「協会も焦っているようだな、いきなり最強戦力を投入とは」
「……こいつがヴィランの王ッ?」
スパークの言葉にヘラクレスことイチローさんは黙って頷く……ネゲイションの醸し出す雰囲気が異様すぎて、二人ともいきなり距離を詰めるなんて行動に移らないのはさすがと言える。
すでにステージ上でのやり取りは音声も含めてメディアで中継されていたわけで、ネゲイションがなんらかのスキルを使っていることはこの場にいる全員が理解できている。
ただ現時点で彼のスキルの内容を詳しく伝えるには時間もなければ、場所も悪すぎる……私の視線に気が付いたのか、ネゲイションは仮面の奥に光る瞳を輝かせながら、口元に指を立てて添える。
「沈黙は金、という言葉がある……シルバーライトニング、私と君は良い友達になれそうだよ」
「……ヴィランの王、ネゲイションと言ったな?」
「お初にお目にかかる、君のことはよく知っている……私はネゲイション、君たちが呼ぶところのヴィラン、そして悪の親玉だよ」
「丁寧にどうも、お前はなんのつもりでここに来ている?」
イチローさんは視線をネゲイションから全く動かさずに問いかける……相手の一挙手一投足を見逃すつもりはないのだろう、いつでも飛び出せるように脚にはずっと力が込められているのがわかる。
スパークも手の中に小さな炎が瞬いているのがわかる……しかもそれを相手側に見せずにいるところを見ると、おかしな動きをした瞬間に先手必勝でスキルを放つつもりなのだ。
彼女のスキルは炎を生み出し、自由に操る……強力すぎるスキル故に自制心の求められる能力ではあるが、使いこなすと先ほどのように自在に炎を操って飛行するなんて芸当もできるわけだ。
そして二人の行動に気が付いているだろうが、ネゲイションはあくまでも余裕のある態度を崩さずに仮面の奥で引き攣るような笑い声を上げると、彼へと話しかけた。
「先ほども話したよ、私は宣戦布告をするためにここに来た」
「それだけのために……人を殺させ、そして会場を恐怖に陥れたのか?」
「人聞の悪いことを言うな君は……私はむしろオグルを止めにきた方なんだよ、宣戦布告は興が乗ったついでさ」
まるでそんなこともわからないのか、とばかりに肩をすくめたネゲイションだが、その瞳は油断なく二人の様子を窺っているのがわかり、まるで隙を感じさせないものだ。
先ほどまでポツポツと降ってきていた雨が少しずつ強くなっていく……スパークはネゲイションから視線を外して空を見上げると、軽く舌打ちをした。
炎系スキルの持ち主は雨に弱い……これは誇張でもなんでもなく、当たり前の話だけど炎を放っても雨に濡れると威力が半減するからだ。
スパークは派手にスキルを放つことでも有名だし、そう考えると接近戦で炎を使う以外に彼女は戦えないだろう……もしかして天気の変化もネゲイションが? と私がじっと彼をみると、再びネゲイションはゆっくり顔の前で指を立てて振る。
「流石にそんなスキルは持っていない……偶然だが、これは必然とも言っていい」
「幾つもスキルを所持するわけはないか……」
「ああ、過去にそんなことができたヒーローはいないが……ヴィランはいた、そうだったな?」
イチローさんがネゲイションへとそう話しかけると、彼の後ろで控えていたオグルが何かを話そうとしたのか顔を上げるが、ネゲイションは黙って彼を手で制すると顎に人差し指を当ててから軽く首を傾げる。
答える気はない……ということか、ただオグルの反応を見る限りなんらかの真実を掘り当てた可能性があるってことかな。
スキルを複数所持できない、というのはそもそも先天的に発現するものなので、複数のスキルを所持した記録が存在しないからだ。
あくまでも一般的には、というだけで数少ないものの事例は存在しているというのがまことしやかに囁かれている。
「どうだったかな? 私も記録しか見ていないからわかりかねる……さて、そろそろ我々はお暇しようと考えているが、君たちも遠いところまでご苦労、見送りはいらないのでお帰りいただこうか」
「このまま逃すとでも……ッ? ヘラクレス?」
「逃げ切れるとでも思うのか? お前の姿もオグルの姿も全世界に公開されたんだぞ?」
前に出ようとしたスパークを手で制したイチローさんだったが、その言葉通り予選トーナメントとはいえメディア放送されている映像はおそらく凄まじい勢いで拡散し、全世界がこのヴィランの王を捕らえようと躍起になるはずだ。
どうやってここから逃げるつもりで……と私がネゲイションを見ると、イチローさんの言葉が相当に面白かったのか、突然肩を震わせて仮面の下で声を殺して笑い始めた。
その態度に腹が立ったのかスパークが前に一歩だけ出たのを見てそれまで大人しくネゲイションの側に控えていたオグルがゆっくりと立ち上がる。
「やめろオグル、そうだねえ私とオグルは有名人になってしまった、全世界のヒーローが私を殺しにくるかもしれんね」
「今なら僕に捕まるだけで済むぞ、諦めて降伏しろ」
「いやいや雨がひどいのでね、濡れる前に帰るとするよ……君たちは傘を持ってきているか? 私はほら、この通り……近くの店で売っていたのを買ったよ」
いつの間にかネゲイションの手に握られていた黒いビニール傘……彼の言葉通り取手の部分には、コンビニエンスストアなどで売られていることを示す小さなタグがついており、しっかりと購入済みであることを示すテープが貼られていた。
いや、それも驚きなんだがいつの間に取り出したんだ? 私が眉を顰めてそれをじっと見ていると、ネゲイションは声を殺して笑うと共に、もう一本傘を出現させるとオグルへと手渡す。
オグルは一度私の顔をじっと見た後に黙って方向を変えて歩き始める……ネゲイションは傘を片手にそれを見送るが、雨足が強くなるに従って急に周りの空気がひんやりと、そして白く霧のようなものが立ち始める。
「では皆さんご機嫌よう、風邪を引かないように気をつけてくれたまえ」
「ま、待てッ!」
「ヘラクレス! なんかおかしいッ!」
ネゲイションはくるりと方向を変えるとオグルの後を追いかけるように歩き始める……それを見て慌てて追いかけようとしたイチローさんへとスパークが声をかけるのと同時に、急に霧が濃く視界が恐ろしい速さで乳白色へと染まっていく。
この県や場所で霧が急に立ち込めるなど、おかしな現象でしかない……つまりこの霧はスキルによるもの? と私たち全員が慌てて周りにいるであろうもう一人の存在を探そうとするが、霧の中へと消えていくネゲイション達の姿はあっという間に見えなくなっていく。
スパークは慌ててインカムのボタンを押すと、おそらく上空に残っているであろうヘリコプターへと話しかけた。
「所長ッ! 敵が逃げ……ちょっと所長?!」
「電波が死んでいるね」
「ああ、もうッ! こういう時に連絡が取れないなんて!」
「……あ? うわあっ!」
私は突然自分の体を強く押さえつけていた力から解放され、バランスを崩して転倒する……解放された、ということはスキルの有効半径から抜け出した、つまりネゲイションはすでに遠くまで逃げ仰せてしまっているということを示しており、その場にいた全員が軽くため息をついた。
おそらく霧を発生させたのは別のヴィラン……そしてその霧は電波を通さない特殊な能力を持っており、その存在がネゲイションをここまで大胆な行動へと移させたのだろう。
だが……イチローさんがいう通り、彼らはこれで姿を表してしまった、明日からどうやって逃げ遂せるのか、その違和感がずっと心の奥にこびりついている。
イチローさんは周りを見ながら胸の前で拳をバンッ! と手のひらに叩きつけるとつぶやいた。
「……霧が次第に晴れてきたな……次会った時は必ず……」