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第四六話 予選トーナメント決勝 〇八

 ——超級ヴィラン「オグル」出現……S県で行われている予選トーナメント会場での異変は、ヒーロー協会に衝撃を与えた。


「ど、どういうことだ……! オグルが出現? ヒプノダンサーが殺された?!」

 超級ヴィランの出現は各国で扱いは違うものの、天災と同義語で扱われるケースが多い……特に強力なトップヒーローが一国の軍隊と互角に争えるだけのスキルを所持しているように、超級ヴィランもまた戦闘能力においてはトップヒーローと互角、もしくはそれ以上の存在であると認識されているのだ。

 それだけの存在が単なる地方トーナメント会場に姿を現した……という恐るべき事実に協会だけでなく、日本国政府も過去にないほどに混乱をきたしていた。

「現場で対峙しているヒーローは?!」


「ヒプノダンサーと対戦していたシルバーライトニングです!」


「……無理だろ! すぐに引き下がらせろ! ヘラクレスはどうしている!?」


「ど、どうやって現場にいるシルバーライトニングに連絡を……!」


「ヘラクレスは東京の会場に……!」


「いいからなんとかしろッ! あれに対抗できるのは今ヘラクレスだけだ!」

 オグルの恐ろしさを知っているヒーロー協会の人間はその出現に恐怖を覚えている……ヴィラン「オグル」は一〇年近く前より活動を開始しており、その凶暴さと破壊能力は群を抜いて危険である。

 基本的には圧倒的な身体能力と筋力による肉弾戦を得意とし、素手で戦車を破壊し岩を投げて音速で飛ぶ戦闘機を撃墜するなど、すでに軍隊並みの能力を有している。

 人の頭を柘榴のように潰すなど容易なレベルの筋力を有しており、一般人が遭遇すれば絶対に助からないと言われているレベルの怪物である。

 指示を出し終えた協会幹部は手元の端末を操作してオグルが以前目撃された米国の事件写真をいくつか表示させていく……画像は不鮮明で詳細までは分かりにくいものの、赤銅色の肌を保つ角の生えた巨人が戦いを挑んだヒーローと戦っている姿が映っていた。

 二メートルを超える体に備わった膨大な量の筋肉は明らかに人の域を超えており、怪物と呼ぶにふさわしい姿をしている。


「どうやって日本に……」

 オグルは非常に強力なヴィランとしては外見があまりに特徴的すぎて一般人の目から見ても恐怖を覚えるような容姿をしている。

 日本だけでなく各国もヴィラン「オグル」の特徴は把握しており、とてもではないがその見た目では移動すら困難であることは間違いないのだ。

 それにもかかわらず、オグルは出現まで誰にも見つかることなくステージ上に姿を現した……その存在を誰にも知られることなく、その巨体が出現するまでこの国の法執行機関は誰も彼がいるなどと信じていなかったに違いない。

 しかし……現実にヴィラン「オグル」はその場に出現している……日本ヒーロー協会の電話はパンクしそうなくらい各国からの問い合わせの連絡と、メディアで生中継されていたためヒプノダンサーが殺されるシーンもそのまま放映されてしまっていたため、抗議の電話が止むことなく続いている。

「……いや、まずはなんとかして足止めを……いや、ヘラクレスが東京にいて、予選トーナメント会場に向かうまで何分かかる……?」


「ヘラクレスに連絡がつきました! 中継を見ていたようで既に会場に向かっているとのことです!」


「そ、そうか……! 都内の事務所で支援できる事務所に片っ端から連絡しろッ! 優先的に車両を回せ!」


「はいッ!!!」

 協会内部が慌ただしく動き回る中、幹部はふうっ……と深いため息をついて椅子に深く座り込む……ここまで不測の事態などここ数年起きていない。

 特に日本国において超級ヴィランの活動は遠い昔の出来事に過ぎなかった……それも全てヘラクレスという近年稀に見る最強戦力の登場と、大半のヴィランは海外を拠点としていることが多く、事件は多く発生しているものの仮初の平和を享受していたのだから。

 協会幹部の頬に冷たい汗が流れる……オグルが簡単に潜伏し、日本国内に入っていたようにもしかして他の超級ヴィランが既に国内のどこかに潜伏していたとすれば、今回のように神出鬼没の襲撃が可能になるのではないか?

「……考え過ぎか? いや……オグルの出現があまりに」


「あ、あの……」


「ん? どうした?」


「すみません、お電話が……」

 ふと声をかけられて我にかえると、困ったような表情で若い協会女子職員が手に内線子機を手に立っている……この忙しい時に電話だと?! と思わず声をあららげそうになるが、この時代些細な言葉の使い方ですらハラスメントとなりかねない世間の認識を済んでのところで思い出すと幹部は引き攣った笑顔で、女子職員から子機を受け取る。

 小さな白黒モニターには相手の電話番号は表示されておらず、該当番号なしが表示されたままだった……このクソ忙しい時に誰だ、と軽く舌打ちをしてから慇懃な態度で彼は電話に出ることにした。

「誰だね……! 今は取り込み中で……!」


『岡村ですわ、今放送を見ていましてね……急いでお電話しました』

 電話口の声は心地よい響きを持つ妖艶な女性の声……協会幹部も一目おいている都内のベンチャー企業の女社長、岡村・アイル・かりん……たった数年で有名誌にも掲載された日本有数の資産家。

 その声に気がついた協会幹部は思わず姿勢を正すと、相手には見えないにもかかわらず少しだけ締まりのない笑顔を浮かべて笑った。

 日本ヒーロー協会の行っているトーナメントの有力スポンサーであり、会場内の放送システム、サーバー類、エンジニア派遣など実はこの岡村の立ち上げたウォー・ゾーン社が担っていた。

「あ……失礼しました、岡村社長……大変お見苦しいところをお見せしておりまして……」


『いえいえ、このような事態になってしまって大変残念ではありますが……私どもは協会との良き関係を続けたいと考えておりますわ』


「そ、そう言っていただけると……出現した超級ヴィラン「オグル」ですが、ヘラクレスが出動しておりまして……すぐにカタがつくかと」


『あら、ヘラクレスを呼んでいるんですね……現場にいるええと……今ステージに立っている女の子はどうするの?』


「シルバーライトニングですか? いやいや彼女には荷が重い……おいッ! 早くあいつを下げさせるんだ!」

 協会幹部は愛想笑いを浮かべながら電話口を軽く抑えてモニター内で銀色の電流を走らせているシルバーライトニングをチラリと見た後、近くにいた女性職員へと怒鳴りつけた。

 シルバーライトニングも本トーナメントでかなりの実力であることを見せつけている……だが、それでも実績がまるで足りない。

 ヘラクレスの愛弟子ということも相まって、扱いにも困る存在になりつつある彼女がオグルにくびり殺されでもしたら……そしていまだに放送が継続していることにも内心怒りを覚えてしまい、語気が荒くなっていた。

 それを聞いた女性職員は少し嫌そうな表情を浮かべた後、黙って頷くと急いでインカムに向かって呼びかけを再開していく。

 全く……と協会幹部は首を振った後にすぐに表情を戻して愛想笑いを浮かべると、電話口へと話しかけた。

「大丈夫です、彼が到着すればオグルなどすぐに撃退できますよ」


『そうですか……私シルバーライトニングにはかなり興味がありましてね……このまま放送を見ていますね、それでは』


「あ、ちょっと……」

 急に興味をなくしたとでも言わんばかりの冷たい言葉で、岡村はさっさと電話を切ってしまう……協会幹部はあまりにあっさりとした対応に呆然としつつも、深くため息をついた。

 岡村が見せる気の変わり方は協会内でも有名で、彼女は興味のあること以外への対応がかなりそっけなくなることでも知られていた。

 それ故に先ほど彼女がシルバーライトニングに興味がある、という言葉についても協会幹部は金持ちの気まぐれなのだろう……と深く考えることはなかったのだ。


 しかし……この時彼に先を見通すスキルか能力があれば……この時の岡村の態度が何かを示唆していたことに気がついたのかもしれない。

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