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第三一話 居残り? いや待機です

「じゃあ、たっくんのところもメール来てるんだ」


「ああ、初戦突破した連中のところには全部来たらしいぜ……って、たっくんって俺のことか?」

 一回戦突破から二日後……ブラス・バレットこと卓慈くん、略してたっくんと呼ぶことにしたのだが、ともかく彼から誘われて会場内にあるショップでコーヒーをご馳走になったところ、どうやらヒーロー全員のところに同じ脅迫メールが来ていたらしいと言う話を聞いた。

 この脅迫メールというのは過去の大会でも数回発生しているらしく、毎回辞退者は数人出ている様なのだが……今回飛んで来ているメール内容がある程度のグループでまとまってて少しつづ内容が違うらしく、それが逆に悪戯ではないのではないか? という憶測を読んでいるらしい。

 以前送られてきていたのを見せてもらったが、確かに今回私のところに来ているものとは違っていて、テンプレートを使って、しかも所々に雑な文章が点在しており明らかに悪戯じみたものだと思った。

「いいじゃん、私仲良くなった人は愛称で呼ぶことにしているからさ……たくじくんだと余所余所しいかなって」


「まあ、いいけど……なんだかこそばゆい呼び方だぞ?」


「活動時はちゃんとヒーローネームで呼ぶよ」

 たっくんは微妙に照れたような、なんだか恥ずかしそうな表情でそう答えるが一々ブラス・バレットと呼ぶのも面倒だし、そもそも仕事以外の時は個人名で話す方が楽だしな。

 全然他意はないので勘違いされてしまっても困るわけだが……それはさておき、今回の脅迫メール事件については協会それと大会運営側にも共有されており、彼らからは『参加者の意思に委ねる』という声明が発表されている。

 この辺りの対応はまあ、普通かなとは思うけど……ただ、昨年までの悪戯と違って、今回の問題は別にあった。

『……ヒーロー協会の総務担当者が発信源になったというとんでもないスキャンダルが発生し、現在協会は対応に追われています』


「……こっわ……」


「しかも担当者本人は行方不明……家族も捜索願いを出しているって話だ」

 トーナメント運営企業の総務担当者……名前は非公表のままだけど、ともかくその彼のメールアドレスから発信された脅迫メールにより、一時的に全国のトーナメントは停止状態に追い込まれている。

 予選一回戦終了後での事件発覚というタイミングだったのもあまり良くなく、今メディアのニュースはトーナメントの再開までに事件が解決するのかみたいな話で持ちきりだ。

 ちなみに本来であればトーナメント勝ち抜きごとに書状なんかももらえるんだけど、この混乱で事務所にもまだそういったものが届いていないとかなんとか。

「どーするんだろうねえ」


「どうするも何も、まずは会場から帰してほしいって思っているよ」

 たっくんの愚痴も仕方ない……あの戦いから二日間、私達勝ち抜きを決めたヒーロー全員が会場に隔離された状態で待たされているからだ。

 着替えとか、食事なんかは協会と事務所で話し合って支給してもらっているけど、家に残ってたもやしその他の食材がそろそろ賞味期限切れであった私からしても正直困った問題になっている。

 岩瀬さんに頼んで家の鍵だけ渡してあるから、多分なんとかしてくれていると思う……何ともなっていなかったらトーナメント終わった後に家の大掃除が始まるのだろう、鬱だ。

 そんなこんなで今私だけでなく、他のヒーローはみんなコスチュームを選択したりしているので普段と同じ格好でくつろいでいる。

「しかしお前素顔は随分と地味なのな……」


「スキル使わないとこんなもんよ? れっきとした日本人だからね」


「まあそうだよなあ……ヒーロー姿だと銀色の髪だし、目が真っ赤だしヨーロッパの人かと思ってた」


「もしそうだとしたら現地で働くでしょ」

 そりゃそうだ、と頷いて納得するたっくんだが、ヒーローは生まれた国の国籍を無視して海外の協会と契約することは非常に難しい。

 日本で生まれ国籍が日本の場合は基本的には日本のヒーロー教会に所属するべし、という制限がかかっているが、これは強力な軍事力や経済力をもつ大国がスキル所持者を確保しすぎることがないように国際的な機関が定めた法律の一つだ。

 人口比に応じてスキル所持者の数が変わるのだけど、どれだけ人口が多くてもレアリティの高いスキルを所持するヒーローの数は比率が決まっている。

 そのため国籍移動により大国に高レアスキルの所持者が固まらないようにこのような法律が定められている……昔は緩かったそうだが。

「ま、そっか……俺はアンタが日本人で良かったと思ったよ」


「そーなの?」


「こうやってコーヒー一緒に飲めるからな」

 たっくんはにっこりと微笑むが、久々に友人として付き合えるいい奴ができたなと内心思った……私友人めちゃ少ないからな。

 高校時代の友人と、事務所のメンバー、ヒーローで付き合いがある人はほとんどいないし、ご近所さんからはいつもいない人みたいな扱いになっていると先日ゴミ出しの時に言われた。

 コミュ障かな……そういや夜の食事もだいたい一人だし、なんやかんやトレーニングの時にイチローさん来るときくらいしか人と会っていないなあ。

 そこまで考えていると、手元のスマートフォンに着信が入り、私は画面へと視線を向けた。

 画面に表示されている発信者はイチローさん……どうしたんだろう? と思って私は電話に出ることにした。

「もしもしー」


『ああ、雷華ちゃん一回戦お疲れ……多分聞いていると思うけど、例の脅迫の件で……』


「あー……はい、私のところも来てますね」


「そっか……実は僕のところにも来てて……どうも無差別っぽいんだよね」

 イチローさん今回出場していないのでは……と思ったが、どうやら彼の話によると関係者、実況、審判などを務めるヒーローも対象として送られているらしく、それが余計に混乱を招いているのだとか。

 特にトーナメント期間中は都内だけでなく、地方においてもヴィランや犯罪組織の活動が活発化するため治安に影響が出やすく、その対策自体もこの事件を受けてうまく動けていないらしい。

 彼曰く大会そのものを中止させたいというよりは、なんらかの意図を隠すためにやっているんじゃないか、という疑念を持っているそうだ。

「うーん……現場ではそこまでって感じはしないんですけど……」


「きな臭すぎるから、トーナメント中に余計な怪我を負ったりしないようにね、人間回復するのには時間が必要だよ」


「はい、イチローさんも気をつけてくださいね」

 とはいえ最強のヒーローであるイチローさんがいればなんとかなるんじゃないか、という声もあるっちゃあるからな。

 彼自身にのしかかっているプレッシャーも半端ではないだろう……こっちにはあんまり関係ないけど、ただ素直に体の心配してくれるのは嬉しいかもな。

 少しだけ胸の奥が本わりと暖かくなる気がする……ちょっと前までは少し嫌な気持ちしか感じなかったが、時間が経つにつれて多少なりとも友人、いや上司にしてメンターであるヘラクレスとやりとりできているってのは悪くはないもんだ。

 少し上機嫌な私の様子を見て、たっくんはなんだか勘繰るような視線と笑みを浮かべて私を見ていたので、思わず彼の額に高速デコピンを叩き込む。

 痛みで思わず目を閉じたたっくんは口を尖らせて文句を垂れ流した。


「あ、いてッ! お前なあ……こういうことやっていると今の電話の人とかに見向きもされなくなるぞ?」

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