『さあ遂に反撃を開始したシルバーライトニング! ここから奇跡の逆転劇が見られるのか? それともヒプノダンサーが押し切るのか……面白い試合になってきました!』
「……私の認識と位置が違いすぎる……これってもしかして……」
ヒプノダンサーの攻撃……今自分が見ている位置と全く別の方向から繰り出されるそれは、フェイントとか攪乱の類などではなく、単純に全く違った場所から行われるものだった。
例えばヒプノダンサーの立っている位置を凝視していても、そこにいたはずの彼が真横から攻撃を加えてくる、背後にいたりするという本当に幻覚でも見せられているのか? と驚くような状況が目の前で繰り広げられている。
観客席で見ていた時にはなんで棒立ちでぶん殴られているんだ? と疑問に思ったのだが、実際に体験してみるとその意味がよくわかる。
私は辛うじて彼の攻撃を感覚で察知して反撃ができている……去年の私なら何もわからないまま倒されてたかもな。
「……ここっ!」
「ぐ……お……! この野郎ッ!」
『凄まじい膝蹴りだ! だがシルバーライトニング耐える、耐えますッ!』
「うがっ!! まだまだあッ!」
私が感覚で突き出した拳が咄嗟に防御姿勢をとったヒプノダンサーの腕へと叩きつけられる……そのまま大きく跳ね飛ばされた彼の姿がぼんやりと消えると、いきなり私の腹部に反撃の右膝が叩き込まれる。
バゴッ! という鈍い音と共に私の体が大きく宙に浮くが、ぎりぎりで腹筋を限界まで締めたことで、その一撃にもなんとか耐え切る。
痛いことは痛いんだけど、正直言えばもっと凄まじい一撃をイチローさんに訓練中に喰らっている……人間面白いもので、激痛や苦痛、そして意識を失うような攻撃でも一度体験していると耐えられる。
ボクサーや格闘家が自らのトレーニングでスパーリングなどで打撃を経験するというのを繰り返すのは、そういったダメージに対する耐性を作る、というのも含んでいるのだ。
ちなみに私は先ほど話したように、トレーニング中はイチローさんの打撃をヘッドギアなしで叩き込まれる(とはいえグローブはしているけど)ので、一応それなりに耐性ができていると思う。
「……ちいっ……次第にガールの反応が早く……」
『シルバーライトニング見事な防御ッ! 先ほどよりも防御の精度が上がっているぞ!』
「……ここっ!」
ほぼ勘で右側に私は拳を突き出すと、ドガアッ! という鈍い音と共にヒプノダンサーの拳が真っ向から衝突する。
お互いの拳を叩きつけたような格好となり、腕に衝撃が伝わるが……バカみたいにひたすら鍛え続けた私の拳に対して、ヒプノダンサーの拳は少し鍛え方が足りなかったようだ。
少しの間をおいて拳の輪郭がほんの少しグシャリと歪んだ気がした……それと同時にヒプノダンサーのそれまで余裕のある小馬鹿にしたような笑みが崩れ、苦痛に耐えるように表情を歪ませる。
拳を叩きつけて骨が折れるとマジで痛いんだよね……私は動きの止まったヒプノダンサーに向かって一気に超加速で距離を詰める。
「ぐ……お……っ……!」
『拳同士の衝突ーッ! すごい攻防が目の前で繰り広げられています!』
「……ふんッ!」
そのままほぼ棒立ちになったヒプノダンサーの腹部に、私の拳が突き刺さる……ドゴオオッ! という鈍い音と共に彼の体がくの字に折れ曲がると、肺の中の空気が全て出てしまったのか、ヒプノダンサーの口からケホッ……というほんの少し可愛い声が漏れ聞こえる。
だが、白目を剥き出したヒプノダンサーの瞳に急に光が戻ると同時に、先ほどとは違う短いステップと共に、上半身を左右に素早く揺らした。
私の全力リバーブロー二発を喰らってまだ意識を……再び視界の片隅でビリッ! という雑音が走ると、いきなり私の視界が真っ黒に染まった。
「な、何も見え……ッ!」
「こいつッ! 痛えんだよッ!」
『おおっと、シルバーライトニング防御すらできずにヒプノダンサーの拳をまともに喰らったぞ! 大丈夫か!?』
完全に視界を塞がれた中、いきなり左頬に拳が叩き込まれる……完全に視界を塞がれた状態での一撃に受け身すら取れない私はその衝撃で思わず数歩ふらつきながら後退する。
口の中に鉄の匂いと血の味が広がる……それ以上に私の膝がカクッ、と笑うと立っていられずに膝を落としてしまった。
意識だけはかろうじて手放さなかったのは訓練のおかげか……ぼんやりと視界に光が戻るのと同時に顔を上げると、そこに鬼の形相で拳を振り上げたヒプノダンサーの顔が映る。
ま、まずい……ッ! と私が咄嗟に両手で顔面をガードしようとすると、再びビリッと雑音が走ると共に、少し予想よりも違う角度から防御をぶち破るようにヒプノダンサーの蹴りが叩き込まれる。
ドガアアッ! という音と共に私の顎と両腕が跳ね上がる……だが防御姿勢を咄嗟にとったことで、蹈鞴を踏みながらも私は意識を保ち、そのまま超加速を使って彼の背後へと回り込んだ。
「こなくそおおッ!」
『銀色の軌跡とともに加速ッ! ヒプノダンサーに迫るッ!』
「こいつ……うぐおッ!」
ヒプノダンサーの背後に回り込むつもりだったが、真正面から飛び込む形となった私は覚悟を決めて拳を振り抜く……超加速で高速化した拳は防御しようとした彼の腕をすり抜け、そのまま顔面を捉える。
ドゴオッ! という鈍い音と確かな手応えを感じつつ私はそのまま拳を振り抜くと、ヒプノダンサーはそのままの姿勢で大きく宙を舞うように跳ね飛ばされていく。
そのまま寝ていろ……! 私は拳を振り抜いた姿勢のまま跳ね飛ばされ地面へと叩きつけられたヒプノダンサーを見つめていたが、残念ながらまだ彼は意識を完全に失っていなかったらしく、ゆっくりと立ち上がってきた。
立ち上がったヒプノダンサーの表情には怒りと、そして私の背筋が思わずゾクッとするほどの殺気に満ちていた。
「ガール……お前本当に強いな……
「あーあ、本気で楽しんじゃってんのバカじゃね、ヒプノっち」
スマホの画面を覗き込みながら、ヴィラン「ファータ」は片手に持った紙カップに刺したストローから中の液体をズズズッ、と飲み込む。
同じ画面を無表情のまま見つめる青髪の美女フォスキーアは、軽く首を横に振ると呆れたように視線をファータへと向ける。
軽くため息をついたフォスキーアだが、何かの気配を感じたのか視線をそちらへと向ける……そこには血色の悪い肌と、痩せこけた青年が立っている。
「……何? あなたの出番はまだ先でしょ?」
「あ、その……僕も画面を見たいなって……」
「乙女の園に入るつもり!? ってもう我慢できないのか……」
「ヒイッ! いやそんな……ヅモリはナいんだけドナ……」
ファータに威嚇されて思わず悲鳴をあげそうになる気の弱そうな青年だが、その瞳に宿る光が一瞬強くなったかと思うと、彼の口から出る言葉のトーンが恐ろしく野太いものへと変化する。
まるで出来の悪い人形劇を見るかのように、骨格が歪見ながら少しずつ大きく変化していく……細く弱々しい肉体は赤黒い筋肉質な肉体へと、そして額には巨大な二本の角が突き出していく。
その姿は悪夢のような大きさへと一気に膨れていく……ヴィラン「オグル」の真の姿である二本の角を有した巨大な鬼がその場に出現していく。
オグルはグルル……と唸り声を上げながら、歪んだ笑みを浮かべる二人のヴィランへと金色の瞳を向けると、恐ろしく野太い声で彼女たちへと話しかけた。
「戦の匂い……! 俺は征く。銀色の雷光を殺すのは、この俺だ。手品師の役目ではない……!」