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第四五話 予選トーナメント決勝 〇七

「あーあー……行っちまいやんの、あの脳筋馬鹿」


 妖精のような見た目を持つ女ヴィラン「ファータ」は壁にぽっかりと空いた穴から見える外の光景を見て、深いため息をついた。

 せっかくの隠れ家、誰にも見つからない場所で観戦しているだけだったのに……外では急に壁が壊れたことで、今彼女たちがいるビルの下に瓦礫が落ちてしまったのか、大騒ぎが起きている。

 この調子ではすぐに警察や消防隊が駆けつけ、この場所へと踏み込んでくるだろう……まあ彼らは単なる事故だと思っているだろうが、何せファータの外見はひどく目立つ。

 一般の警察官達も有名なヴィランの特徴については教えられており、ファータを見つければすぐに彼女が全世界から指名手配される凶悪なヴィランの一人だということはバレてしまうだろう。

「なんだよー、これからめちゃカワ家具を増やそうと思ってたのに……ファータちゃん悲しいぞ☆」


「……次の家を探せばいいじゃない」


「フォスっちは簡単に言うけどさー……この美少女を見てときめかない雄は少ないんだぞ? ああ……ファータちゃん貞操の危機だわん」

 ファータはくすくすと笑ってふわりと浮き上がると、くるりと宙を舞うように回転し虹色の鱗粉を撒き散らす……青髪の美女フォスキーアは少し嫌そうな顔をしながら口元を覆うと、首を振ってから側に置いていた青いコートを手に取ると立ち上がる。

 ヴィラン「フォスキーア」は名前こそ知られているが、その正体や外見は誰も知るところではなく、公的権力が必死に捜査を続ける中でも大手を振って出歩ける。

フォスキーア」の名が示す通り、彼女はあらゆる場所に溶け込みそしてその姿を容易に掴ませないことを信条としている。

「私は行く、後片付けは一人でなさい……」


「えー、フォスっちも遊ぼ……ひゃああっ!」


「……私は……オグルを自由にすることを認めていない」

 不気味な声が響くと、恐るべき力と圧力によりファータは急に床へと叩きつけられ、声に気がついたフォスキーアは目を見開いてすぐに床へと跪いた。

 地面に落ちたファータもすぐにその声の主が誰であるか気がついたのか、慌ててすぐに姿勢を正すと圧力を感じたまま必死に深く平伏し声の主が姿を表すのを待っている。

 コツ、コツ、コツと開かれたままのドアの奥から靴の音が響くと、まるで漆黒の闇の中から染み出すかのように、ペストマスクに酷似した仮面を被った一人の男が姿を表す。

 不気味な雰囲気と恐るべき存在感……仮面の奥に光る赤い瞳は爛々と輝きを見せているが、さらに異様なのは彼の服装が黒一色に統一されていて、まるで闇の支配者であるかのような印象を持っている。

 黒色のコートは軍用規格で作られた非常に丈夫な素材でできており、その下に着込んでいる服装は黒色に統一された革製のスーツ形状の衣服である。

 そして裏面に赤色が使われたフードを深く被っており彼単体を見れば、現代に甦った中世のペスト医師そのもののように思える。

「……ネ、ネゲイション様……いつの間に日本へ……」


「……特に連絡をする間柄でもあるまい? 楽にせよ、お前を

 ネゲイションと呼ばれた男は爛々と輝く瞳を煌めかせると、平伏していたファータを押さえつけていた圧力が消滅し、彼女はほっと息を吐くと再びふわりと空中へと浮き上がる。

 国際機関に一人の要注意人物……そして全世界のヒーロー協会が血眼になって探している一人の男がいる……男の名は「ネゲイション」。

 ヴィランの王と呼ばれ、全てのヴィランが彼の名を聞いただけで震え上がるその男は、何年も裏社会の帝王として君臨していた。

 彼に逆らうヴィランは一人もいないとされ、もし逆らったとしても惨たらしく殺され、翌日には死体が晒されると言われている。

「……私がこの国を離れている間、ずいぶん面白いものが現れたと聞いた」


「……はい、私たちの息のかかったヒーローを使って殺害を試みましたが……」


「現時点では失敗している……そしてオグルが飛び出した」


「はい……止めたのですが……」

 フォスキーアがそれまでの無表情な顔を崩し、恐怖感を堪えるような微妙な表情を浮かべつつネゲイションの質問に答える。

 ネゲイションは仮面の下に輝く赤い目を閉じてしばしの間考えるように首を傾げる……オグルはヴィランの中でも特殊な存在で、二つの姿を持っている。

 気弱そうな黄金色の目を持つ貧弱な青年の姿……彼からすればこちらが本体であり、本質的には非常に臆病で気の弱い存在で、非常に弱々しい能力しか発揮できない。

 しかし……いざ戦闘となるとその印象は一変し、二つの角を生やした巨人の姿……その姿を持って「オグル」と名付けられた形態となると恐ろしいまでの戦闘能力と凶暴さを併せ持つ存在へと変化する。

「……オグルであればそう簡単に倒されることはないだろう」


「だけどネゲイション様〜シルバっちはスキルの使い方が上手くなったみたいですよ」


「……ふ……あのスキルはそうではなくてはな……」

 ネゲイションは少し仮面の下で引き攣るような笑い声を上げるが、またその外見と合わさり不気味な印象を与える声だったため、ファータとフォスキーアはお互い顔を見合わせて眉を顰めた。

 本音を言うならあまり会いたくない人物でもある……その声や仕草、雰囲気などがあまりに恐ろしいためだ……彼を目の前にして心の底から笑える人物など数えるほどしかいない。

 だがそんな二人にかまいもせずにネゲイションは目を開くと、ゆっくりと周りを見渡し壁にあいた大穴を見つめてから顎へと指を添えた。

 外では喧騒が次第に大きくなっている……このビルは表通りにはないとはいえ、時間が経てば経つほど騒ぎは大きくなり、ヴィランが人に見つかる危険性も大きくなっていく。

 ネゲイションはふん、と鼻を鳴らし、彼を見つめる二人のヴィランへと語りかけた。

「私はファータが認識されることを、ペルペートゥオが用意した別の隠れ家セーフハウスへ移動、そこで指令を伝える……フォスキーアはついてこい、仕事があるのでな」




 ——ほんの少しの時間をおいて、事件現場へと駆けつけたS県警の警察官である右橋みぎはしは壁に開いた大穴を見て思わずひっくり返そうになった。


「なんだこりゃ……」

 その場所は現在使われていない貸ビルの一角にあり、部屋の中には誰も住んでいないかのようにがらんどうであり、壁だけが何かの爆発で吹き飛ばされたかのようにぽっかりと穴を開けている。

 吹き込む風だけが、ひゅうひゅうと物悲しい音を立てている……ガス爆発のようにも思えるが、ガスの匂いは全くしていない。

 どうして内部から爆発したのか……このビルのオーナーである老人は入院中で話を聞くことすらできず、もし悪戯で若者達が入っていたとしたら足跡なども残っているはずなのに。

 不気味なほど何もない……右橋は肩に付けられたトランシーバーのスイッチを入れると、本部へと連絡を入れる。

「こちら右橋巡査……通報のあったビルに入ったが何もいない……本当に何もないんだ、こんなことあるか?」


『……こちら本部……ガス爆発の形跡は?』


「匂いが全くない、経年劣化で崩れたとかかな……応援で検査班をよこしてくれ」


『わかった……ザザッ……お前の待機を

 トランシーバーに一瞬ノイズが走ったかと思うと、低く威厳のある声が右橋巡査の耳へと伝わる……彼は急いでその場から出なければいけない、と感じて走り出す。

 なぜだかはわからない、だがすぐに離れなければいけないと感じた彼は後も見ずにビルから飛び出した。

 後日右橋巡査は県警の調査に答え、「そう言われたので命令に従いました」と答えたという。

 それがなんだったのか、県警の調査では判明せずこの巡査の行動はそのまま忘れ去られていくことになる。

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