道院送りを止めるため、がんばることにしたのさ。
あ、うん、『婚約はき』はしていいよ。ぼくがずっとめんどうを見るから。
とりあえず
それが婚約者に対するどーのこーのらしいんだけど、なにか意味があるのかわからない。だってお姉ちゃんがはずかしがってツンツンしてるの、皇子はさっぱり理解してないっぽいからね。何回来たって同じだよ、この皇子になんてお姉ちゃんを任せられない。
だから、帰るとき馬車に乗るところを待ちぶせた。ぼくをみつけると、皇子はにっこりした。
「やあ、レオニート君。私を見送りに来てくれたのだろうか」
「ちがいます! これをわたしに来たんです」
「なに? なにをくれるんだい?」
そしてぼくは三日もかけて書いた、『じきそ状』を両手で差し出して「ぼくからお姉ちゃんをとらないでください」って言ったのさ。皇子は受け取ったけど、「なにを言っているのかわからないよ」と言った。
受け取って、こまったような顔をしている
「ぼくはちゃんと伝えましたよ。しっかりよんで気をつけてくださいね!」
「これは、いったいなんだろうか、レオニート君。『じきそ状』、とは?」
「あなたがこれからお姉ちゃんにするひどいことを、やめてくださいというおねがいのお手紙です」
「ひどいこと? 私が? いったいなにを言うんだ。なんのことだい?」
「あなたは
ぼくがはっきりと言ってやると、皇子は目をまんまるにして「は?」と声をあげた。
「修道院はだめです、会えなくなります。国外追放もやめてください、遠すぎます。領地で引きこもり命令にしてください。いっしょに幸せにくらしますから」
「――なにを言っているのかわからないよ」
しらばっくれても美形は美形だった。
「とにかくそれを読んでください」
「いや、ちょっと待ってくれ、意味がわからない……」
皇子がなんか言っていたけれど、用がすんだからさくっと家にもどる。
何日かたってから皇子の従者が変な顔をして手紙を持って来た。
「――セルゲイ第二皇子殿下からの書状をお持ちしました。以前殿下へ渡された『じきそ状』の内容についてお伺いするものです。なるべく早くお返事をいただきたいとのことでした」
読んでみたら、ぼくが書いたことへの質問がたくさん書いてあったのさ。
「バカだな、こんなこともわからないなんて!」
ぼくはありったけのお姉ちゃん愛をたたきつけて返信してやった。ここはわからせてやらないと。
そしたらまた何日か後に質問の手紙がとどいた。
「やれやれ、なんて物分りが悪いんだ」
これがコマナシスタン皇国の第二皇子でんかだというのだから先が思いやられるよ。しかたがない、ぼくが教えてあげなくちゃ。『前』の人生と合わせたら、たぶんぼくのほうがちょっと年上だしね!