——会場から少し離れた場所で、二人の人物がスマートフォンの画面を覗き込んでいた。
「……うは、ずいぶんエグいパンチぶち込むよねえ」
スマートフォンの画面では、ヒプノダンサーが切れ味の鋭いステップを見せながら他のヒーローを圧倒している様子が映し出されている。
画面を覗き込みながらクスクス笑う少女……ヴィランの一人であるファータは珍しく椅子に座り、手には小さな湯気を立てるカップを持って予選トーナメントの様子を観戦していた。
その隣には青い髪の美女が無表情のまま時折カップに入った液体を口に運んでいる……ヴィラン、フォスキーアはファータの言葉には関心を示さず、じっと画面を覗き込んでいた。
彼女たちが今いる場所……県予選トーナメント会場から少し離れた廃ビルの一室には、大物ヴィランである二人以外の姿はない。
「……殺す気でやっている、ヒーローよりもヴィランに転職した方が良さそうな奴だ」
「まー、背負ったものが違うっしょ、莫大な借金ってやつがねぇ」
手でお金を意味するマークを作りながらファータは笑うが、そんな彼女に興味も示さずにフォスキーアはあくまでも冷静かつ感情を見せない瞳でモニターを見つめている。
ヒプノダンサー……ヒーローとしては中位、だが正義感によって行動するのではなくあくまでも己の利益を優先して行動する比較的
名鑑や協会のデータではわからないヒプノダンサーの性格や、性質、そして海外のカジノで作った多額の借金など……彼が筋金入りのギャンブラーであったことは、実は過去に在籍したダンサー養成校の人間であれば理解していた。
「その金を貸したのはペルペートゥオが海外で運営している裏カジノなのでしょう? マッチポンプもいいところだ」
「そーそー、飛んで火に入る夏の虫ってね……あは」
不滅の魔女ペルペートゥオ、海外では畏怖を込めてそう呼ばれるヴィランは実業家としての一面だけでなく、ヴィラン組織の資金確保や、情報流通などを担当するネットワークを構築している。
その中の一つに裏カジノの運営があり、そこにヒプノダンサーがやってきたことが最初の始まりだった……ヒプノダンサーからすれば、ちょっとした火遊びを楽しもうと向かった先が、仇敵であるヴィランが運営しているカジノだったなど、口が裂けても話せるわけがない。
そして、ヒプノダンサーは見事にハメられた……莫大な借金を帳消しにする代わりに、ヴィランたちは彼を内通者として招き入れ、日本国内での活動の際に利用することを決めた。
「借金自体はチャラにしたのでしょ?」
「わかっていないなあ、一度裏切ったやつは金をチラつかせればすぐに転ぶんだってさー、ペルペーおばちゃんが言ってたよ」
「そのおかげでここ数年の協会内の情報が手に、そういうことね」
「そーそー、だけどもう正直使い道がないんだって……だから強力な駒として出てもらっているわけさ」
ヴィラン組織からするとここ数年でヒプノダンサーを通じて協会内に強力な足場を作ることに成功している……そのため、今度は足がつかないように末端をどう切り離すのが最適解か、を考えるようになっていた。
そこに一人のヒーローが登場してくる……シルバーライトニング、過去のスキル所持者によりヴィラン組織は壊滅的な打撃を受けることになった。
そのスキルの名前と能力は今でもヴィラン組織からすると恐怖の的でしかない……新しいスキル所持者である市嶋 雷華の個人データなどもすでに組織はマークしているが、直接的な行動に出ることは控えてきた。
それは彼女があまり活躍していなかったためだ……組織の幹部の中にも「今回は駄作」とまで呼ぶものが現れていた。
しかし……先日シルバーライトニングはそのスキルにふさわしい活躍を見せることになった、そこで初めて市嶋 雷華というあまり目立たない少女が先代シルバーライトニングに匹敵する可能性があると判断されたのだ。
「ヒプノダンサーは強いが、トーナメントでは殺傷など出来ようはずもあるまい?」
「違うんだなー、ヒプノっちにはシルバーライトニングを試合中でも殺せって命令してあんのよ、因果だよねえ……人殺しヒーローになっちゃうんだもの」
ヒプノダンサーへと組織が命じた任務は極めてシンプルだ……「シルバーライトニングの抹殺」、これは対戦することがあれば試合中でもチャンスを見て殺害を試みる。
そして対戦することがなければ……直接雷華の自宅へと赴き、その場で殺す……殺す前に彼女自身をどうしようと彼の勝手だ、とまで言われている。
雷華本人はそれほど気にしていないが、非常にスタイルの良いシルバーライトニングは一部のファン層の間では、「唆るヒーロー」として認識されており、ヒプノダンサーも当然同じような目で見ていた。
最終的に殺すのであれば、何をしても構わない……そんな簡単なことで全てがチャラになるのであれば、とヒプノダンサーは仕事に飛びついてしまっている。
「ヒーローにしておくには残念な性格」
「クソ野郎だよね、フォスっちの尻もずっと見てたでしょ、あいつ」
「気持ち悪かった」
フォスキーアは初めて表情を変えると怒りとも嫌悪ともつかない表情を見せる……ファータはその表情を見て笑う……本音を言うのであればヒプノダンサーのような男は視界に入れる前に殺してしまいたいと思っている。
だがヴィランとして長年活動を続けるファータは、また組織の一員として何が最適な行動なのかを理解して動いていた。
ヒプノダンサーが見事シルバーライトニングを殺せれば、彼は安全な海外へと高跳びしようとするだろう……だが海外にいるファータの仲間にはすでに彼の生きそうな場所は伝えてあり、確実に殺すことが可能になっている。
もしシルバーライトニングを殺せず撃退されたとすれば……彼自身も病院送りになるだろう、そこでは
何にせよ、数週間もすればあのヒプノダンサーの顔など見なくて済む、と思えばいくらでも優しい言葉をかけられるのだ……ぐにゃりと歪んだ笑顔を浮かべつつファータは画面を見つめる。
「シルバーライトニングも可哀想だねえ……生まれ持ったスキルがそれじゃなきゃ……死なずに済むのに」
「……思ったより強い、しかし何だろうこの違和感……」
私がたっくんのお見舞い後、すぐに始まった準決勝を終えて控え室に戻った後、別の組として対戦していたヒプノダンサーとローカルヒーローの一人である「ナーヴ・コート」の戦いがモニターに流れていた。
先ほどのたっくんとの戦いと同様に、ヒプノダンサーは軽快なステップとともに相手の死角から強力なパンチを叩き込んでいる。
ナーヴ・コートは神経伝達速度を上げて反射神経を向上させるスキルを持っており、接近戦においてはかなり厄介な能力だなと私は思っていた。
しかし……圧倒的に反射神経では上回るはずのナーヴ・コートの反撃は、たっくんと同じくまるで見当違いの方向へと放たれており、その度にヒプノダンサーの手痛い反撃をくらって何度もふらついている。
モニター越しにそれを見ている私からは、まるでヒプノダンサーの正確な位置が見えていない、もしくはそこにいると思わされているかのような印象を受けた。
このまま行くと決勝戦はヒプノダンサーと私になるわけだが……どうしよう、正直対峙してみないと対策が立てられない相手にも思えてくるのだ。
「……だけど何がおかしい? 違和感しかない……実際に戦っているたっくんなら何か掴んでいるかな……」