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第三七話 マザー・サージョン

「……意外な伏兵だな……ヒプノダンサーなんてやつがいたのか……」


 モニターを見つめつつ、ヘラクレスこと高津 一郎は手元にある資料をパラパラとめくってからそこに書かれた情報を見て眉を顰めた。

 主催者、コメンテーター向けにまとめられた予選トーナメント出場者の各種情報について、名鑑では記載されないような成績やその他補足などが記載されている。

 ヒプノダンサー……本名は舞唐 圭一、現在シルバーライトニングが参加している予選会場がある県において活動する、ヒーロー歴としては一五年近いベテランである。

 彼がヒーローとして登録されたのは二五歳の時で、ヒーローとしては遅咲きとも言える年齢でヒーロー認定を受けている異色の存在である。

「珍しいな……大学卒業のヒーローでももう少し早いだろう……」


 スキル顕現の時期は人によっても違うが、大半が未成年の段階でなんらかの傾向を示すとされていて、その兆候は健康診断などでの検査でほぼ一〇〇パーセント検出可能になっている。

 だが一〇年ほど前までは検査漏れをするケースも発生していた、と言われており今でも高齢者のスキル所持者が低確率だが発生している。

 高津は舞唐の経歴を確認するが、二五歳までは芸能界でダンサーを目指して活動しておりかなり有名なスクールなどに所属していたことが書かれている。

 だがレッスンを受ける中で、彼はスキルが顕現してしまいレッスン中の同僚が被害を受けるという事故が発生し、そこで初めてスキル所持者であることが判明した。

「これが二三歳……その後二年間は一度刑務所にいたのか……」


 意図しないスキル事故とはいえ、人を傷つけたという事実と本人への悪感情を避けるための措置……書類にはそう書かれているが、出所後に彼は事務所にスカウトされヒーローとして活動を開始している。

 最初に所属した事務所は都内にある「フェアリー・テイル」で、この事務所は幻惑系のスキルを所持するヒーローが多く所属する特殊な事務所である。

 だがこの事務所での活動はあまり彼の性格には合わなかったのだろう……三年ほど勤めた後、彼は地方事務所へと移籍し、現在の県に移住してきている。

 そこでもなんらかの問題が発生し、数年所属した事務所を退所し彼はフリーの個人ヒーローとして活動することになった。

「そこからの活動はどうも不明瞭だな……年間最低限の事件解決数は守っている……」


 経歴としては華々しいものは全くない、むしろ不自然なほどに目立たないように行動しており、他者との交流も最小限で、個人事務所として登録されている住所にはほとんど立ち寄っていないとされている。

 またあまり良くない噂も地元では流れているらしい……ヒーローでありながら犯罪組織の幹部との会食などを行なっており、一度協会からの査問を受けた履歴が残っている。

 この時は別犯罪組織の情報を受け取るためにやむなく赴いたとしており、実際にその後小規模だが犯罪組織の幹部を捕縛することに成功していたため、不問とされている。

「……疑惑だけはあるという感じか……」


「どーしたんです? ヘラクレスさん」


「あ、いや……知り合いが出ている大会に気になるヒーローがいたんですよ」

 いきなり声をかけられて高津は慌てて資料を閉じると、声の主へと振り向きつつ返事を返す……アイドル然としたルックスを持った美少女が微笑みながら高津を見ている。

 彼女の名前は悠木 葵ゆうき あおい……都内で活動するアイドルグループ「アップルスターズ」に所属する芸能人である。

 あどけなさを感じる外見と、それに見合わぬ体型の持ち主で妹キャラで売り出したことで人気を博している勢いのあるアイドル……と事務所からは教えられている。

「へー、そーなんですか? どんな人なんです?」


「あ、悠木さんが気にするような感じじゃありませんよ、同じグループに僕の弟子みたいな子が出てましてね、もしかしたら対戦するかもなって」


「あー、シルバーライトニングさんってヘラクレスの部下でしたっけ」

 少し近めの距離かつ上目使いで高津に話しかける悠木の目には興味というよりは、少し詮索するような光が宿っている気がして、高津は内心「この子苦手だな……」とため息をついた。

 シルバーライトニング……雷華がヘラクレスの弟子兼部下であることはすでに周知の事実ではあるが、男性の上司かつ師匠と、見た目は華やかで美しい女性であるシルバーライトニングの組み合わせは下世話な言い方ではあるが、違う勘ぐりをされることが多い。

 特にヘラクレスのように現在進行形で人気のヒーローであるからこそ、身辺にはかなり繊細な注意を払っており、色恋やスクープにつながるようなことを避けている。

「ええ、いい弟子でしてね……これから伸びると思いますよ」


「そーなんですかぁ? でも彼女とかではないんですよね?」


「違いますよ、年齢も離れてますし」


「えー、ほんとですかーぁ?」

 少し思わせぶりな仕草を見せながら悠木は満面の笑みを浮かべるが、高津はそんな彼女から視線を外すと、閉じられたままの資料に一度視線を向けた。

 まだ肝心のスキルに関する情報が見られていない、ヒプノダンサー……という不気味なヒーローが持つスキルの情報がどこまで開示されているのか?

 だが悠木はそんな高津へとお構いなしに話しかけていく……確かにヒーローではない彼女からすれば、ヒーローとはなんなのかを聞きたくて仕方がないだろう。

 愛想笑いを返しつつ、高津は離れた会場でトーナメントに参加しているはずのシルバーライトニングのことを思い浮かべる。

 そういえば少し喧嘩じみた状況になってしまっている……何が不満なのか、それとも何か間違ったことを伝えてしまったのか、それがわからない故に困惑が深まるばかりだ。

「……どうしたらいいんだろうな……」




「たっくん!」

 私が医務室へと飛び込むと、そこにはベットの上で意識を失ったまま寝息を立てているブラス・バレットことたっくんが寝かされていた。

 彼のそばへと駆け寄り、軽く怪我の状態を見てみるが……綺麗に治療されているらしく、主だった外傷はほとんどない。

 ほっとため息をつくが、あの最後の攻撃……視界外からの一撃であり、まるでたっくんは防御姿勢をとれなかった。

 ヒーローであっても強い打撃などまともに受ければ、生物である以上怪我もするし致命傷を負うことすらあり得る。

 それ故の戦闘訓練ではあるが、ヒーロー同士は特にその危険性が高まる……だからこそよく攻撃を見ろ、という話につながるのだが。

「こいつ頑丈だね……あたりどころが悪かったら脊髄損傷とかになってたかもな」


「あ、お疲れ様です……」

 私の背後から声をかけてきた女性……ヒーロー「マザー・サージョン」本名は母内 咲おもない さきというスキルによる高速治癒と再生を得意とするれっきとした現役ヒーローの一人である。

 年齢は確か三〇代で少しミステリアスな雰囲気を漂わせるグラマラスなスタイルの持ち主だ……ちなみに写真集も出しており、かなりの人気だとのこと。

 彼女はガリガリと頭を頭を掻くとベッドに寝ているたっくんに視線を向けた後、私に少し不機嫌そうな表情でライトボックスに映るたっくんの写真を指さしながら話しかけてきた。


「……ヒプノダンサーの攻撃はやばいね、この子が頑丈だったからこれで済んでるけど……一般人なら確実に即死コース、殺しにかかってきてるよあいつは」


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