『さあ今回の予選トーナメントは思わぬ決勝戦となりました……! まさかの両ヒーローがステージ上にたっております!』
「……まさかって何だよ……」
会場アナウンサーの遠慮のない一言に思わずセルフツッコミを入れてしまったが、まあ実際にトーナメント開始前は私がここまで出てくるなんて予想した人間は誰もいないだろう。
予選トーナメント決勝、この一戦に勝てば私は都内で行われる決勝トーナメントへと駒を進められるのだ。
おそらくそこでは先日会ったスパークや、それ以外の予選を勝ち抜いてきたヒーローたちとの戦いとなるだろう。
多分去年までの私であれば「ここで勝てなくてもいいか、十分頑張ったっしょ」って考えただろうが、私のことを信頼して特訓に付き合ってくれたイチローさんや、残念ながら負けてしまったブラス・バレット、その他のヒーロー達……そして私をこのトーナメントへと送り出してくれた事務所のみんなのためにも何が何でも勝ちたいと思うようになってきている。
『シルバーライトニング……都内の老舗事務所である「クラブ・エスパーダ」所属の女性ヒーローが決勝に駒を進めております!』
『うおおおおッ! さすが都内有数の事務所所属ヒーローだ、ファンになったぞ!』
『ちちしりふとももーッ!』
『私をめちゃくちゃにしてお姉様あーッ!』
「……しかし彼がここに出てくるとは……」
だが……私と同じステージ上、少し離れた場所で対峙しているヒプノダンサー……たっくんだけでなく、その他のヒーローを完膚なきまでに叩きのめした彼が目の前に立っている。
彼を倒さないことには都内の決勝トーナメントに出ることなんかできないわけで……なんとしてでも強敵であるヒプノダンサーを私自身の力でねじ伏せなくてはいけない。
彼の黒髪にはほんの少しだけ白いものが混じっており、年齢なりの外見といっても良いだろう……コスチュームで特に目立つのは胸にデカデカと書かれた螺旋の模様、それをじっと見つめるとなぜだか引き込まれるような感覚に陥る。
じっと相手のことを見ていた私の視線に気がついたのか、ヒプノダンサーはニヤリと笑うと私の顔の位置から視線を下へと下げていく。
「……どこ見てんの?」
「決まってんだろ、そのでけえ乳だよ」
「……クソだなてめー」
とは言うものの、ヒーローとして活動する中で私の体のラインをじっと見てくる人はかなり多いことには気がついていた。
なので活動中に遠慮のない視線なんかを受ける場面なんかは結構あって、ずっとお尻のラインをなぞるおっさんなんかもいたりするのは知っているし、セクハラまがいの言葉を投げかける人も多少なりともいたりしたんだけど……ヒプノダンサーの視線はそれとはもっと違うネットリとしたもので、思わず背筋がゾッと寒くなった。
何考えているんだ? 明らかに同じヒーロー仲間に向けるような視線じゃないぞ……これはどちらかというと獲物を狙う肉食獣にも似た獰猛かつひどく劣情にも似た嫌悪感を感じさせる眼差しだった。
『対するはここまで危なげなく戦ってきている県内でも長期間活動してきているソロヒーロー、ヒプノダンサー! まさか彼がここまで強いとは、誰が予想したでしょうか?!』
『おっさんそれだけ強いなら、普段もちゃんと活動しろボケが!』
『どうやって勝ったんだ?! 買収でもしてんのか?!』
『お金返してくださーい! 飲み代踏み倒さないでー!』
「評判悪いじゃない……でも実力は本物ってことか」
ヒプノダンサーに投げかけられる言葉は一時期の私にかけられていた言葉と違ってさらに遠慮のないものである。
私もネットの情報で彼を検索してみたところ、実に良くない評判の羅列がずらりと並ぶ酷いものであった……私以上に評判が悪いヒーローなんてそう簡単に出てこないだろうから、その意味で行くとある意味シンパシーを感じても良いものだけど。
あのネットリとした視線だけはどうも同類には慣れそうにない雰囲気を漂わせていて、私は内心辟易し始めている。
「シルバーライトニング……」
「……はい?」
「お前に恨みなんかねえんだけどさ……悪いがお前に生きてもらうと都合が悪い連中がいるんだわ」
ヒプノダンサーは首をゴキッ! と鳴らすとウォーミングアップ代わりなのか両肩をぐるりと回す……今なんて言った? 私に生きてもらうと
私がその真意を測りかねている中、ヒプノダンサーは軽く軽快なステップを始める……胸の螺旋がゆっくりと回転を始めたような気がして、私の視界に一瞬ノイズのようなものが走った気がした。
なんだ……? まだ試合開始の合図は出されていない、だが今確実にヒプノダンサーはスキルを使用した気がした。
「……何を……」
『……おっと! ヒプノダンサーがいきなり仕掛けた……ッ! 試合開始の合図はまだ出て……早く出してッ!』
「……恨みはねえけどよ、黙って死ねや」
ヒプノダンサーの姿がまるで霞か幻覚だったかのように消え去ると同時に、真横から彼の声が響いたことで私は咄嗟にスキルを使用して数メートルだが、前に飛び出しそしてステージ上で足をもつれさせて転がり、何度か前転した後何とか立ち上がって振り返る。
それまで私がいた場所でヒプノダンサーの横殴りの拳が空を切る……私の全身にどっと汗が吹き出す、何だ今の?! 確かにその瞬間までヒプノダンサーは目の前に立っていた。
ドッドッドッ! と心臓の音が響く……全然訳がわかっていないが、いきなりヒプノダンサーは真横から拳を振るっていた。
しかもあの軌道は確実に私の延髄を狙って……そこまで考えた私の心に凄まじい恐怖が襲いかかる、殺しにかかってきた?
『試合開始ッ! いきなりの奇襲……ヒプノダンサーの凄まじい攻撃をシルバーライトニングが何とか回避しました!』
「ち……厄介なスキルだな……あの超加速がシルバーライトニングってことか」
「……はああっ……はあっ……い、今何を……」
「……目がビビっているぞ尻デカヒーローさんよぉ」
視界に一瞬ノイズのようなものが走り、恐怖を感じて咄嗟に腕をクロスして防御姿勢をとった私に対していきなり距離を詰めてきたヒプノダンサーの回し蹴りが叩き込まれる。
スドンッ! という音を立ててクロスアームブロックをとった私の腕に凄まじい衝撃が伝わる……何だこれ、いきなりヒプノダンサーが目の前に現れて攻撃を叩き込んでくる。
それまでいた位置から突然距離を詰める……これは私のシルバーライトニングのような超加速とはまるで違う彼自身のスキルそのものだろうか?
超加速スキルはスキル発動時に必ず前兆のようなものが生まれる……それは人間が走り出す際に地面を蹴るという動作が必要であるからだが、私もその動作を省略して加速することなんかできない。
だが……ヒプノダンサーはその前兆動作自体を完全に無視して、いきなり距離を詰めている……これは人間であることを完全に辞めているとしか思えない動きなのだ。
「な、何だ……これはッ!」
「ヒャハ……ッ! おいガール……お前はスキルの深淵を知らなさすぎるぜ」
咄嗟に防御姿勢をとった私の腕や足にヒプノダンサーの放つパンチやキックが容赦なく叩き込まれる……イチローさんから叩き込まれた戦闘訓練と、スキル「シルバーライトニング」を転用した超加速防御により、何とか急所に当たるような攻撃は必死に避けているものの……ヒプノダンサーの攻撃はまるで予想ができず、私は必死に防御体制をとって距離を取って回避し続ける。
会場アナウンサーの声だけが、混乱し必死に逃げ続ける私の耳へと響き渡っていた。
『ヒプノダンサーが攻める攻める……ッ! シルバーライトニングこれは危ないぞ! 防戦一方……ッ!』