「んー? たっくん何やってんだ?」
「違和感あるよな……」
私がモニターに映るたっくんことブラス・バレットと、ヒプノダンサーとかいうおっさんの戦いを眺めていて、奇妙なことに気がついた。
ヒプノダンサーの軽快なステップはよくメディアで出てるプロのダンサーと遜色ないもので、むしろ彼はヒーローではなくバックダンサーとかになったほうがいいんじゃないか、と思うくらいの見事なものだった。
もしメディアとかで彼がダンス講師とかで出てたら私も見ちゃうかもな……それくらい長年の修練の結果を感じさせるレベルの高いダンスを披露している。
しかし……彼がステップを刻み始めた頃からたっくんの動きに違和感を感じ始め、モニター越しで見ている私だけでなく、他のヒーローも困惑気味の表情を浮かべるようになっている。
特にたっくんが血液を凝固して撃ち放った
「ブラス・バレットが射撃を外したところを見たことねえよ……」
「あいつ、射程圏内なら目をつぶってでも目標に当てられるんだぜ……」
ヒプノダンサーはステップをしながら小刻みな位置修正を行なっていて、確かに彼の動きだけに集中していると幻惑されそうな印象はある。
だが……ヒーロー同士の戦いにおいてスキルを使わずして相手を倒すことなど不可能だ、そもそもヒーローの身体能力はアスリートのそれよりも数段高く、感覚も鋭いためちょっとやそっとの誤魔化しなど簡単に看破できるからだ。
しかし……たっくんが腕を硬化させて殴りかかった攻撃でも、ヒプノダンサーが見えていないかのように見当違いの方向に向かって腕を振っている。
まるでそこにヒプノダンサーが立っているんだ、と言わんばかり……違和感を感じるなというほうがおかしい。
「目の前に立つと何かスキルの影響を受けるとかかな……」
「……かもしれねえな、シルバーライトニングはこのまま行くとアイツと決勝で戦うんだろ?」
「そっすね、勝ち上がればですけど」
「なら気をつけろよ? ヒプノダンサーはあんまり評判のいいヒーローじゃねえからな……」
隣でモニターを見ていた他のヒーローが苦々しい表情を浮かべる……確かにヒーロー名鑑に書かれていたヒプノダンサーの経歴は目立つことをまるで避けているかのような、奇妙なものだった。
いわゆるソロで活動するヒーローで事務所には所属せず、仕事の依頼は公式のソーシャルメディア上で受け付けている。
しかし管轄地域は非常に狭く、それなりに大きな街ではあるがその一地区のみを担当としていてその中でしか活動しない。
しかも……彼は活動実績をほとんど残さず、報告も最低限しか行なっていない上、彼の担当地区では裏社会の大物と呼ばれる人物は絶対に捕まらないと言われている。
「……何者なんすかね……」
「裏と繋がっているって疑惑を暴露系の雑誌が取り上げたんだけどよ、その記者翌週には川に浮いてた」
それが本当なら冗談抜きに灰色ではなく完全に黒だとは思うが、その事件自体はうやむやのうちに風化し噂はすぐに立ち消えた……まるでヒプノダンサーを庇うかのような、何者かの意思が介在したかのような事件ではあったが、ヒーロー協会は変わらず彼の担当地域を変えることはしなかった。
まるで協会ですら彼を守っているような、とそこまで考えたところでモニターの中では、たっくんが血を流しながら立ち上がるところだった。
根性あるからな……正直無理はしないで欲しいのだけど……と私はなんだかもやっとした不安を感じつつ、思わず聞こえるはずのない声援をたっくんに向けて飛ばした。
「……頑張れたっくん……君は意思の強いヒーローなんだろ……!」
「食い出だと……?」
「ハハハッ! お前真面目だなあ……俺はお前らみたいな真面目なヒーローは大嫌いだぜ」
ヒプノダンサーはゆらりと軽快なステップを刻みながら、傷ついたブラス・バレットの顔を見て意地の悪い笑顔を浮かべる。
おそらくだがブラス・バレットはスキルの詳細をあまり理解できていない……ヒプノダンサー自身が理解していることだが、ヒーロー同士の戦いでは相手のスキルをどれだけ理解し、その対策を練るかが重要になっている。
相性の悪いスキル同士であってもその対策と傾向をきちんと理解し、対応策を練ればどれだけ不利なスキルであっても対抗できる……と一般的にはそうなっている。
だが、そもそも対応策を考えられないスキルがあるのだとしたら……それはどんなに優秀なスキル保持者であっても対抗できるわけがない。
「……ボーイ、お前はまだスキルの事が何であるかわかっていない」
「ぐ……」
グラグラと揺れる視界……深刻なダメージを受けているブラス・バレットの肉体はこれ以上の攻撃を受ければ戦闘不能に陥ることを理解している。
皮肉なものだが肉体はきちんと状況を理解し、アラートをあげているのだが精神はそれを拒否して敗北することを否定し続けているのだ。
ブラス・バレットの負傷はかなり深刻であり、目の前に立つヒプノダンサーですら「まだ立っているのか」とばかりの表情を見せている。
どういうスキルなのだろうか? ブラス・バレットには理解できないがヒプノダンサーのスキルはかなり特殊な効果を有している。
それを初見で理解しろ、というのはまだ若いブラス・バレットには難しいのかもしれない。
「ボーイ、お前はまだ若い……ここで白旗を上げれば俺はお前を叩きのめさずに済む」
「……バカいうな、友人も見てるんだぜ……」
「シルバーライトニング……あの女に惚れたか?」
ヒプノダンサーの言葉に思わず言葉を詰まらせるブラス・バレット……惚れる? という言葉になぜかどきりと心臓が高鳴る。
美しい女性だとは思う……スキル使用時のヒーローとして活動する銀色の髪と、真紅の瞳、非常に整った顔はまるで女神のようだった。
だが……ブラス・バレットというローカルヒーローには届かない高嶺の花のようにも感じてならない。
恋人とかそういうものではなく、彼女自身はもっと近い心許せる友人のような印象すら覚えている自分がいて、その認識を自覚した彼はひどく納得したものを感じている。
「惚れたとかじゃねえよ、あいつは友人だ……」
「ハハッ! 男と女の関係に友人とかありえないだろ」
「そう思うならそう考えればいいさ……俺は純粋にスキルを競い合いたいだけだ!」
ブラス・バレットは咆哮と共に一気に前に出る……ヒプノダンサーのスキルがよく分からない以上、こちらにできることはただ一つ。
スキルを使用される前にこちらのスキルで圧倒する……これは彼が裏社会との戦いで身につけた唯一の解決策であり、最も合理的な行動にも合致している。
攻撃は大きく外れた……つまり、点で攻撃しても当たらない可能性が高く、面で攻撃すれば多少外れたところに攻撃しても巻き込める可能性がある。
「
「ふ……ッ!」
ブラス・バレットの腕がまるで盾のように平たく広がる……これは銃弾などを防御するために使用する技の一つだが、大きく広がった腕は攻撃に利用することで、固く威力のあるハンマーにも近しい効果を生み出せる。
思い切り腕を振るったブラス・バレット渾身の一撃ではあったが、そこにいたはずのヒプノダンサーの姿はまるで煙のように一瞬で消失する……それと同時に真横から声がしたと思った瞬間、ブラス・バレットは真横からのパンチを防御すらできずに叩き込まれ、衝撃と共に意識が暗闇の中へと落ちていった。
「攻撃範囲を広げる……悪くない、悪くないねボーイ……だがそれではこのヒプノダンサーには当てられないんだよ、寝てな♪」