「グハハハッ! 銀色の雷光ッ! まずはお前の力を試してやろう……ッ!」
「な、なんだと……?!」
オグルはメリメリメリッ! とその上半身に込められた恐るべき質量の筋肉を一気に盛り上げていく……まるで体が一回り大きくなったような……と思った瞬間、その巨体には似つかわしくないくらい軽く地面を蹴る音と共に、一瞬で目の前に出現する。
あまりに一瞬の出来事……今までに見たことのない外見と、それに反比例するかのような軽い動きに呆気に取られた私だが、背中が一気にゾクゾクッ! と凄まじい悪寒に包まれたことで咄嗟に両腕を使ってクロスアームブロックの態勢を無意識にとっていた。
「……あっさり死ぬなよ?」
『ヴィランの拳がッ! シルバーライトニングが危ないッ!』
「……ッ!!!!」
一瞬の間を置いてのズドオオオンッ! という凄まじいと衝撃……恐ろしく無造作な動作から放たれたオグルの拳が私をディフェンスした姿勢のまま、大きく跳ね飛ばした。
なんだこれ……視界がいきなり青い空を写し、そしてそのままの姿勢で私はステージから叩き出され、会場の壁へと叩きつけられた。
肺の中の空気が全て無理やし搾り出されたような感覚に陥り、私は悶絶しつつもひどく咳き込み、そしてガチガチに固まったままの腕がひどく軋むような痛みを発していることで、再び顔を顰めた。
折れてはいないが、こんなパンチを何発も喰らったら骨が粉々になるぞ……!? その事実に再び背中に冷たい汗がどっと溢れるのを感じた私の視界がいきなり暗くなる。
視線を上げるとそこには口元を歪めて笑うオグルの姿が……彼は大きく足を振り上げると、まるで容赦無く私に向かって巨大な足を振り下ろす。
「……あ……」
『場外に投げ飛ばされたシルバーライトニングを、ヴィランの容赦のない蹴りが襲っている……ッ!』
「……ふんッ!」
バキイッ! ドゴオッ! グシャアッ! という鈍い音を立てながら無慈悲な蹴りが何度も私を襲う……だが必死に防御姿勢を崩さずに耐える私に苛立ったのか、突然腕をその巨大な手でがっしりと掴まれるとゆっくりと体が持ち上げられていく。
嘘だろ……?! 私は筋肉質ということもあって実は体がかなり重く、平均的な一般人男性と比べても遜色ない程度の体重なのだが、それを平然と片手で持ち上げるなんて……。
驚愕に見開く私の視線とオグルの持つ黄金の瞳が合うと、彼の目はぎらりと光った後まるで笑うように歪むと、そのまま片手で私を大きく振り飛ばしてのけた。
再びステージ上に投げ飛ばされ、床面をごろごろと転がった私はぐわんぐわんと揺れて少しだけ赤く染まる視界の中、なんとか立ち上がる。
「く、くそ……」
『凄まじいパワーッ! ヴィランはシルバーライトニングを片手で振り回してステージ上に投げ飛ばしたぞ……! え? こ、この会場に現れたヴィランの名前が判明……!』
「グハハハッ! 遅いなあ……この見た目だからすぐに名前を連呼されるかと思っていたが……」
『予選トーナメント会場に姿を現したヴィランは……ちょ……え? これ本当ですか? ……超級ヴィラン「オグル」ですッ!』
すでにほとんどの観客が逃げ出した会場に響くアナウンサーの絶叫……私と対峙するオグルは首筋を無造作にボリボリと指で掻くと、つまらなさそうにあくびをしてからゆっくりとこちらへと視線を向けた。
ようやく視界の揺れが治った私だが、先ほどの一連の攻撃で、全身がひどく痛み視界の端に赤いものが浮いていて正直さっきので気絶してもおかしくないほどのダメージを負っている。
元々ヒプノダンサーとの戦いであちこち痛む肉体が悲鳴をあげそうになっているし、肩で息をしている間もずっと早鐘のようになり続けている心臓が、おおよそ今の状況が普通ではないことを示しているのがわかる。
「銀色の雷光……俺は退屈し始めている……」
「ちょっと、銀色の
そうだ少し気にはなっていたのだけど、オグルは私のことを「銀色の雷光」と呼んでいる……銀色の稲妻という名前の方が私は聞きなれた言葉なのだが、雷光という呼び方は初めてされている。
こんな状況ではあるがめちゃくちゃ気になる……そのため思わず私はオグルへと普通の口調で訊ねてしまったのだが、その言葉を聞いたオグルは「ふむ……」と何かを考えるように顎を指で摩り始める。
なんだろう、鬼のような外見の割に案外知的な仕草というか、知能レベルがそれなりに高い感じがする……粗暴な印象なのに、本質的にはそうではないような。
「……言葉のあやだ、どちらでも変わるまい?」
「……アイデンティティに関わる問題なのよ、訂正しなさいよ」
「あーそうだな、ちっ……面倒な女だ……わかった次からはちゃんと呼んでやる」
こいつ今舌打ちしやがったな……しかし一連の流れでも思ったが、超級ヴィランは世の中で言われているような怪物や化け物の類ではなく、きちんとした知性を持った人間であることがわかる。
ヒーローと同じ……凄まじい破壊のスキルを所持しているが、本質的には理性的でありその方向性が異なるだけの存在なのだ。
だが……それでも私たちヒーローは人を殺さないために細心の注意を払って行動しているし、手加減もちゃんとできるのだが、彼らはそのブレーキがないだけなのかもしれない。
そんなことを考えていると、オグルはふう……と軽くため息をついた後首をゴキリ、と鳴らすと軽く手招きをしてきた……次は私の番ということか。
「見せてみろ、銀色の稲妻」
『シルバーライトニングが前に出たッ!』
「……後悔する……わよッ!」
スキルを使って一回目の超加速……コンマ数秒も立たないうちに停止をして惰性で距離を詰めた私は、ほぼ全力の回し蹴りをオグルへと叩き込む。
「ズドンッ!」という鈍い音を立ててオグルのこめかみに回し蹴りを叩き込んだ私は、回転の威力を殺さないまま、中段、下段へと流れるような連続蹴りをヴィランへと叩き込んだ。
ドンドンッ! という小気味よい打撃音と共にオグルの上半身が軽く揺らぐ。
最初の超加速ほど二発目、三発目の蹴りは威力には欠けるものの、容易に防御姿勢を取らせない流れるような一連の動きに、彼の黄金の瞳が少し見開かれた。
加速を再開した私は相手の後背へと一気に離脱する……イチローさんと何度も反復練習した、一撃離脱戦法の一つだ。
「……どうだ!」
『流れるような一連の攻撃! シルバーライトニングの攻撃が全てクリーンヒット! オグルの上体が揺らいだぞ!』
「まあまあだな……だが、踊り子などとは比べ物にならない研鑽、感服する」
ぼそっとオグルが呟くと、傾きかけていた身体がぴたりと静止すると口元を歪めてこちらへと振り向いた。
この程度じゃ倒れない……まるで巨大な要塞を相手にしているような感覚になってくるな、タフさでは今まで出会ったヒーローやヴィランとは比べ物にならないレベルだろう。
だが……先ほどの加速からの回し蹴り、そして連続で叩き込んだ攻撃をまともに防御できていないことを考えると、全力の打撃を連続でぶち込んで行けば、もしかしたら。
私はふうううッ! と大きく息を吐き出すと、身構え直す……ここで倒さなければ、トーナメント会場外にこいつが出た時にどれだけの惨劇が巻き起こるかわかったものではない。
だから……ここは私がどうにかしなければいけない瞬間なのだ……! 私の瞳に強い意志の光が宿ったのを感じ取ったのか、オグルは大きく両手を広げると叫ぶ。
「かかってこい勇敢なヒーローッ! お前の本気を、全力を見せてみろッ!」