『……このようにS県の予選トーナメント会場へと現れた超級ヴィラン「オグル」とヴィランの王を名乗る「ネゲイション」は姿を消したというわけです……』
モニターに映る映像は、先日私たちが対峙したネゲイションとオグルの映像が流れている……黒い服装に、不気味な仮面、そして驚くほどに不遜なヴィランの姿は瞬く間に全世界のソーシャルネットワーク、メディアを席巻した。
中にはオグルと互角に殴り合ってた私のことを取り上げるメディアなんかもあったりしたんだけど……それよりも大きな敵が日本に入っていた、という現実の方が強かった。
この国の政府は現在諸外国から超級ヴィランを易々と入国させてしまった、という失態をどうにかして塗り替えようとヒーロー協会に圧力をかけていると聞いているし、自衛隊による災害扱いでの出動を検討していたりもするらしい。
『……現在政府は入出国の際に特殊な犯罪歴を持つ人間や、諸外国から入る情報などを精査してきたと発表していますが、どうやって入国したんですかねえ……』
『小物扱いのヴィランなどはそういった検査をすり抜けてくることがあるので、完全じゃありません』
『そうなんですか? では普通に入国してきたってことですか?』
『先日出現したネゲイションはおそらく素顔がわかっていないのだと思います……むしろオグルの方がどうやって移動しているのか知りたいですよね』
だがパニックは起きていない……というのも、ヴィラン犯罪というのは大小遭遇するケースが数多くあり、ニュースにならない事件は数多く起きている。
さらにこの国のヒーローたちは過去そういったヴィランへと対抗し続けてきていた……ヒーローへの強い信頼が唐突な集団パニックを誘発することを抑えているのだ。
それは細い糸の上を辿るような危ういもの……ではあるが、それでも日常生活は今日も続いている……私は病室の窓から見えている夕焼けを見ながら、先ほど皮を剥いておいた蜜柑を口へと運ぶ。
口内に広がる香りと、そして思わず口内の傷に沁みて思わず悲鳴をあげそうになる……オグルと殴り合った時に色々切れていたんだろう。
「うわ……いてて……」
「……ああ殴り合いで口内が切れてるのか、炎で焼いてあげましょうか?」
「……笑えないっす」
「えっと……りんごの方がいいかな……ちょっと待ってて」
ベッドサイドでイタズラっぽい笑みを浮かべながら慣れた手つきでりんごを剥いているスパーク……いや工藤さん。
なぜ彼女がここにいるのか? それは少し前の時間へと遡る……ネゲイションが去った後、私は緊張の糸が途切れてそのままぶっ倒れた。
気がついたら病院のベッドに寝ていて、心配そうに私の顔を覗き込んでいた岩瀬さんと目が合った……彼女から私があの後数日昏睡状態になってたことと、全身がガタガタで休息が必要になっていたこと、そして唯一ネゲイションやオグルと対峙していたことで、ヒーロー協会の聞き取り調査が入るということを伝えられた。
また亡くなったヒプノダンサーについても調査が入り、隠し持っていた口座に莫大な金額が入ってたことで更に揉め事が起きており……ヒーロー協会の一部に監査が入ったという話などを聞いた。
数人協会幹部の首が飛びそうだよ、と見舞いに来ていたエスパーダ所長が少し複雑な表情を浮かべて伝えてくれた……協会も一枚岩じゃなく、汚職や腐敗などから逃れることはできないのだろう。
で、緊張しながら待っていた聞き取り調査の当日に病室に現れたのが……スパークこと
「はい、これなら沁み無いんじゃない?」
「ありがとうございます……」
お皿ごと受け取るとりんごを口に運ぶ……しゃりしゃりとした食感と、とても優しい甘味が疲労しきった体に染みるような気がしてホッとする。
どうしてスパークが来たのか? という点については彼女が最初に説明してくれていた……『女性ヒーローの聞き取りに同年代に近い人を、とヘラクレスが掛け合った』とのことで、一応気を遣った結果……顔を合わせたことのある女性ヒーロー代表という形で彼女が選ばれたのだという。
いつものヒーロースーツ姿ではなく、ブランド物のワンピースを纏った彼女は髪の毛の色も合わさって非常に可憐な女性のように見える。
マジマジと彼女を見つめていると、視線に気がついたのか私へと優しく微笑んだスパークが話しかけてきた。
「で、念のために最初から聞いてもいい?」
「は、はあ……先程話したのが全てですけど……ええと……」
私はスパークの求めに応じてヒプノダンサーとの戦いから話し始める……ヒプノダンサーのスキルで苦戦した後、相手に追い打ちをかけようとした瞬間にいきなり背後にオグルが降ってきたこと。
オグルがヒプノダンサーを殺した後、本気の殴り合いになったこと……ところどころ記憶がブッ飛んでいるのは強い力で殴られたからだ、と医者から言われている。
ただ繰り返し話していくに従って、抜け落ちていた記憶が朧げながらぼんやりと浮かんでくる気がする……だが、それを思い出そうとすると頭痛がひどくなる。
そこは諦めるとして……その後、突然ネゲイションが現れて……彼が私に話しかけた途端に体が動かなくなった。
「言葉で体が動かなくなる……」
「えーと、なんて言ってたかな……そうそう、『否定する』だったかな」
「否定……それがキーワードになっているのかもね」
確かにネゲイションは『否定する』と『肯定する』の二つの言葉を使っていた……そのキーワードを発することでスキルの使用と解除が行われているのかもしれないな。
問題はそれは分かったとしても視界に入っているとか、それとも一定の効果範囲の中にいると影響を受けてしまうのかがわからない。
実際に私は動けるようになったのは彼が立ち去ってからだし、視線や視界じゃなくても時間経過で解除される可能性も否定できないしな。
ヒーローにも言葉を使って相手を拘束するスキルを持つものもいるけど、声が聞こえないとスキルの効果がないとかで、犯罪者が耳栓をつけるなんて珍事も発生したことがある。
「スキルの効果を受けた時はどんな感じだった?」
「うーん……まるで重いものを身体に載せられて押さえつけられているような感覚でした」
「そのほかに気になることは?」
「わかんないですね……言葉を止められた時は、唇が縫い付けられているような感覚でしたが……」
私とスパークは思わずうーん……と頭をひねってしまう……二人で話してもどうも答えが出そうにない。
彼女も私と一緒で戦闘系スキルの持ち主であり、正面から困難を突破するタイプのヒーローだという認識はある。
こういうことを考えるのは岩瀬さんの方が得意な気がするなあ……彼女のように多面的に物事を把握し、そこから考えて解法を見出せればタイプであれば、もしかしたらネゲイションのスキルの秘密を解き明かせるかもしれない。
まあ、実際に映像などから岩瀬さんは情報を集めようとしていると、エスパーダ所長が話していたしそのうち秘密は明らかになるだろう。
なんせ彼女はクレアボイアンス、千里眼の名前を持つ元ヒーローなのだから……ということを考えていたら、急に口へとりんごを押し込まれたことで現実に引き戻される。
視線を向けると、スパークがニコニコとした笑顔のまま私の口へとりんごを押し込みつつ、そのままの表情で話しかけてきた。
「……ところでその無駄に出っ張っている身体はいつ治るかしら? ヒーロートーナメントS県大会優勝者さん……本戦で完膚なきまでに叩きのめしてやるのを楽しみにしているからね」