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第三三話 トーナメント再開

『……さあ、一週間ほど延期されましたがヒーロートーナメント、予選大会を無事に再開します!』


「思ったよりお客さん入っているねえ……」

 ステージ上に並ぶヒーローを見て、観客席のオーディエンスはボルテージが上がりつつある……私は観客席の大歓声に少し意外なものを感じて隣のたっくん……今はブラス・バレットとしてのコスチュームに身を包んだ彼へと話しかけた。

 イベントなどが延期されると、集客にかなりの影響が出るとかでメディアなどでは今後の影響なんかが話題になっていたんだけど、蓋を開けてみたら結局満員御礼。

 このイベント会場は一旦休止の影響など微塵も感じさせないほどの客入りとなっている。

「あの事件で逆に興味が出たんじゃないかなあ……」


「まあ、ヴィラン事件を取り上げるとヴィランが増えるっていう人もいるもんね」

 もちろんあの後私たちは無事解放され、イベント再開までの間は事務所と自宅のみで待機って条件で一度家に帰っている。

 心配してたなけなしの食材なんかは岩瀬さんが無事確保してくれて、賞味期限が危なそうなものは全部処分しておいてくれたそうだ。

 あと新しい食材も追加してくれていて、むしろお願いしたことで食生活が改善してしまった。

 ついでに洗濯までしてくれていてありがたかったな……おかげで今回は数日分の衣服なども持参で会場へと来れた。

 事件について家にいる時に調べたんだけど、結局総務担当者は死体となって見つかったらしい……しかもその手口が以前海外で起きた誘拐事件などと酷似しており、ヴィランの関与が明らかとなった。

「そういや大物ヴィランが日本に来てるかもって?」


「総務担当者の死因は中毒死……肺に大量の鱗粉が付着してたんだと」


「そんな事ができるのって一人しかいないよね」

 超大物ヴィランの一人であるファータ……実際にその姿を見たという今は刑務所にいる裏社会の人物が話したところによると、妖精のような羽と蛾によく似た触角を生やした少女なのだという。

 だがその凶悪性は普通ではなく、無邪気そうに見える外見からは考えられないくらい邪悪な存在なのだという……数々のテロ事件に関与し数百人規模の虐殺すら笑いながらやってのけたという。

 あまりに異常すぎてその人物は関与することが怖くなって自首してきた……『守ってほしい』という言葉と共に。

「でもそんな大物が日本来るかな?」


「最近ザルだって話だぜ、ネットでも結構そういう話出てるだろ」


「お前らお偉いさんが見てるぞ、面倒になるから黙ってろ」

 別のヒーローが喋り続ける私たちを咎めたのか、彼は小声だがよく通る声で叱責してきた。

 私はにっこりと微笑んで軽く手を振るが、それを見た彼は全く……と呟くと前を向く、ええと……今注意してくれた彼はなんて名前だったかな。

 そうだブルー・デンジャー……青一色に黄金のラインが入ったコスチュームに見覚えがある、事務所にあったヒーロー名鑑では結構上位にランクインしてた地方ヒーローだ。

 スキル自体はそれほど高レアリティじゃないらしいが、国防自衛軍や海外の傭兵部隊でも戦ってたという経歴の持ち主だ。

「結構真面目だな……おっさん今からそんな硬くなってどうするんだよ」


「俺は軍隊上がりだからな、こういう時の身の振り方くらいわかっている」


「そーなんだ、ランキング上位者はいうことが違うね」


「俺も噂のシルバーライトニングがそういう感じだとは思わなかったよ」

 ブルー・デンジャーはため息をついて再び前を向く……そこでようやく後ろから咳払いの声が聞こえ、私とブラス・バレットは慌てて正面を向いて姿勢を正す。

 ステージの後ろには審判やヒーロー協会に所属する地方担当官のおじさん達がいたため、彼らはステージ上で喋っている私たちの態度が気に食わなかったのだろう。

 視線には明らかな嫌気というか、あまり良くない感情の色が載っている気がする……エスパーダ所長から担当官はともかく審判を味方につけなさいと口すっぱく言われてた。

「……まずったかな」


『さあ、ステージ上には八人のヒーローが立っています……! 残念ながら事件の影響で四名のヒーローが辞退を宣言しましたが、それでもまだ八名が戦いを希望しています!』


「八名だと最初が四組か……」

 トーナメントの構成が変わり、ここからは一対一のヒーロー同士の決闘で戦うことになる……たっくんとも殴り合うことになるかもだけど。

 一対一を二回勝ち抜けば優勝……都内で行われる最終トーナメントへの出場が決まるので、かなり条件としては緩和されたと考えていいだろう。

 最終トーナメントに出場できれば、ランキングが爆上がりするしこれからの活動だけでなく、協会から支払われる報酬額も格段に変わるのだ。

 生活のために……やらなきゃいけない、同期は不純だが目の前の生活がかかっている身としてはこのトーナメントは通過点にしなきゃ。

「……やるぞー……明日のご飯のために!」




「……あいつか」

 ステージ上少し離れた場所に立つシルバーライトニングを見ながら、ヒーロー「ヒプノダンサー」は油断なく相手の実力を確かめるように観察していた。

 ヒプノダンサー……本名は舞唐 圭一ぶとう けいいち、表向きは個人で活動するヒーローであり案件ごとに事務所と契約する自由契約ヒーローフリーランサーとしても知られている。

 だがその正体は金のためであれば平気な顔をして裏社会と手を組む堕落したヒーローであり、今回もヴィランと手を結び、シルバーライトニングの抹殺を請け負っている。

 彼の目から見たシルバーライトニングは……ごく普通の少女のように見えた。


「……年相応だな、ついでにスタイルはモデル級か、オカズ扱いもわかるな」

 シルバーライトニングのコスチュームは体にピッタリと張り付いたような、滑らかな素材でできていて驚くほど良いスタイルであることがよくわかる。

 本人はどう思っているのか知らないが、ここ数日で調べたところ彼女のスタイルの良さはネット上でかなり有名で、二次創作のネタなどにも使われている。

 さらに名鑑では炭素素材を編み込んだコスチュームで、防御能力だけでなく空気抵抗も限界まで低減しているという……殺すには惜しい上玉だな、と考えるが先日のヴィラン達の会話を聞いている限り確実に殺さないと自分に何が起きるかわからない。


「……俺の能力でどこまでやれるか……」

 すでにトーナメントの操作は行なっており、シルバーライトニングとの対決は決勝戦となることが決まっている……そこまでに彼女が負けてしまった場合は、別日にあらためてヴィランと組んで闇討ちするという話になっている。

 ファータからすれば「トーナメントでド派手に死ねば最高、先に負けちゃったら後日殺ればいい」とのことだったが……長年活動を続けるヒプノダンサーからすると確かにトーナメントのゴタゴタに乗じて殺さないとまずいことになりそうだ、とは思った。

 スーパーレアスキル「シルバーライトニング」……一秒間だけ超加速するスキル、だがその性能には隠された秘密があり、過去の所持者は加速だけで戦っていたわけではない。

 ヴィラン側はきちんとその情報を口伝で伝えてきており、ヒーロー側では情報が失効している……これも彼らによる情報操作の一つだと先日初めて知った。

 彼らとはあまり関わり合いたくない……ヒプノダンサーは素直にそう思っている。


「金のために……やるか、ヒーロー殺しを……」

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