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第三二話 対象を抹殺せよ

 ——結局トーナメントの再会はその日のうちにアナウンスされた。


「いがーい……協会も骨があるヤツがいるんだねえ」

 ヴィラン「ファータ」は、ふわりと宙に浮かびながらスマートフォンの画面に映るメディアの発表を興味深く眺めていた。

 同じ部屋の中に二人の人物が椅子に座ったまま、じっとヴィランの様子を眺めている……一人は青色の髪と瞳を持った神秘的な美女、そしてもう一人は胸に螺旋のマークを入れた黒髪の男。

 青髪の美女はファータがふわふわと部屋の中を舞うのを冷めた視線を向けている……彼女の名前はフォスキーア、ヒーロー協会からその名前だけが指名手配されている重犯罪者にしてヴィランの一人だ。

「……ファータ、鱗粉を撒き散らさないで」


「あれー? ごめんよぅ……でもなんの効果も乗せてないよ?」


「煙いのよ、あと香水臭い」


「ハッハー! うるせえな霧女、黙ってねーとぶっ殺しちゃうぞぉ?」

 ファータの嘲るような笑いと視線があくまでも冷ややかなフォスキーアの視線が交錯するが、お互いが好意のカケラすら持っていない、むしろその場で殺し合いを始めかねないほどに冷め切ったものであることは明白であった。

 螺旋のマークを胸に入れた男はそんな二人に関わり合いたくない、とばかりにため息をつくがそんな男の行動を見て、フォスキーアは興が覚めたとばかりに同じように長いため息をつくとそっぽを向いた。

 ファータも同様に軽くハッ! と息を吐くと興味を失ったようにふわりと宙を舞う……二人と違って、男はヴィランではない。

 ヒーロー名「ヒプノダンサー」……ヒーローランキング中位クラスに属するれっきとしたヒーローの一人であり、トーナメント初戦を勝ち抜いている一人でもある。

 外見は黒髪、中肉中背と目立つところのない彼だが、ヒーローとしては珍しくすでに四〇代に差し掛かった中年とも言って良い年代だ。

「……お前らうるせえなあ……ヴィランてのはなんでこう、仲良くできないかね」


「楽しくなきゃ犯罪なんてやらねえよぉ? ヒプノっちはなんでヒーローやってんのさ」


「俺の目的は金なんだよ……そうでもなきゃこんな場所でお前らと会ったりしねえよ」

 ヒプノダンサーは苦々しい表情で、凶暴な笑みを浮かべるファータへと視線を向けるが、その目には好意的な光は宿っていない。

 ヒーローとしてを経験しているヒプノダンサーから見てもファータとフォスキーアの異様さは目立っている。

 正面から戦ってはいけない……高レアスキルを所持するヒプノダンサーは長年の経験から目の前の二人が放つ威圧感や、異様さからある程度実力を推し量れるのだが、その勘が強くそう告げていることに納得していた。

 ランキング中位に甘んじるヒプノダンサーだが、その理由は彼自身が金を積まれれば平気な顔でヴィランを見逃す汚職ヒーローの一人であるからだ。

 表立ってその悪行が暴露されたことはないが、それは彼が所持しているスキルによるものであり、裏では人身売買や薬物取引など、ヴィラン顔負けの悪行に手を染めていた。

「金ねえ……大好きな金があれば協会担当者も騙すって、ヒプノっちもそーとーなワルだよねえ、あは♡」


「お前らは理想とか、大義とかあんのかも知れねえが……俺はもうヒーローとしちゃロートルなんだぜ、老後の金稼ぎして何が悪いんだよ」


「無粋……貴方は気に食わないけど、協力を得られるのはありがたい」

 フォスキーアはあくまでも無表情のまま、つまらなさそうに手元のスマートフォンで何かを見ているが……驚くような美しい美女である彼女が着用しているコスチュームは白と青を貴重とした体のラインにピッタリと沿ったものであり、細身だがスタイルの良い彼女の魅力を引き立たせている。

 夜の街でもこれほどまでに唆る身体している女性は珍しいだろう……横目で彼女を盗見るヒプノダンサーだが、その視線が煩わしかったのかフォスキーアの周囲に音もなく不可視の霧が立ち込める。

「……私の体は見せ物ではない」


「へーへー、おっさんになると若いねーちゃんの体は気になるんだよ」


「変態じゃーん……ヒプノっち〜、あーしのことはそう言う目で見ないでね」


「見ねえよロリっ子なんか」

 ヒプノダンサーはつまらなさそうに目を逸らすが、ファータはくすくす笑いながらポーズをとってスマートフォンで自撮りを始めた。

 そんな彼女を見てヒプノダンサーは頭を抱えたくなってきている……大金を積まれて協会の総務担当者の一人へとスキルを仕掛け、ファータの前に引き摺り出してやった。

 彼のアカウントを使って脅迫メールを送信した後、ファータより金を受け取ろうとしてここにやってきた時にはすでにフォスキーアまでここにきていたのだ。

 会場のロックダウンが解除されてようやく外に出れると思ったらこれだ……まさか大物ヴィランが二人もここにいるとは。

「……で、お前ら何しにきたの?」


「次の指令だよ……あーしもそう言われてきただけ」


「おいおい、最初の提示額じゃあれ以上のことはやらねえぞ?」

 すでにヒプノダンサーには日本におけるサラリーマンの生涯年収に近いものが海外の銀行に振り込まれている。

 その金額があまりに魅力的だったからこそ、今回の「」に参加しただけなのだ。

 それ以上の仕事をやるなど想定外……追加の費用がなければヒプノダンサーとしては危ない橋を渡る意味など感じられなかった。

 だが、無邪気な笑顔の中に凄まじい殺意と悪意を込めた瞳を光らせファータは彼へと話しかける。

「……何も無茶をしろなんて言わないよぉ?」


「本当だろうな?」


「やって欲しいのは一つ、シルバーライトニングの抹殺」


「……は? シルバー……って、あのポンコツ女か?」

 シルバーライトニング……スーパーレアなスキルである「シルバーライトニング」を所持した年若い女ヒーローで、恐ろしくスタイルが良くインターネット界隈では「オカズ」にされていると噂される女性である。

 ただその実績はそれほどではなく、昨年のトーナメントでは一回戦敗退、今年に入ってヘラクレスがメンターとなったことからかヴィランを捕縛することに成功している。

 ただ、長年ヒーロー活動にも従事してきたヒプノダンサーからするとたった一回うまく行っただけの落ちこぼれ、という印象が拭えない。

 困惑するヒプノダンサーの表情を見て、ファータはにししと悪戯っぽく笑う……その笑顔には悪意が塗り重ねられている。

「ポンコツって言われてんだけど、彼女のスキルは本当にレアなわけ」


「まあそうだよな、昔同じスキルのヒーローが大活躍したって聞いてるぜ」


「そうそう、あーし達はその再現がなされるのが嫌なのさ」

 ヴィラン達にとって悪夢とも言えるスキル所持者……伝説のヒーローであるビック・ディッパーなどはその差異たるものだが、実はその中の一つにシルバーライトニングが存在していた。

 この事実はスキル所持者である雷華本人は全く知らない……ヴィラン達の間で語り継がれる「最優先抹殺スキル」のリストにしっかりと記載されているなど、裏社会の人間以外は誰も知りようがないのだ。

 ファータは困惑するヒプノダンサーに向かって再び笑顔を向けると、彼へと話しかけた。


「ヒプノっちは知らないでいいんだよ、色々ヴィランにしか知り得ない情報ってものがあるんだわ……ともかくスキルの相性を考えたらあーし達の間では君が適任って話になったのさ」

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