「……セルゲイ殿下としてはがんばった」
「……うん、ついにってかんじ」
ぼくとポメ
『あくやくれいじょう』じゃなくて『いいひとれいじょう』になったお姉ちゃんは、大好きなでんかと幸せになるんだ。
ぼくは、とてもうれしくて、だけどちょっとだけ気持ちが落ちこむ。
「てゆーか、名前くらいさくっと呼んじゃえばいいじゃんねえ。なんでもったいぶってたんだか」
「名前なんて、家族以外でそんな簡単に呼べるわけないじゃないですか」
「なんで?」
「……ポメ
そもそも、男女間では名字を呼ぶのがふつうで、上の名前をよびあうのは正式にお付き合いしていたり、夫婦だったりするのが高位貴族の
ポメ
「――だから、最初に名前呼びお願いしたとき、みんなあんな反応だったのか……」
「なんのことです?」
「あー、うん、終わったことだからおっけー」
ポメ
「よし、めでたしめでたし、だねー」
ポメ
「――で、次は、君が幸せになる番じゃない?」
ぼくは不思議に思って、「ぼくは、幸せですよ?」と言った。
「お姉ちゃんが、幸せになったの、すごくうれしいです」
「他の人の幸せじゃなくてー、自分の幸せはって言ってるのー」
「だから、お姉ちゃんが幸せになって幸せです」
「うーん……先は長いかあ……」
ポメ
「あたし、学園卒業したら、大学進んで、聖女だって公表されたら、たぶん、すっごく忙しくなると思う」
「はい」
「でさ、たぶん、いろんな縁談とか来ると思うんだよね。ジェグロヴァ公爵と夫人も言ってたけど」
「はい」
「……だからね、ジェグロヴァ家が後見に入って、そういうのぜんぶ断ってくれるって。あたしが嫌な結婚は、しなくていいって」
「そうですか、良かったですね」
ポメ
「だからねー、かっこよくなってね? はやくおっきくなって。
ぼくはびっくりして、ちょっと考えた。ぼくはパパの子なのでかっこよくなると思う。でもパパみたいにまゆ毛は黒くならないかもしれない。
「おばさんになるまでは待ってられないからねー!」
笑ってなぞのセリフを言って、ポメ
ぼくは空を見た。少しだけ日が落ちてきた。
ふと、『前』に毎日窓から見ていた夕日を思い出す。
さっき飛ばした風船が、すごく高く高く飛んでいる。
ぼくはずっと、幸せってなんだろうと思っていた。ゲームの中の『ハッピーエンド』はみんなが笑顔で、だから、うれしいことや楽しいことが幸せなんだと思っていた。
でも、みんなが笑顔になるのは、とても難しいと思った。
きっとここでも『前』みたいに痛いことや悲しいことがあって、それがふつうの生活で、みんな大変な気持ちなんだろうと思う。今ぼくに痛いことや悲しいことはなくて、それがふつうの生活だった。ずっと笑っていられて、これはとてもすごいことだとわかったし、うれしい。
ぼくは、おなかいっぱいご飯が食べられてうれしい。
ぼくは、毎日学校に行けてうれしい。
ぼくは、勉強ができていろいろなことが知れてうれしい。
ぼくは、お姉ちゃんがいてくれて、うれしい。
「それにね、ポメ
だから、ぼくは、きっと幸せ。
風船が見えなくなって、夕焼けがきれいだった。でもいつも通り笑えなくて、うれしいのに悲しくて、悲しいのにうれしくて、ぼくは少しだけ泣いた。
『ああ、ぼくは、今ここに生きている。
血が通う、この体で生きている。
夢はとても美しかった。』
ぼくはぼくの言葉を持てなくて、劇の最後のセリフをつぶやく。
『けれどそれは夢なんだ。
ぼくはもう忘れない、現実にこそ、愛する人々がいることを。
その人たちこそ、ぼくが幸せにすべき人たちだと。』
そうだね、夢だった。『前』のきおくは、全部夢だった。
ぼくはそこに浸っていて、現実を見ているふりをしていて、それにすら気づかず過ごしていた。
『そして……ぼくも幸せをつかむんだ。』
バイバイ、おねえちゃん。
帰りの時間、校門の前はむかえの馬車でごった返していた。赤い光に照らされるお姉ちゃんはきれいで、ぼくはその姿を見ていた。
「帰りましょう、わたくしの奴隷」
差し出されたその手を、ぼくは取らなかった。ふしぎそうなその顔を見て、ぼくは言う。
「……卒業おめでとうごさいます、
大きな瞳が見開かれて、ぼくをじっと見る。
そして、そこから次々に涙がこぼれた。
ぼくも少しだけ心が泣きそうになって、でもうれしかったんだ。
「……ありがとう……
きれいで、空がとてもきれいで、目に染みる。
ぼくはそれをまぶたに焼きつけた。
これで、きっとみんな『ハッピーエンド』。
姉様は笑った。
ぼくも、笑った。