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第四八話 予選トーナメント決勝 一〇

「おおおおっ!!」


『シルバーライトニング前に出るッ! 先ほど何があったのかわかりませんが、オグルの攻撃は空転を続けているぞッ! いけいけッ!』

 私は左右からオグルの顔面へと叩きつけるように拳を振り抜くと、ダンダンッ! という音が極限まで人の少なくなった会場へと響きわたる。

 何度かの攻防で理解したがオグルの戦闘技術というのはそれほど高くない……というのも、攻撃はかなり力任せで出所がわかりやすく、よく見ているとどこに放たれているのかわかりやすかったのだ。

 イチローさんやエスパーダ所長のような戦闘巧者に鍛え上げられた私にとっては、テレフォンパンチ同然の動き、ということに冷静になって初めて気がついた。

「うお……ッ! こいつ動きが良くなって……!」


「うおおおおッ!」

 ほぼ棒立ち同然のオグルの腕に連続蹴りを叩き込む……ドガガッ! という鈍い音を立てて食い込む私の攻撃だが、それをモノともしないかのようにヴィランは一気にこちらを捕えようと手を伸ばす。

 だがその軌道も至極読みやすい……体を回転させてオグルの腕を、下から打ち上げるようなアッパーを叩きつけて軌道を変えることで私の肩口を掠めていく。

 自らの攻撃がまるで当たらないということに驚いたのかオグルは黄金色の瞳を見開く……なぜ当たらないのか? とでも言いたげなその表情は次第に苛立ちの色を帯びてくる。

 苛立ちは徐々に力みを生み、攻撃は荒っぽく繊細さを失っていく……大きく右腕を振り払うように繰り出したその攻撃を、私は最小限の動きのみで躱し、その場から一気に超加速して懐へと潜り込む。

「なぜ当たらない……ッ!」


『シルバーライトニングが銀色の稲妻と化して加速していくッ!』


「悪いけど、いつの世も特別に良い女ってのは手に入りにくいものよ?」

 スキル「シルバーライトニング」の特性である一秒間の超加速……直線的に加速をする際に走り出す必要がある、と思われている。

 散々スキルの特性を調べてて気がついたんだけど、実はこのスキル……ジャンプで飛び上がるために地面を蹴るとか、なんらかの物体を蹴った瞬間に発動することで、そこから最大一秒間直線的に加速することもできるのだ。

 ほぼ斜めに超加速した私の飛び蹴りがオグルの顎に直撃するとドゴアアッ! 鈍い音と共に彼の顎が跳ね上がり、その二メートルを超える巨体が大きく揺らいだ。

 ダメージが入った?! ということは人間の急所に相当する部分は同じということだろうか? 私はオグルの肩を蹴って跳躍すると、少し距離を離す。

「……急所を狙い続ければあるいは……」


『シルバーライトニングの蹴りが一閃……ッ!! だがオグルは倒れない!! タフすぎるぞッ!』


「ぐ、グオ……今のは効いタァ……」

 ゴキゴキと首を鳴らしたオグルが上体を起こすが、あの一撃が効いたという割にはふらつきもしていないし、気絶すらしていないとは。

 顎に入った一撃は超加速も合わさったもので、普通の人間であれば一撃で顎を割られて激痛と脳震盪で数日は目が覚めないレベルの攻撃だったはずなのに……マジかよ。

 タフさはスキル由来のものだろうな……オグルが海外で起こした事件の報告書を以前見たことがあるが、彼は数人のヒーローが束になって攻撃を叩き込んでも平然と反撃していた、という記録があったはずだ。

 つまり……オグルのスキルは常人を遥かに超えた筋力と、怪物のような外見、そして異常なレベルのタフさを手に入れるものだろう。

「マジかよ、今の一撃で気絶しないなんて、どういうスキルなの……」


「……気になるのか?」


「そりゃもちろん……」

 私の言葉にニヤリと笑うオグル……うん、これ教える気のない顔のように思えるな。

 まあヒーローでも自分のスキルは「こういうスキルです」なんてフツーに教えるのはかなりレアだ……私なんかいまだにヒーロー名鑑では「一秒だけ加速できるスキル」しか書かれてないからな。

 ヒーロー名鑑は一般書店なんかでも販売されているものなので、誰が買っているか全くわからないので情報は正確じゃ無いほうがいいとかエスパーダ所長は話してた。

 特にヴィランもそうだけど、自分のスキルがどういう効果を生み出すものなのかわかりにくいほうが、初見で戦うには有利な点も多いのだろう。

 だが……私の予想に反してオグルは口元を歪めるとまるでそれがなんでも無いことのように言葉を紡ぎ始める。

「俺のスキル「オグル」は常人以上の筋力、耐久力、速度を生み出すものだ、その代償にこの人間離れした外見……特に赤い肌と角が顕現する」


「……正直にどうも……」


「意外か? そういう顔をしている」


「スキルを正確に伝えるなんて普通じゃない……」


「グハハハッ! だからヒーローはせせこましいのだ!!」

 オグルは大きく口を開け両手を広げて笑う……確かに彼ほどの破壊能力があれば、スキルの概要を知られたところで大した影響はないだろう。

 能力を知られたところで相手がそれに対応できなければ意味はない……案外スキルというものは単純かつシンプルな能力の方が厄介なのだとも言われる。

 例としてエスパーダ所長を思い出しているが、彼のスキルは「手に持った剣(それに該当する物体)を使う」なんて能力らしいが、そのスキルの効果を知ったところでどう対応すればいいのか私には全く考えつかないし、訓練で所長にボコられるなんてケースは散々経験してきている。

「圧倒的な力、それが俺のスキルだ……それを喧伝して何が悪いッ!」


「……い、いや……別に悪いとは……」


「シルバーライトニングッ!」


「ひゃ、ひゃいっ!?」


「お前は自分のスキルを愛しているか?!」

 いきなりオグルから声をかけられて私は変な声を出して思わず身をびくりと震わせる……自分のスキルを愛しているのか? それは自分が持つスキルをどう思っているかに他ならない。

「シルバーライトニング」というスキルを顕現させた時の両親の表情は今でも夢に見る……元々先代シルバーライトニングは非常に有名なヒーローで、日本だけでなく海外でも活躍した人物である。

 そのヒーローと同じスキルということで、期待もされたし最初の頃はアナウンサーにインタビューなんかもされたこともあるんだよね。

 でもそのスキルを持っても結局は実績……自分が上手くヒーローとして活躍できなければ、賞賛の声は次第に嘲笑へと変わっていく。

 少し前まで私は自分のスキルに自信が持てなかったし、どうしてこのスキルが顕現してしまったのかと悩むこともあった。

「……ちょっと前まで私は自分のスキルが好きじゃなかった……もっとわかりやすいものがあればとか、派手なスキルが欲しいって思った時期もあったわ」


「……ほう?」


「だけど……」

 ヒーロー事務所「クラブ・エスパーダ」に入所しヒーローとして活動する中で、挫折や失敗も散々経験してきて、それでもなお自分がヒーロー以外の選択肢を持てないことに悩んだこともあった。

 だけど……そんな私に優しく声をかけて励ましてくれる大勢の人がいることに、私はずっとヒーローとなって良かったと思ってきた。

 友人は少ないし、今でも痛いのはすごく嫌だ……でも、期待をしてくれる人たちのために自分が希望を持って、悪い人と戦って助けるという今の仕事をするために私の持つスキルは……大切なものなのだ、と今でもずっと思っている。

 だから……私が出せる答えは一つしかない……それは。


「……私はこのスキル「シルバーライトニング」が大好き! 私が私であることを認めてもらえるのは、このスキルしかないから、大好きよ」

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