「ありがとうございます、ファイアフライさん……それとスパークも」
「気にすることはないよ、この間のお詫びも含めてだ」
口元の髭を指で軽く撫でた後に軽く口の端を持ち上げて微笑む中年の男性……ヒーロー事務所「カウント・ファイアフライ」所長であるヒーロー「ファイアフライ」と、その隣で不機嫌そうな表情を浮かべる女性ヒーロー「スパーク」こと工藤、そしてその対面に座る「クラブ・エスパーダ」所属ヘラクレスこと高津は今ファイアフライがチャーターしたヘリコプターの中にいた。
S県ヒーロートーナメント予選会場に超級ヴィラン「オグル」出現……その一報は都内のヒーロー事務所に所属するヒーローたちも驚愕した。
超級ヴィランの出現に伴い、関東近県の一般人の保護を目的とした緊急配備が進み物々しい空気が東京都を支配しつつあるが、その上空を抜けて彼らは予選会場となったアリーナに向かっていた。
「……シルバーライトニング一人だけなんですの?」
「状況が混乱しているからちょっとわからないんだけど、現場のヒーローはほとんど一般人の救助に向かっているらしくて、ステージには彼女しかいないようだ」
「……ランキング最下位に近いですよね? 彼女だけで大丈夫なんですか?」
工藤の疑問はもっともなものだ……「シルバーライトニング」市嶋 雷華はヒーローとしてはとても下位にランキングされるどちらかといえば「落ちこぼれ」の扱いである。
戦闘能力は一級品……というのを知っているのは彼女に近いヒーロー関係者だけであり、協会ですら本質的には彼女の今の実力を理解していない。
高津は自ら鍛え上げているシルバーライトニングが超級ヴィラン相手でも戦えると信じているものの、ある意味飄々とした性格の雷華がどこまでスキルを使いこなせるのかは未知数と言わざるを得ない。
ただ……訓練に付き合って気がついたが、スキル「シルバーライトニング」は喧伝されている以上に様々な応用方法が存在しており、それを紐解いていくだけで彼女の戦闘方法の幅が大きく広がっている。
「昔の彼女だったらすぐに負けちゃっただろうけど……今は違うよ」
「ふーん……ならこの事件を解決した後、トーナメントが再開されたら戦うのが楽しみですわね」
再開するのかな? という疑問は感じなくもないが、以前であれば雷華と戦うなどと考えもしなかった工藤が興味を示しているのは悪いことではない。
実際に予選トーナメントでのシルバーライトニング快進撃、という報道により彼女の人気がじわじわと上がってきている。
もし、もしもだが超級ヴィラン「オグル」を捕縛もしくは撃退することに成功すれば……シルバーライトニングは一躍時の人となる可能性が高くなってきている。
元々将来を期待された
「今の彼女と工藤君ならいい勝負になると思うよ」
「そりゃ楽しみ、あなたの前で完膚なきまでに叩きのめしてやりますわよ」
工藤が自信に満ちた表情を浮かべて笑うが、それを見た高津は思わずつられて微笑んでしまう……現代最強の一角とまで言われ、将来を嘱望される彼女の実力は本物である。
元々炎系スキルの所持者は圧倒的な戦闘能力を有していることから、自信過剰なまでに振る舞うケースが多く、中には訓練を嫌うものすら存在している。
しかし……工藤は根が非常に真面目な性格をしており、苦しく地味な反復練習をサボることなく継続できる鉄の精神力を有している。
派手派手しい外見とは裏腹に、努力できる天才であることは高津もちゃんと理解しており、後輩として好ましく思っている。
問題は少々過剰なまでに高津へのアプローチをしていることだけで、それさえなければ理想の後輩と言える存在だった。
「お手柔らかにね、ファイアフライ所長……どうされました?」
「あ、すまんね……ちょっと考え事をしていて……まさかヒプノダンサーが死ぬとは」
ファイアフライが軽くため息をつく……ヒプノダンサーが初めてヒーローとして登録された時に少し遅れてきた天才などともてはやされていた時期を彼は知っていた。
顔を合わせて何度か話をしたこともある……ヒーローとしてなかなか活躍できず、苦労をしていることもよく知っていたが……次第に黒い噂が流れてくるようになったことで、表立って接触が難しくなり、結果的には道を間違えてしまったヒーローを救い上げられなかった。
その事実は、ファイアフライの胸に小さなしこりのようなものを残しており、彼の表情はあまり明るいものではなくどこか影を残している。
「お知り合いでしたか?」
「彼が若い頃にね……評価はされにくいスキルだったが、とても強い力を持っていた」
「どういうスキルなんですか?」
「強力な催眠効果だ、きっかけが必要だが体の動きや目線を誘導して自らの位置を偽装したり、相手の視界を塞いだり……使い方によっては強者をねじ伏せることも可能だった」
相手にそれと認識されずに倒せる……強力すぎるほど強力なそのスキルは一歩間違えれば簡単に相手を殺せるほど、危険なものであった。
効果範囲はそれほど広くなく、また催眠が及ぶ対象にも限度があるのだがそれでも彼はそのスキルを使って、当初はうまく活動できていた、と聞いている。
しかし……第三者からすれば何をしているのかよくわからない上に、見た目が派手なスキルを行使するヒーローに人気が集まるのは必然ともいえ、強力だが地味なスキルを持つヒプノダンサーは次第に橋へと追いやられていくことになってしまった。
彼が当初所属していた事務所も世間の流れに逆らえず、それほど強力ではないが派手なスキルを持つヒーローを売り出す戦略に打って出て、ヒプノダンサーはさらに居場所を失っていったのだという。
「わたくしも自分のスキルが派手だという自覚はありますけど……それでもそんな扱いをされるものなのですか?」
「当時はね……どうしてもメディア映えするヒーローが脚光を浴びたんだよ」
「ひどい話ですね……」
高津と工藤は、ファイアフライの言葉に表情を翳らせる……自らのスキルは選択して持つことなどできない、気がついたら備わっているものでそれがどんなに使いにくかろうが、使いこなすしかないのだ。
工藤のスキル「スパーク」は何もないところから炎を生み出し、自在に操るもの……派手さでいえば現在の日本でも有数のスキルである。
高津の持つ「ヘラクレス」は身体能力の超強化など地味な部類に入るが、彼の立ち回りは見栄えがするためメディアが勝手に宣伝をしてくれるという特徴がある。
それから考えると、確かにヒプノダンサーの催眠効果というスキルは目立たず、理解しにくい部類ではあるのだ。
「彼の悪い噂が流れてきてから、一度席を設けて話をしようと思ったんだがね……本人からは音沙汰がなかった、それっきりだよ」
ファイアフライは少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべるとヘリコプターの窓へと視線を向ける……その方向は今向かっているS県でも有数の繁華街があり、ヒプノダンサーが根城としていた街であることを高津はなんとなくだが察していた。
ほんの少しだけ重苦しい沈黙が流れる中、工藤は空気を変えようと思ったのか視界に入ってきた試合会場であるアリーナを指差すと、二人へと微笑む。
「さあ所長もヘラクレスもそんな顔しないでくださいな、シルバーライトニングを助けに参りましょう!」