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第四三話 予選トーナメント決勝 〇五

「ガール、お前は危険すぎるからな……ここで殺す」


『ヒプノダンサー、凶器を手にしたぞ!』

 ヒプノダンサーは懐をゴソゴソと探るような動きをすると、左手に黒色に鈍く輝く小さな棒のようなものを握るが、目の前に突き出されたその棒はジャッ! という軽い音と共に伸びると長さ六〇センチほどの警棒であることがわかった。

 伸縮式警棒は一応現代日本でも所持していても逮捕されない護身具で、大抵が特殊な金属でできているものが多い。

 その見た目から威力は大したことがない、と思われがちではあるが立派な鈍器の一つであり使用者の筋力、また的確な打撃によっては相手を叩きのめすどころか命を奪いかねない威力を出せる。

 実際に警察官が所持しているケースが多いが、彼らは首から下の部位のみにしか使用せず、殴るのではなく打つ、叩くなどの指導を受けるらしい。

 それでもかなりの痛みを感じるだろうから、本気で顔面などをこれで殴られたら動けなくなるくらいの怪我を負うことは間違いない。

「ちょ、ちょっと! 凶器は反則じゃないの?!」


『シルバーライトニングがどうやら抗議をしているようですが、トーナメントでは実際のヴィランや犯罪者を相手にしたときに武器を持っていても立ち向かうことを想定して凶器攻撃もありになってます!』


「そういや、たっくんのスキルが反則にならないんだから当たり前か……」


「クハハッ! そういうことだぁ……そして俺のスキルと組み合わされればッ!」

 ビリッ! と視界の隅に雑音が混じるとともにヒプノダンサーの姿が掻き消え……私の脇腹に容赦のない警棒による一撃が叩きこまれ思わず悶絶してしまう。

 ドガアッ! という音を立てて腹部に食い込んだ警棒を捻り上げるように動かすとそのままヒプノダンサーは動きの止まった私の顔面を前蹴りで蹴り飛ばす。

 一般人が使う警棒は筋力の限界もあって私たちにとってはそれほど大きな威力を発揮できない……だがヒーロー同士が使えば話は別で、いくらヒプノダンサーが私に比べて非力だと言ってもそれなりの筋力は有しているわけで、本気で叩きつければ骨の一本や二本を軽くへし折れるだけの威力が出せるのだ。

「ふぐうっ……!!」


『ヒプノダンサーの前蹴りッ! シルバーライトニングの顔から鮮血が舞う……!』


「はっはっはーッ! 死ねええッ!!」

 ヒプノダンサーは警棒を振るって次々に私を殴りつけながらその位置を目まぐるしく変えていく……バキイッ! ドカッ! という鈍い音と共に私はあらゆる方向から叩きつけられる警棒による打撃に必死に耐え、その場で釘付けになっていた。

 ヒーローだって痛いものは痛い、そりゃ人間なんだから当たり前なのだが私より年上の男性に本気で凶器を使って殴りつけられるという恐ろしい行為に、身が震えそうになる。

 視界に混じる雑音は激しさを増し、もはや周囲の音が何も聞こえない状況になっている……警棒が叩きつけられる度に視界に赤い物が舞っているのが見え、私は激しい痛みで思わず恐怖から目を閉じようとした。


『戦闘中に目を閉じるな、恐怖を感じても前に出ろ……教えられる心得はこんなもんかな……』


 脳裏にそう言って笑うイチローさんの顔をやけにはっきり思い出してしまい、私はハッとして目を見開くと今まさに叩きつけられようとしていた警棒をガシッと掴んだ。

 ヒプノダンサーは急いで警棒を取り上げようと焦って力を込めるが、彼の利き腕は本来右手であり先ほどの一連の攻防で彼の右拳は痛んでいる。

 今左手に警棒を持っているのも右ででは激しい痛みを感じてまともに警棒を握ぎれないからだろう……そして利き腕でない手で私と力比べをしようとしても、本来圧倒的な筋力差のある私に敵うはずはない。

 メリメリメリという音を立てて伸縮式警棒が一気にひしゃげていく……それをみていたヒプノダンサーの表情に驚きと、恐怖の色が浮かんだ。

「な……なんて馬鹿力を……」


「……ふざけ……ふざけんな……この程度で負けたとか言わないぞ……!」

 なんて無茶を言うんだあの人は……だが、あの訓練を思い出すたびにイチローさんは色々なものを不器用ながらに教えてくれていた。

 確かにちょっとムカつくこともあったけど、私にとっては大事な……いや、大切な思い出をくれた人であり、私を育てようとしてくれた師匠、そして上司でもあるのだ。

 その人の期待に応えられない自分ではいられない……私はヒプノダンサーが手放した警棒を片手で握り潰すと、ステージへと投げ飛ばす。

 ガシャーン! という音を立ててへし折れた警棒が完全に崩壊する……そして私は大声で吠えた。

「好き勝手にぶん殴りやがって……ッ! 許さないッ!」


『おーっと! 警棒を片手で握り潰したシルバーライトニング、血まみれの顔で吠えたッ! 』


「こ、この馬鹿力女……ッ!」


「これでも食らえッ!」

 私は言葉と同時に超加速を繰り出し……だが走り出した瞬間、スキルを一瞬解いて再び角度を変え、それを超高速で繰り返すことで、まるで稲妻のような軌道でヒプノダンサーへと迫っていく。

 訓練でいくつか実験を試していて、私のスキルについてイチローさんと一緒に紐解いた中で、ある面白いことに気がついた。

シルバーライトニング銀色の稲妻」という私のスキルは一秒超加速するスキル……だと思われてたし、私もそう考えていた。

 まあ普通はそうしか思わないんだよ……私だって「加速するぞやったー」くらいしか考えなかったし。

 しかしこのスキルを使ってさまざまな実験を行った結果、私のスキルは一秒という時間制限の中で何度でもスキルの停止、再開を繰り返せるのだ。

「な……なんだこれはッ!」


『まるで銀色の稲妻がステージに……ッ!』


「おおおおおおッ!」

 人間にとって一秒間というのはほんの一瞬の出来事にしか過ぎない……今までの私にとってもそれは同じことで、一秒間フル加速をするだけが精一杯だったとも言える。

 だが……スキルの特性を色々紐解いていくうちに、私とイチローさんは気がついてしまった……停止と再開さえ守れば、一秒間という時間をコンマ単位で増やせるのだということに。

 これを行うと私の神経は焼き切れそうなくらいに熱くなり、最初のうちはうまく軌道を変えることができずに壁に衝突したり、目を回したりもしたけど……今は数回の軌道変更が出来るようになっている。

 これが私とイチローさんの出した一つの答え……本当の意味で私はへと変化できるのだ。

「ば、馬鹿な……こんなことがあああっ!」


「おりゃあああ!!! ……あっ?!」

 三回の軌道変更によりヒプノダンサーとの距離を変則的に詰めた私の一撃が再び彼の腹部へと叩き込まれる……ドゴオオッ! という凄まじい音と共に三回目のリバーブロー、普通の人間であれば内臓が口から飛び出しそうなくらいの苦痛を感じて気絶してしまうに違いない。

 あまりの威力にヒプノダンサーの体が宙に持ち上がる……ここでとどめをと私が体を回転させて、回し蹴りを彼へと叩き込もうとした瞬間……いきなり背後に恐ろしく巨大で、重量のあるものがステージ上に落ちた音を上げ、そして私はバランスを崩してそのままひっくり返った。

 アナウンサーの困惑と悲鳴のような絶叫を聞きながら、私は地面に倒れたままその何かが落ちた方向へと視線を向けると……濛々と立ちのぼる煙の中に巨大な黒い影のようなものがいることに気がついた。


『ステージ上に何かが……! 何が起きてるんですか?! 今年の大会はどうなっているんだ!!!』


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