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第24話 ぼくは、きっと幸せ

「……セルゲイ殿下としてはがんばった」

「……うん、ついにってかんじ」


 ぼくとポメせんぱいは、木のうしろから、お姉ちゃんとセルゲイでんかを見ていた。やっと、でんかが告白して(ポメ|先《せん》ぱいが前から「ぜったい|最後の終業の鐘《ラストチャイム》の後だって!」と言っていた)、ぼくもほっとした。これで、ちょっとたよりないけど、ちゃんとお姉ちゃんをセルゲイでんかに任せることができたと思う。


『あくやくれいじょう』じゃなくて『いいひとれいじょう』になったお姉ちゃんは、大好きなでんかと幸せになるんだ。

 ぼくは、とてもうれしくて、だけどちょっとだけ気持ちが落ちこむ。


「てゆーか、名前くらいさくっと呼んじゃえばいいじゃんねえ。なんでもったいぶってたんだか」

「名前なんて、家族以外でそんな簡単に呼べるわけないじゃないですか」

「なんで?」

「……ポメせんぱい、だからぼくのことも名前で呼ぶんですね」


 そもそも、男女間では名字を呼ぶのがふつうで、上の名前をよびあうのは正式にお付き合いしていたり、夫婦だったりするのが高位貴族のですよと教えてあげた。

 ポメせんぱいは「えっ」と言った。


「――だから、最初に名前呼びお願いしたとき、みんなあんな反応だったのか……」

「なんのことです?」

「あー、うん、終わったことだからおっけー」


 ポメせんぱいは笑ってごまかした。たぶんだれかを名前で呼んでおこられたんだろう。


「よし、めでたしめでたし、だねー」


 ポメせんぱいはちょっと歩いて、ぼくをふり向いた。


「――で、次は、君が幸せになる番じゃない?」


 ぼくは不思議に思って、「ぼくは、幸せですよ?」と言った。


「お姉ちゃんが、幸せになったの、すごくうれしいです」

「他の人の幸せじゃなくてー、自分の幸せはって言ってるのー」

「だから、お姉ちゃんが幸せになって幸せです」

「うーん……先は長いかあ……」


 ポメせんぱいは自分ひとりで納得していた。なんなんだ。


「あたし、学園卒業したら、大学進んで、聖女だって公表されたら、たぶん、すっごく忙しくなると思う」

「はい」

「でさ、たぶん、いろんな縁談とか来ると思うんだよね。ジェグロヴァ公爵と夫人も言ってたけど」

「はい」

「……だからね、ジェグロヴァ家が後見に入って、そういうのぜんぶ断ってくれるって。あたしが嫌な結婚は、しなくていいって」

「そうですか、良かったですね」


 ポメせんぱいはぼくを見て、にっと笑った。ぼくが見返すと、なんだかうなずいてから言った。


「だからねー、かっこよくなってね? はやくおっきくなって。くん」


 ぼくはびっくりして、ちょっと考えた。ぼくはパパの子なのでかっこよくなると思う。でもパパみたいにまゆ毛は黒くならないかもしれない。


「おばさんになるまでは待ってられないからねー!」


 笑ってなぞのセリフを言って、ポメせんぱいは走って校舎に行った。ポメせんぱいの言うことはときどきよくわからない。


 ぼくは空を見た。少しだけ日が落ちてきた。

 ふと、『前』に毎日窓から見ていた夕日を思い出す。

 さっき飛ばした風船が、すごく高く高く飛んでいる。


 ぼくはずっと、幸せってなんだろうと思っていた。ゲームの中の『ハッピーエンド』はみんなが笑顔で、だから、うれしいことや楽しいことが幸せなんだと思っていた。

 でも、みんなが笑顔になるのは、とても難しいと思った。

 きっとここでも『前』みたいに痛いことや悲しいことがあって、それがふつうの生活で、みんな大変な気持ちなんだろうと思う。今ぼくに痛いことや悲しいことはなくて、それがふつうの生活だった。ずっと笑っていられて、これはとてもすごいことだとわかったし、うれしい。


 ぼくは、おなかいっぱいご飯が食べられてうれしい。

 ぼくは、毎日学校に行けてうれしい。

 ぼくは、勉強ができていろいろなことが知れてうれしい。

 ぼくは、お姉ちゃんがいてくれて、うれしい。


「それにね、ポメせんぱいがいてくれて、うれしいよ」


 だから、ぼくは、きっと幸せ。


 風船が見えなくなって、夕焼けがきれいだった。でもいつも通り笑えなくて、うれしいのに悲しくて、悲しいのにうれしくて、ぼくは少しだけ泣いた。


『ああ、ぼくは、今ここに生きている。

 血が通う、この体で生きている。

 夢はとても美しかった。』


 ぼくはぼくの言葉を持てなくて、劇の最後のセリフをつぶやく。


『けれどそれは夢なんだ。

 ぼくはもう忘れない、現実にこそ、愛する人々がいることを。

 その人たちこそ、ぼくが幸せにすべき人たちだと。』


 そうだね、夢だった。『前』のきおくは、全部夢だった。

 ぼくはそこに浸っていて、現実を見ているふりをしていて、それにすら気づかず過ごしていた。


『そして……ぼくも幸せをつかむんだ。』


 バイバイ、おねえちゃん。


 帰りの時間、校門の前はむかえの馬車でごった返していた。赤い光に照らされるお姉ちゃんはきれいで、ぼくはその姿を見ていた。


「帰りましょう、わたくしの奴隷」


 差し出されたその手を、ぼくは取らなかった。ふしぎそうなその顔を見て、ぼくは言う。


「……卒業おめでとうごさいます、イネッサ姉様・・・・・・


 大きな瞳が見開かれて、ぼくをじっと見る。

 そして、そこから次々に涙がこぼれた。

 ぼくも少しだけ心が泣きそうになって、でもうれしかったんだ。


「……ありがとう……おめでとう・・・・・。――おかえり・・・・・レオニート・・・・・


 きれいで、空がとてもきれいで、目に染みる。

 ぼくはそれをまぶたに焼きつけた。


 これで、きっとみんな『ハッピーエンド』。


 姉様は笑った。

 ぼくも、笑った。

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