「……で? 俺を海外から呼び出したのだから、それなりに楽しいことは用意されているんだろうな?」
「うふふ……それはこれからのお楽しみ……」
カウンターバー
妖艶な美女はヴィラン「ペルペートゥオ」……岡村・アイル・かりんというベンチャー企業の社長としての面の顔を持ちながら、裏社会に影響力を振るう恐るべき女性である。
彼女の隣でカクテルを啜りながら微妙そうな表情を浮かべるのは、筋肉質な肉体を誇示するように少し薄着の衣服を身に纏う、白色の髪が特徴的な男性である。
「……カクテルを飲むのは久しぶりだ……」
「相変わらず山野を駆け巡っていたのかしら?」
「ああ……ひどく寒い場所を転々としていたからな……酒は体を温めるだけのものだった」
男の名前はウラカーン……超級ヴィランの一人にして、その悪名の高さとさまざまな罪状から、ヒーロー協会からだけでなく政府機関からも国際使命手配される危険人物である。
中東や欧州などで数々のテロを実行し、恐怖と破壊を振り撒いてきた生粋のテロリストとして知られ、数多くのヒーローや民間人を殺害してきた過去を持っている。
これほどの危険人物でありながらも、今
彼もまたスキル使用時とは外見が異なる特徴を持っており、その真の姿は漆黒の外見を守る凶悪な怪物の姿に見えると言われている。
「相変わらずひどい生活だったのねえ……」
「慣れれば問題ない……食料がないと虫を食べる必要があるがな」
「……想像したくないわ」
「お上品なことだ……おい、強めのビールをくれ」
ペルペートゥオは苦虫を噛み潰したような表情で首を振るが、それを見たウラカーンは楽しそうに笑うと先ほどまで味を確かめるように飲んでいたカクテルを一気飲みすると、神妙な表情でグラスを磨いていたマスターへと話しかける。
元々ウラカーンの前にあったカクテルは非常にアルコール度数の高いもので、普通の人間であればあまりの強さに驚くようなレベルのものである。
しかし……ウラカーンの顔色は変わることはなく、それを見たペルペートゥオは自らの前に置かれたカクテルを軽く煽ると、軽く息を吐いてから呆れたような表情を浮かべた。
それを聞いたマスターがいつもの調子で黙ったまま一度頭を下げると、ペルペートゥオの非難するような視線に気がついたウラカーンは、鼻を鳴らす。
「燃えるような酒しかない国もある……そこで仲間を作るためにどれだけ俺が苦労したか知るまい?」
「……そりゃご苦労様……で、なんでビールなの?」
「日本はビールが美味いと聞いている……ギャングが好むようなひどく強いエールはないだろうがな」
ウラカーンの前に、マスターが大きなジョッキに注がれた美しい琥珀色のビールを置くとそれを見た彼は嬉しそうに口元を歪めるとぐい、と煽るように中身を飲み始める。
半分程度を一気に飲み終えると口元についた泡を指で拭い、ふうっと大きく息を吐く……それを見たペルペートゥオは彼がその酒の味に満足しているのだと、理解できた。
彼女もまた酒の味を愛しており、ウラカーンが美味しそうに酒を飲む姿を見て欲求を感じたのだろう、彼女はマスターへと微笑みかけると、マスターは黙って頷くと次の酒を用意し始める。
「……明日は打ち合わせなのよ……お酒の匂いがすると良くないわ」
「表の顔がある人間は大変そうだな」
「誰のおかげで昼からフラフラできていると思っているの?」
「間違いない……ウハハッ!」
ウラカーンだけではないが、超級ヴィランの面々はペルペートゥオが持つ表の顔であるウォー・ゾーン社の資金を自由に使って生きている。
ペルペートゥオによって選ばれたヴィランは、このベンチャー企業に籍を置き偽名を使って昼の仕事を行なっているものも存在しているが、その数は非常に少ない。
元々ヴィランは社会構造に溶け込めない問題を抱えた存在である……それ故に、一般人の中に紛れて生活することすら困難なものも多くいる。
その頂点に位置する超級ヴィランは特殊な存在である上、外見的な特徴や特殊な精神構造によりどうやっても一般社会に溶け込むことが難しいケースが多発した。
過去にはヴィランをまとめて一時的に一般社会に溶け込む努力を行なったケースも存在するが、その全てが結果的には失敗に終わっている。
「まあ、俺は戦い以外に取り柄がない……幸せそうな社会、家庭……人々を見ると破壊したくなるのだから溶け込めるはずなどない」
「その衝動さえなければどうにかなるんだけどね……」
「無理だな、俺にはこれ以外の生き方など想像できようはずもない……俺は破壊するために存在している」
ウラカーンの能力は圧倒的な暴風、そして暴力……局地的に破壊的な嵐を起こして全てを破壊することや、その恵まれた身体能力を使って相手を素手で破壊することなどに特化した存在である。
あまりに強力なスキルだったため、顕現後からすぐに揉め事を起こして追われる身となると、その力を高く買う裏社会へと居場所を求め……そして雇い主を反社会的な組織に変えていった。
あまりに強いスキルを所持したものはそれが危険であるとすぐに理解し、どうやってその力をうまく振るうかを考えるのだが、彼はスキルを常に全力で行使することだけに熱中し続けている。
純粋な破壊者にて殺戮者……数年前まで彼が主戦場にしていた熱帯地帯ではそう呼ばれており、味方からも恐れられる存在であったという。
「ところで我らが王様は何をしている」
「……知らないわ、宣戦布告をしてからすぐに姿を消して準備を進めてるみたい」
「相変わらず行動の割には細かいやつだ……」
ジョッキを空にしたウラカーンは、手際よく新しいビールの注がれたジョッキを差し出されると嬉しそうな表情でそれを受け取り、中身を再び煽る。
ウラカーンとネゲイションの関係性は数年前に遡り、何があったのかはペルペートゥオ達には知らされていないが、少なくとも彼らの間ではなんらかの契約、もしくは盟約が結ばれておりウラカーンが無差別に暴力を振るうことはなくなっている。
派手に行動することのなくなったウラカーンによる被害がなくなったことで、世界ヒーロー協会は一時的な平和を享受できているが、それがヴィランによる協力関係の構築などという悪夢であることはいまだに理解していない。
「俺がこの国に来たのは二回目……以前よりは骨のあるヒーローはいるのだろうな?」
「若手最強と言われているヘラクレスや、炎を操るスパーク……大穴でシルバーライトニングもいるわ」
「……彼女は引退しただろう?」
「次世代の所持者がいるのよ……しかも生きがいいわ」
ペルペートゥオは書類をまとめた封筒を鞄から取り出すと、ウラカーンの手元に放ってよこす……彼は黙ってその封筒から数枚の紙の束を取り出すと、それらに軽く目を通してから興味深そうな表情を浮かべた。
何枚かの紙を封筒へと戻すと二枚だけを手に取り、丁寧に折りたたむと懐へとしまう……ペルペートゥオは封筒を再び手に取ると、中身を軽く覗いてから全く……と呟き手元に置かれた真新しいカクテルを軽く口につけてからウラカーンへと視線を向けた。
当のウラカーンといえばジョッキに残ったビールを一息に飲み干すと席を離れようと立ち上がったため、彼女は少し非難するような表情で彼の背中へと言葉をぶつけた。
「……ネゲイションはお祭りまでは殺すなと仰せよ……命令を守ってちょうだいね」