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第五二話 役者は揃う

「せ、宣戦布告? 時代を間違えているんじゃ……」


「いいや、間違えてはいないね」

 私の言葉にネゲイションの仮面の奥に光る赤い瞳がぎらりとした殺気のようなものを放ったことで、本能的に私は体をびくりと震わせる……が、そもそも今金縛りの状態が続いていて、意識とは裏腹に硬直したままの体はほんの少しだけ震えただけだった。

 そもそも現代において戦争というのはこの国に住んでいる人にとっては遠い過去の出来事に過ぎない……言葉のあやとしての『宣戦布告』は使われたりするけど、本当の意味での戦争など想像すらついていないものだからだ。

 私は正直訳がわからないという風の表情を浮かべていたことでネゲイションは再び軽く首を傾げるが、やはり人間的な仕草に見えなずどう見ても昆虫のような印象を持ってしまって、気持ち悪さだけが前に出る。

「アナウンサーやカメラもある、その先で見ている協会の人にも聞いていただこうか」


「……そもそも戦争なんか……」


「違うなシルバーライトニング……君たちが平和ボケしているだけで、裏ではずっと我々の戦争は続いているのだよ」

 ネゲイションは大袈裟な身振りで両手を広げると、カメラの位置がそこにあるとわかっているとでも言わんばかりにじっと視線を向けた。

 場内スピーカーに軽く『ヒイッ!』という悲鳴が入ったのは、先ほどまで試合を中継していたアナウンサーの声だろう、それを聞いたネゲイションは満足するように何度か頷く。

 ステージ上に立っているのはネゲイションとオグル、そして私だけ……次第に雲行きが怪しくなりつつある空を見上げながら、ネゲイションはゆっくりと姿勢を変えると、まるでステージ上で注目されている舞台俳優のように、ゆっくりと私の周りを歩きながら、時折私と視線を合わせながら話し続ける。

「我々の違いはなんだ? 同じスキルを所持し、片方は虐げられ、片方は社会的な栄誉を得ている」


「そ、それは貴方達が罪を犯しているから……」


「そうせざるを得ない者も一緒くたに悪者とされ、追い立てられる……そこに立っているオグルは異形ゆえに迫害され、悪の道へと進まざるを得なかった」

 ネゲイションがそっと手を差し伸べる先には異形の鬼……じっとネゲイションの言葉に身を傾け、軽く首を垂れた姿勢のまま動かないオグルがいる。

 確かにヒーローによってはアイドル化している者もいるし、実際私も雑誌などに取り上げられてたこともある……見た目がオグルと一緒だったら、確かに私はそういう取り上げられ方はしなかっただろう。

 だがそれだからと言って犯罪者となることを正当化する理由にはならない……私はネゲイションを睨みつけるが、私の考えを読んでいたのだろうか?

 ネゲイションは仮面の前に人差し指をそっと添えると、ゆっくりと左右に振って『黙ってろ』とばかりのジェスチャーを見せた。

「発言を……君は残念ながら虐げる側だ」


「むぐ……ッ!!」

 まるで口が強靭な糸で縫い付けられたかのように動かなくなる……彼のスキルはおそらく否定と肯定によって発動する何かなのだろう。

 言葉が発動キーとなっていて、対象とした人物の行動を制限したり拡大できるのかもしれない、ただスキルの効果を全て開示されているわけではないので、どこまでの効果範囲なのかはわからない。

 対象人数などがどれだけなのか、どこまで対象とできるのか……電波に乗せたりすることはできないだろうから、おそらく視界に入っているか近くにいるかだと思うのだけど。

 それさえ理解できれば私でもこの強大なネゲイションのスキルから解放され、彼を捕縛できるかもしれない。

 ネゲイションは私が黙ったことで満足そうに何度か頷くと、再び話し始めた。

「別にヒーロー全てを殺そうなどと思うわけではない……だが、私たちに歯向かうものとは戦わなければならない、生存権の獲得……これは悲願である」


「むぐ……」


「……今は動かないでくれ」

 ネゲイションの言葉にオグルは何度か頷いた後に、私の側へと近づくとそっと肩へとその大きな手のひらを載せた後、彼にしては相当に優しく声をかけてきた。

 動けないし喋れないから動くも何もできないんだが……抗議の意味も込めて彼を睨みつけると、オグルは少し悲しそうな表情を浮かべると、それ以上は何も言わずにネゲイションへと視線を移した。

 そういえば……今現在この会場はヴィランの王たるネゲイション、超級ヴィランであるオグルがいるのだが他のヒーローはどうしているのだろうか?

 そして……今ここにヴィランの首魁とおぼしき人物がいるにもかかわらず、協会はどうしているのだろうか……私が少し現状に疑問を持っていた中で、ネゲイションの演説は続いていた。

「……生存権を得るために私は宣言する、悪と呼ばれた私たちが生きるための場所を得るために、我々が一定の戦力を持っていることを示すつもりだ」


 ネゲイションの言葉は続く……まるでその発する言葉に酔っているかのような、実に芝居がかった身振り手振りを見せた彼の仮面にポツリ、と雨粒が当たる。

 元々サッカーなどの球技で使われるアリーナだ、屋根はオープン型になっており天候の変化でドームが閉まるような仕組みではない。

 まあ球技だとピッチの変化などで試合の流れが変わったりするのでそれが面白いし、ヒーロートーナメントも天候の変化を利用した戦いなども好まれるので、そういう会場が選ばれている。

 彼はその水滴に気がついて空を見上げると、仮面の下で低く引き攣るような笑い声をあげると、大きく両手を広げて何かを迎え入れるようなポーズを取る。

「シルバーライトニング、君の発言を……さあ、来たまえ最強のヒーローよ! 君とは一度ゆっくりと話してみたかった」


「え? あれは……!」

 ネゲイションの視線の先……そこには黒い雲の合間に一気のヘリコプターがホバリングしており、そこから二つの影がこちらに向かって文字通り落下してくるのが見えた。

 それをみたオグルは私の側から離れると、ゆっくりと自らが仕える王であるネゲイションの斜め後ろで控えるように膝をついた。

 落下してきたうちの一人は……私と似たようなヒーロースーツを着た女性……紅色の髪をいわゆるツインテール上にまとめた美女……若手最強格と名高いヒーロー「スパーク」。

 そしてそれよりも少し早い速度でステージに向かって降りてきたのは、均整の取れた筋肉質の肉体を持ち、黒髪に緑色の瞳を持った私のよく知る人物……イチローさんこと「ヘラクレス」だ。

「イチ……違った、ヘラクレス! とスパーク……!」


「大丈夫かい? シルバーライトニング」


「喋れるんだから大丈夫……そうでしょ?」


「ええまあ……動けないだけです……」

 ステージへとズドンッ! という音を立てて着地したイチローさんと、軽く足元から炎を噴出して落下の勢いを軽減したスパークは動けないままの私を庇うような位置でヴィランの王と対峙した。

 こうしてみると本当にお似合いの二人だよなあ……と二人の背中を見てそう思った、スパークは背の高さはさほどでもないけどモデルをやっているだけあってスタイルはいいし、赤い髪の毛と白を基調としたヒーロースーツのバランスがとても良い。

 その隣に立つイチローさんはやっぱりなんやかんや言ってもイケメン系だし、細マッチョというか筋肉質すぎない肉体と、背の高さのバランスがとてもいいんだよね。

 と、私がまるでその場の状況からかけ離れていることを考えていると、ネゲイションは引き攣るような笑い声をあげてから二人へと話しかけた。


「クフフッ! ヘラクレスにスパーク……都内の会場から空路を使ってくるとは、協会も相当焦っていると見えるな」

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