「……私が私であることを認めてもらえるのは、このスキルしかないから……心の底より大好きよ」
「なら俺と同じだな……俺はこのスキル、そして外見を愛している、それがどれだけ嫌われようとも、だ」
私の言葉を聞いたオグルは満足そうな笑顔を浮かべる……恐ろしい形相ではあるが、その笑顔には彼自身の本音のようなものが含まれていた気がして、私は思わず表情を崩してしまう。
世の中に溢れるヒーローとヴィランの関係は、ヒーローが絶対善、ヴィランが絶対悪……ヴィランは人間ではない怪物として扱われることが多いのだけど、実際に現場で対峙する私たちからすればヴィランも同じ人間ではあるのだ。
本当に気持ちの良い笑顔を浮かべてやがる……私はその事実に口元が緩むのを抑えられず、思わず軽く吹き出してしまう。
「何それ……私はヒーローで貴方はヴィラン、それは変わらないでしょ?」
「グハハッ! それもそうだな、お前は素晴らしく良い女だ、少なくともお前が俺と同じヴィランであったら良き友となったかもしれぬ」
オグルは私へと優しく微笑んでそう告げる……それはこちらも同じ気分だ、少なくとも今まで私が対峙したヴィランでオグルほど相手にシンパシーを感じるような相手は存在しなかった。
だが目の前に立っている赤銅色をした鬼は余程他のヒーローよりも私のことを理解してくれているかもしれない。
それでも私はヒーローであり、彼は世界に悪名を轟かす超級ヴィラン……立場が同じなんてことはありえない。
私のその意志を感じ取ったのか、オグルはそれまで以上にその全身の筋肉を膨れ上がらせると大声で吠えた。
「我はオグル……ッ! 力の信奉者にして絶対的な破壊者であるッ! かかってこい俺の認めたヒーローとして本気で殺し合おうぞッ!」
「……やってやるわ!!!!」
その言葉と同時に私は超加速を使って地面を蹴り飛ばすと真っ直ぐに飛び出す……先ほどヒプノダンサーとの戦いで見せた、スキル停止と再開を繰り返しまさに銀色の稲妻と化した私に向かって、本当に無造作なくらい拳振りかぶったオグルは、全力の拳を突き出してのけた。
正面から叩きつけられたお互いの拳が衝突し、バキイイッ! という凄まじい音を立てる……私はほぼ全力の、オグルも言葉通りに全身の力を込めた本気の拳を叩きつけ合う。
力と力の衝突……だが、格闘戦において大事なのは重さであると誰かが言っていたが、絶対的な質量において劣る私の体はその威力に耐えきれずに大きく跳ね飛ばされた。
「うぐあああああっ!」
『正面から拳を叩きつけあったシルバーライトニングが大きく跳ね飛ばされたッ! ちょ、ちょっと……何馬鹿正直に正面から……ッ!』
「グハハハハッ! まだ軽い……お前の本気を見せてみろおおおッ!」
くそ……私は正面からの衝突で大きく宙に跳ね飛ばされながらも意識をきちんと保っていた……拳同士の衝突で右腕が酷く軋む。
おそらく折れてはいないけど、骨にヒビくらいは入っているかもしれない……全身も傷まない箇所はほとんどない、心も折れそうになるのを必死に耐えている。
私は……それでもヒーローである自分が好きでありたいと思うように、大好きでいるために……その程度でへこたれる訳にはいかないのだ。
空中で何度か体を回転させてなんとか地面へと着地すると、地面を蹴り飛ばして前に出る……絶対的な力ではまだこのオグルに勝てないかもしれない。
だけど……ここで彼に負けるわけには……私が振り絞る勇気と、そして決して諦めない気持ちが体を突き動かす。
「ああああああああッ!」
『シルバーライトニングが前に……ッ! やめてッ! もう頑張らないで……ッ!』
「グハハハハハッ!!! 本当に良い女だ……ッ! お前は俺の女に相応しい……可愛がって俺の子を産ませてやるぞッ!」
「負けるかああああああッ!!!」
『オグルとシルバーライトニングの拳が……!!!!』
「これ以上は意味がない……お前たちの行動を
私とオグルの拳が再び衝突しようとしたその瞬間……不気味な声が会場中へと響き渡るとともに私とオグルは凄まじい力に押さえつけられたように、その場で動けなくなる。
それは急激にブレーキをかけられたような凄まじい拘束力を持っており、私は行動だけでなく呼吸すらも止められたような気分に陥り、思わず悶絶してしまった。
誰だ……?! 私が拳を振り抜く姿勢のまま必死に首を向けて声の主を探すと、そこにはいつの間にかステージの際……誰もいなかったはずの場所に一人の男が立っているのが見えた。
「かはっ……だ、だれが……ッ!」
『……いつの間にかステージ脇に人が! あれは誰ですかッ?!』
「……貴様か……」
「オグル……私はお前に自由を与えた気はないのだがな? なぜ
その人物は漆黒という言葉がよく似合う人物だった……黒い衣装、黒い仮面……だがその仮面の奥に光る赤い瞳は感情というものをまるで感じさせない無機質な光が宿っている。
仮面の形は鳥を模したような形状をしており、一八世紀ごろにいたとされるペスト医師の姿を現代風に解釈したかのような外見をしていた。
何者だ……? 全身が硬直した姿勢のまま顔を向けると、彼はこちらに気がついたのか視線を向けた。
目があった瞬間、鳥肌が立ち、今までに感じたことのないような悪寒と恐怖が全身を包み込んだ。とてつもない威圧感、底知れない強大さ。私は恐怖で震えながらも、必死で相手の姿を捉えようとした。
それはまるで、獲物が捕食者に睨まれたかのような凄まじい恐怖……そして黒ずくめの男性が圧倒的な強者であることを本能が理解しているかのような、そんな感覚。
そんな私に構うことなく、オグルは少しだけ窮屈そうな動作でその黒ずくめの男性へと向き直ると抗議するかのように両手を広げた。
「俺は今楽しい時間を過ごしていた……なぜ邪魔をする」
「仕事をするタイミングではなかったからだ、第一お前が日本にいることを喧伝してどうする」
黒ずくめの男性は呆れたような仕草を見せた後、オグルへと視線を向けるがその瞳に光るものは明らかに好意的ではなく、彼は少し苛立っているようにも感じた。
オグルはふん、と鼻を鳴らした後ガリガリと頭を掻き、そして動けないままの私を見てから口元を歪ませて笑う。
私はというと黒ずくめの男性が放った言葉の強制力から抜け出せず、いくら力を込めてもまるでびくともしない状況に少しだけ焦りのようなものを感じていたが……それ以上にこの力が明らかにスキルであることに気がつき、彼がヴィランであることを理解していた。
「く……動け……ちょっと、あんたどう言う人なの……ッ!」
「おい、こいつお前が誰か理解していないようだぞ?」
「……全く……最近のヒーローは勉強不足で困るな……」
オグルにそう告げられた黒ずくめの男性はやれやれと言わんばかりに肩をすくめる……そりゃ私はまだヒーローとしては二年も活動していないペーペーでしかないので、他の経験豊富なヒーローと違って勉強不足だからな!
そんなことを考えつつ、相手を睨みつけていた私の視線を受けた黒ずくめの男は本当に優雅で、見事なくらいの所作を見せつつ古風な挨拶の動作を見せつけると、赤い瞳を仮面の奥に輝かせながら私へと話しかけてきた。
「私の名はネゲイション……お前らの間ではヴィランの王として知られる男、それが私の名前だ」