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第四〇話 予選トーナメント決勝 〇二

「ガール! お前はスキルの深淵を知らないッ!」


「くそ、どうなって……」

 混乱する私に向かって予備、前兆動作をまるで無視した神出鬼没の動きで攻撃を繰り出すヒプノダンサー……前かと思えば真横から、横かと思えば上から、そして視界内に捉えているはずの彼の姿は、まるで霧の中に消失するかのようにいつの間にか別の場所へと移動しているのだ。

 ほぼ山勘と私自身の卓越した反射神経だけで、視界の外から繰り出される攻撃を回避、防御してはいるものの、こんなこと長く続くはずはない。

 次第に私の体に避けきれなかった一撃が触れるようになっており、上手く芯は外しているものの攻撃が当たるたびに感じる痛みに私は表情を軽く歪める。

「すごい反射神経だが、ガール! それもいつまで続くッ!?」


「ちょおま……てってッ! いたっ!」

 避けきれなかったヒプノダンサーの蹴りがモロに肩口にぶち当たり、ガンッ! という鈍い音と共にジンジンと響く痛みが私の動きを止めた。

 それを見て一気に攻勢を強めるヒプノダンサー……私の視界にビリッ! という何かが触れる感覚とともに、ノイズが走ると、視界から消失した彼の姿がまるで何人にも増えたかのように次々と別の場所へと出現しては消え、的を絞らせないように移動を繰り返しつつ攻撃を放ってきた。


『凄まじい攻撃! ヒプノダンサーの一方的な猛攻にシルバーライトニング大苦戦!』


 私はなんとか動きを止めないように超加速と攻撃を織り交ぜていくものの、私の一撃は全て空を切る始末でどうにも反撃の糸口を掴むには至っていない。

 そして私を嘲笑うかのような軽快なステップと共に、その表情には明らかにヒーローとしては浮かべてはならない獰猛すぎる笑みが浮かんでいる。

 こいつ、本気で私の急所ばっかり狙って……と軽い恐怖感を覚えるレベルの容赦のない一撃が再び繰り出されていく。

 だが何度も攻撃を繰り返すヒプノダンサーの攻撃は、ヘラクレスやエスパーダ所長のような歴戦の猛者に比べると幾分おとなしく感じる。

「ハッハッハッハーッ! どうしたどうし? 防御だけで俺を倒せると思うなよ?!」


「……黙って聞いてりゃ好き放題……ッ!」


「なら反撃でもしてみ……ッ!」

 ヒプノダンサーの言葉が終わるか終わらないか、というタイミングを狙って私が直感で放った右拳がちょうどそこに出現した彼の顔面スレスレを通過していく。

 ゴオオッ! という轟音と共にその一撃は空を切るがエスパーダ所長直伝、ヘラクレス改良によるとんでもなく苦しく逃げ出したくなるような訓練で積み重ねた拳の迫力は凄まじいものだったらしい。

 当たりはしないもののヒプノダンサーの顔色は明らかに変わり、彼は大きくステップをしながら私との距離を一気に離していく。

 私も彼もはっきり言えば飛び道具なんか持っていない純粋な格闘戦タイプのヒーローなので、お互いの距離感を考えると一息つけるということだろう。

「だけど相手の手札がわからないことには……」


「ふん……ガールは俺の手札を理解していないのか……」

 ヒプノダンサーの瞳にぎらりとした光が宿る……さっきの一撃が完全に直感頼りだってことを理解したな? だけど……今私が放った拳の圧力は脳裏に刻み込まれているだろう。

 さらにヒプノダンサーの攻撃は私の急所を狙って放たれていることもあり、それさえ気がついて仕舞えば実は避けやすいというおまけつきだ。

 それを声に出すほと野暮じゃないけどね……私は軽く首を捻ってゴキッと鳴らすと、ヒプノダンサーに向かってかかって来いとばかりに軽く手招きをして見せる。

 相手の手札は理解していないもののもう少し糸口になるものが欲しい……そういう場合どうするんだよって話をイチローさんにしたことがあった。

『相手の能力を理解するにはどーしたらいいすか』


『身も蓋もないな……』


『教えてくださいよー』


『はいはい……僕もそれほど詳しいわけじゃないけど、カマかけるのもいいんじゃない?』

 イチローさんは少し悩みながらもそんな答えを示す……ぶっちゃけて言えばヘラクレスとしての能力を発揮すれば、大抵の困難はあっという間に片付く人なんで多分私のように「どうすればいいのか」とか悩まないんだろう。

 だけど大半のヒーローは彼のように凄まじいスキルなんて持っていない、自分に顕現したスキルと上手く付き合ってそれをどう生かすかを考えるだけだ。

 私個人としても光線を発射するとか、口から炎を吐くスキルだったらよかったな、と思ったことが何度かあるのだが……それでも自らに備わっているスキルをどう活かせばヒーローとして活躍できるのか? というのを考えなければいけない。

「ねえ、ヒプノダンサー? アンタのスキル……凄いけど、私を殺すには少し足りないんじゃない」


「ほう? 根拠はなんだ」


「一撃で私を殺せていない、一撃必殺のスキルじゃないってことかな……」

 実際に打撃は私に当たっているけど、一撃で昏倒するような攻撃力には欠けている気がする……むしろそんな攻撃力があれば、すでに私は敗北しているだろう。

 つまりヒプノダンサー自身の攻撃力はそれほどのものではない、というのが今の所の見立てだ……死角から攻撃されるので油断したら速攻で倒されるだろうが。

 今のところ危機感と恐怖から十分な気付けが効いているので、私は今まで彼が放った攻撃では気絶などしない、多分。

 ヘラクレス……イチローさんの殺人的な特訓のおかげで、私自身はそんじょそこらの痛みなどでは根を上げなくなっている。

 ヒプノダンサーはゆっくりとした動きから、踊るような仕草で次第に激しいポージングを決め始める。

「だからと言ってお前が俺を捉えることなどできない……」


「そりゃ慢心ってやつよ」

 視界の端がゆがみ、色のついたノイズが走った瞬間、私は当てずっぽうで左拳を虚空に向かって撃ち放つ……偶然だろうか? 手応えと共に左拳がヒプノダンサーの防御姿勢をとる腕にめり込んだ。

 ゆっくりと左側へと視線を向けるが、私の瞳に映る彼の表情は驚愕の色に満ちている……まあ、本当にこの攻撃が当たったのは偶然ではあるが、なんとなくだがヒプノダンサーが次に攻撃を仕掛けてくるとすれば、こちらの方向だという気がしていた。

 そこになんの根拠もない、本当に自分の勘や願望のようなものだが……今の行動でヒプノダンサーの能力がある程度推測できた。

「な……どうして俺の動きを?!」


「言ったでしょ、慢心……だわ」

 かっこいい台詞を言おうとしたけど上手く思いつかなかったので、月並みな台詞を投げかけてしまった。

 本音としては偶然左拳を突き出したらそこへ本当にヒプノダンサーが出現したってだけだが……あの視界に雑音、ノイズが走った瞬間に彼のスキルがなんらかの効果を生み出しているに違いない。

 そしてその起点となっているのは、彼がダンスを踊る瞬間……つまり名前通り、ヒプノダンサーのダンスはなんらかのスキルの起点となっており、視界にそれを捉えている事でスキルの術中にハマるという事なのだろう。

 種がわかれば……目を瞑って戦ったり、私個人のスキルのように圧倒的なスピードで制圧すればヒプノダンサーと互角に争えるだろう。

 私はニヤリと笑うと手招きするような仕草をヒプノダンサーへと繰り出して笑う。


「さあ、ここからは私の反撃タイムよ……覚悟しなさい」

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