「っあ……!」
突然ですが、私は今大ピンチを迎えています……これはもうマズいかもしれません、かしこ。
再開したヒーロートーナメント予選大会の一戦目……私は最初の相手であるヒーロー「ピクシー・ヴォイス」との戦いに挑んでいた。
ピクシー・ヴォイス……名前は可愛らしいけど実際の姿は普通のおっさんで、筋骨隆々のマッチョなおじさんが下半身にピンク色のふわもこした鳥の剥製を身につけているという、今の時代では事案としか思えないような外見のふざけたヒーローである。
名鑑でも『ちょっと突飛なワイルドヒーロー』ってキャッチコピーがついていたけど、それ以上に彼の持つスキルがやばすぎた。
「ピクシー・ヴォイスッ!」
彼の声が空間に反響して左右からパンチを叩き込まれたような衝撃が走る……どうやらピクシー・ヴォイスのスキルは、声を武器にする特殊なタイプでどういう原理かわからないが空間に反射して打撃のような効果を生んでいる。
不可視の打撃……攻撃力は大したことはないけど、あまりに何度も食らうと流石の私でも意識を飛ばされる可能性があるな。
再びスキルを使用しようとしたピクシー・ヴォイスに対して一気にスキルを使って超加速し、距離を詰める……腰だめにした拳を一気に振り抜くが、その攻撃は直線的すぎたのか彼はトンッ! と軽く地面を蹴って後ろへと跳び距離を取る。
「わかりやすい中距離タイプって感じかしら?」
「俺とは違って近距離戦に強いヒーローだな……動きは早いが、それも直線的だ」
案外冷静だな……だが、一応数回の攻防で私も相手のスキルについて効果がある程度理解できた。
ピクシー・ヴォイスのスキルだが、どうやら指定した座標を起点として、一定の角度で音波を反射するという物らしい。
座標自体は声を発した際に固定されるらしく、先ほど私が超加速した際にはそれに対してスキルを使った反撃ではなく物理的な回避で対応している。
急な加減速には対応できていないことから、接近戦ではどうやら私に部があると見ていいだろう、本当に格闘に自信を持つヒーローであれば、距離を詰めた後の反撃があるからだ。
そういう反応ではなく、素直に距離を離したというのはピクシー・ヴォイスが何らかの理由で接近戦を好まない、自信がないという証左でもあるのだ。
マッチョな肉体だけど格闘戦の技術はそれほどでもない、もしくはスキルの効果が高すぎてそれに頼る戦闘方法になっているか。
「……なら身体能力で圧倒するか……」
「……この脳筋女め……ッ!」
ゆらり、と体を揺らすと私は一気に加速する……スキルにはクールタイムが存在する、これはヒーローだろうがヴィランだろうが同じことで、スキルは立て続けに何度も使用できる物ではない。
私のスキル「シルバーライトニング」はその中でも特筆するレベルでクールタイムに関しては恵まれていると言える、一秒超加速した後二秒間待てばスキルを再使用できる。
ヒーローによっては超強力な効果を持つスキルを所持しているものの、再使用までのクールタイムに強い制限をかけられている者も存在する。
歴史上最長のクールタイムは三〇日ごとの使用と言われており、これは地形を破壊することすら可能な超範囲殲滅攻撃を所持したスキルによるものだ。
私がトンッ! と軽くステップした瞬間に超加速で距離を詰めるとピクシー・ヴォイスに向かって拳を振り抜く……奇襲に近い攻撃だが、それすらも軽いステップで華麗に躱すと、彼は大きく息を吸い込んだ。
「バカの一つ覚えが……!」
「残念ね? もう二秒経過しているのよ」
二秒間というのは案外短い……バックステップで跳び、着地した後大きく息を吸い込む……この息を吸い込むという動作はピクシー・ヴォイスが反射地点を定めるために必要な行動なのだろう。
だが地点を定めたときに私は超加速を使って、相手の視界から消え去る……ギリギリではあるが、私のスキルはピッタリ二秒あれば再使用可能であるからだ。
ほぼ真横……前方に気を取られていたピクシー・ヴォイスがこちらに気がついて防御姿勢をとる前に、私の拳が彼の脇腹へと突き刺さる。
「う、ごおおおおっ!」
メリメリメリッ! という音を立てて筋肉の鎧に守られた腹部へと私の拳がめり込んでいく……ほぼ全力、超加速した能登は違う方向に拳を振り抜いたためほぼ自前のフィジカルだけの攻撃だが、ヘラクレスことイチローさんに鍛え上げられた私の拳は、普通のサンドバックなら一撃で粉砕するレベルの破壊力を持っている。
重量級の肉体を持つピクシー・ヴォイスだが、その体が軽々と宙に持ち上がるとともに、悶絶した彼はそのまま地面へとぐったりと倒れ込む。
「……ダウンッ! シルバーライトニングは少し離れて……!」
「……はいはい」
私がピクシー・ヴォイスから少し離れた場所へと移動するのと同時に、審判によるカウントが始まる。
ヒーロー同士の戦いはスキルの破壊力などから、下手すると命の取り合いになってしまうためトーナメントなどの公式の試合ではシンプルな一〇カウントノックダウン制を採用している。
カウントがゆっくりと進む中、ピクシー・ヴォイスは地面に倒れたままブルブルと体を震わせる……立てないだろう、なんせほぼ全力の拳を脇腹、つまりリバーブローで叩き込んでいるのだ。
全身を包み込む激痛と、まるでいうことの聞かない脚に今彼は困惑しているに違いない……なんとか立ちあがろうと、ピクシー・ヴォイスは自分の太ももを拳で何度もたたくが、その意思に反して肉体はいうことを聞こうとしない。
「う……ぐ……一撃、一撃だと……!」
「ヘラクレス直伝のリバブロー……私も数回吐いてるからね、嫌すぎるわよね……」
「うおおお……ッ!」
「試合終了ッ! 勝者……シルバーライトニングッ!」
震える足を叱咤しつつピクシー・ヴォイスは必死に立ち上がる……だがカウントは無情にも刻一刻とすぎていく、彼がファイティングポーズをとる前に、審判は黙って両手を交差するように振ると、試合終了のゴングが打ち鳴らされた。
よし……! まずは初戦突破だな! その音を聞いてがっくりと膝をついたピクシー・ヴォイス……それを見て私が片手を高く上げると共に、試合会場に詰めかけた観客の怒号に近い歓声が巻き起こる。
「うおおお! 勝っちまいやがった!」
「ポンコツのくせにやっぱつえーぞ!」
「お姉様……ッ! 私にもその拳を叩き込んでッ!」
「おっしゃー! 見たかッ!」
最後の言葉は訳がわからなかったが、私は高々と掲げた拳を振り回してから叫ぶ……昨年は本当に訳もわからないまま場外に飛び出して負けてるからな。
強い高揚感と、まずは初戦を突破したという満足感が体を包み込む……そこへようやく立ち上がることのできたピクシー・ヴォイスが少し寂しそうな表情で笑いながら、私に向かって片手を差し出した。
その差し出された手を軽く握ると、彼は私の手を握って高く掲げると、会場に向かって叫ぶ。
「シルバーライトニング……おめでとうッ!」
「ピクシー・ヴォイス……」
ピクシー・ヴォイスは何度か私の手を握ったままブンブンと振った後、軽く肩を叩いてからもう一度私へと頭を下げて彼はステージを降りていく。
見た目はちょっとアレだけど、案外素直でいいおっさんだな……私は去っていくピクシー・ヴォイスの背中に深々と頭を下げるが、それに気がついたのか彼は微笑んだ後、私に向かって最後の言葉を投げかけた。
「俺の分まで頑張ってくれ……お前なら決勝トーナメントも出られるよ、だがその前に地方の古強者がお前の前に立ちはだかる……全力で戦え」