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第三〇話 脅迫メール

「とりあえず初戦は無事終わったね、お疲れ様」


「ありがとうございますッ!」

 控室に戻った私へエスパーダ所長が大きなバスタオルを手渡してくれたので、私は彼へと深く頭を下げる……優しいんだよなぁ所長。

 ちなみにこのタオルにはクラブ・エスパーダの事務所ロゴがデカデカとプリントされているもので、数年前にご近所へと配ったノベルティを再利用しているという話を岩瀬さんから聞いた。

 まあ、事務所のあちこちで使用されているものなので私からすると見慣れたものなのだけど……軽く汗を拭っていると、先ほどまで肩を並べて戦ってくれたブラス・バレットが笑顔で近づいてくるとそっと手を差し出した。

「シルバーライトニングお疲れ、一緒に組めて楽しかったぜ」


「ありがとう、こっちも背中を預けられて助かったわ」

 ブラス・バレットの手をそっと握り返すと、彼は満面の笑みを浮かべて嬉しそうに笑う。

 嫌いになれない笑顔だ……彼自身の愛嬌とか、性格もあるけどもし一緒に組んで戦えるのであれば信頼できそうなヒーローの一人になるだろう。

 どうして都内の事務所に所属していないのか不思議なくらいのスキルだなと正直に思う……体液や肉体を硬化させるというスキルは使いようによってはかなりの戦闘能力を発揮すると思うし、欲しがる事務所も多そうだ。

 特に肉体変化、筋力特化のヒーロー事務所である「ジャスティスアームズ」なんかは彼のスキルを重宝する気がする……まああの事務所、シゴキがキツすぎて離脱者も山のように出ると週刊誌にすっぱ抜かれてたけど。

 ブラス・バレットは急に姿勢を正したあとエスパーダ所長に非常に美しい所作で頭を下げた。

「エスパーダさん初めまして、ブラス・バレット……本名は鋳物 卓慈いもの たくじと申します」


「こちらこそ初めまして……君のことは知ってるよ、地元で結構有名だったろ」

 エスパーダ所長がブラス・バレットの手をそっと握ると、彼は私と握手した時よりも嬉しそうな顔で所長の手を握り返した。

 そういうところ男の子だなーと思うけど、エスパーダ所長は未だ現役とはいえ過去の実績を知っているものからすると伝説的な存在のヒーローでもある。

 特にスキルのレアリティがそれほど高くないのに、驚くべき実績を上げたヒーローの一人であり実際に立ち会ったヒーローが口々に『やばすぎるジジイ』と評するレベルの達人だからだ。

 それ故に地方に行くといまだに所長のファンという熱狂的な奥様方も多いのだとか……若い頃の写真見せてもらったらそりゃ人気出るよなってくらいのイケメンだったし。

「名前を知ってもらっているとは……光栄です」


「有望そうなヒーローはちゃんと名前を覚えておくようにしててね、その縁もあってこの子もうちに来てもらったんだ」

 所長は笑顔で私の頭をぐりぐりと撫でながら笑顔を浮かべる……実際に岩瀬さんも言ってたが、所長は地方のヒーローを視察するためによく出張しているし、事務所には全国ヒーロー名鑑なる分厚い書籍とかもたくさんあったりするのだ。

 特にブラス・バレットは隣の県で活動するヒーローなので、所長がその名前を知っていても驚くようなものではないかなと思った。

 だがブラス・バレットからすると地方ヒーローという扱いの自分ですらエスパーダ所長に名前が知られている、というのは大きな驚きであったようだ。

 彼は目をぱちくりさせながらも本当に嬉しそうな笑顔で頭を下げる……一緒にいるとあんまり自覚はないけど、本当に尊敬しているヒーローも多いからな所長。

「名前を知ってもらえてるだけでも嬉しいっす!」


「頑張ってよ、君のスキルは確実に戦力になるからね……うちだけじゃなくて他の事務所も期待していると思う」


「マジっすか!」


「トーナメントはその試金石になるよ」

 嬉しそうな顔で何度も頭を下げ、ブラス・バレットは自分の控え室へと戻っていく……エスパーダ所長に声をかけてもらったのが嬉しすぎたのか出ていく時に私には一言もなかったけど。

 なんか彼を喜ばせるだけで終わった気がする……ふと、所長を見上げると私の視線に気がついたのかにっこりと微笑むと、再び頭をぐりぐりと撫でられた。

 所長のては優しくて温かい……なんだか誤魔化されたような気もするけど、気持ちいいからこれはこれでいいか。

 私が気持ちよさそうに目を閉じていると、手元のタブレット……これは出場者全員に配られているもので、運営からの連絡や各地で行われている大会の結果などが表示できるのだが、それにメッセージが入っていた。


『大会を辞退しろ、お前は大会に相応しくない』


 ずいぶんわかりやすいメッセージだな……私が眉を顰めて画面を見ていると、所長はそれに気がついたのか手元を覗き込んできたあと、はあっ……と深いため息をついた。

 差出人は……文字化けしてて読めない、いやわざとこうしているのだろうな、使用されてるメールアドレスも偽装されているようで、めちゃくちゃな文字列になっている。

 身元を明かされるとまずいということだろう、まあ悪いことをしようって連中は大体こんなもんだしな……私がそれほどショックを受けていないということに気がついたのか、所長は「全く……」と呟いてから控え室にあった別の椅子に腰を下ろした。

「……トーナメントで活躍したヒーローが出るとこういうことがあるって聞いてたが……」


「まだ一回戦なんですけどね……気が早い気がします」


「それだけ君、いやシルバーライトニングというヒーローが目立って欲しくないということだろうな、全く……あ、ちょっと相談があるんだが……」

 エスパーダ所長は懐からスマートフォンを取り出すと、誰かに電話をかけ始め椅子から立ち上がると控え室から足早に出ていく。

 おそらくトーナメント運営側の偉い人と話をしにいくのだろう、そんな所長が出て行った扉をじっと見つめながら私は少し考えていた。

 私なんかちょっと前まではポンコツヒーローと呼ばれ、ネットやメディアのおもちゃでしかなかったのだ……ヴィラン「グリスエスペスーラ」捕縛と先ほどの予選での動きだけでここまでマークされるものだろうか?

「わからないなぁ……まだ勝てるって感じでもないと思うんだけど……」




「えー? マジで送ったんだ、ちょーウケるぅ」

 ふわりと宙に浮かびながら部屋の中に浮かぶ少女……背中に生えた蛾の羽を羽ばたかせながら、イタズラっぽい笑顔を浮かべながら額にある触角を動かして目の前に座る初老の男性へと話しかけていた。

 ヴィラン「ファータ」……国際手配を受けている凶悪なヴィランの一人であり、ゴスロリファッション風の衣服を身につけ無害そうな外見に見えるその少女はスマートフォンの画面を見ながら、重力を無視したかのように部屋の中を漂う。

 初老の男性は額に吹き出す汗をハンカチで必死に拭いながら、浮かんでいるファータを目で追って彼女へと話しかける。

「命令を遂行したぞ……も、もう家族を解放してくれ」


「えー? だめだよぉそれに娘ちゃん、直せるのあーしだけだよ?」

 初老の男性はトーナメント運営側の総務担当者の一人であり、現在家族を人質に取られてヴィランの内通者と化している。

 目的はよくわからない……ファータという大物ヴィランを前に戦うことすら許されず、家族のために組織を裏切られなければいけない、そんな複雑な思いが男性の目に怒りの色を浮かび上がらせる。

 だがそれを理解しているのかファータはニヤニヤと笑ってスマホの画面を男性へと向ける……そこには苦しそうな表情で縛り上げられた彼の家族が写っている。

 男性はギリギリと拳を握りしめると黙って頭を下げる……ファータはそれを見て満足そうに笑って話しかけた。


「はいはい、そこまでー……あーしに何かあったら娘ちゃん死んじゃうからね? あはっ☆」

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