「はあっ!」
「ぐ……くそっ! なんて重さの拳だ……!」
ドンッ! という音と共に相手の腕に私の拳が食い込む……バトルロイヤル形式の予選一回戦では、どうやら五〇名を超えるヒーローの中から大体一二〜一六名程度を絞り込むらしく、ステージのあちこちで同じように格闘戦が起きている。
私の拳をガードしたヒーロー……名前はブレイブ・ハートとか名乗ってたかな? 年齢は三〇代前半くらいで年上だが、地方ヒーローとしては中堅くらいのランキングにいるはずの男性だ。
まあ、私よりはランキングが上で経験値も多いと思うけど彼の持つスキルは、精神系のスキルで周囲にいる対象の精神を高揚させるいわゆる支援中心のものだったはず。
自ら戦闘するのにはそれほど慣れていないのか、格闘戦になった瞬間に恐ろしく精彩を欠いており、私はそのまま超加速で一気に死角に回り込むと足を払って地面へと倒す。
「……はい、ここまで、素直に負けを認めてほしいなぁ」
「……畜生……負けか……! おい、俺の分まで頑張れよ!」
地面に倒れたまま素直に負けを認めたブレイブ・ハートは、悔しそうな表情のまま親指を立てた後、転がってステージから自ら降りていく……ステージから降りたものは棄権と見做され敗北扱いになるので、彼のトーナメントはここで終わりということ。
まあ単純に一対一の戦闘に慣れていないってだけで、彼自身も本来はコンビを組んで戦うヒーローがいるはずなのだ。
もしちゃんとコンビを組んで立ち向かってきたらこう易々と対処できたかわからない。
ちゃんと負けを認めてくれてよかった……と内心ドキドキものの行動にほっとため息をつくが、いつまでも座っているわけには行かない。
すぐに立ち上がると周囲を見回してブラス・バレットを探すが、彼は彼で肉体を変化させて二人のヒーロー相手に見事な立ち回りを見せている。
「おー、すげー……ッ!!??」
感心するのも束の間、背筋が寒くなるほどの殺気を感じて思わず身をすくめて姿勢を低くした私の頭上を、金属製の六尺棒がゴオオッ! という音を立てて横なぎに通過していく。
私は姿勢を低くした体勢のまま横っ飛びに飛ぶと棍棒の持ち主から少し距離をとって身構える……六尺棒?! 確かにヒーローなら一撃は耐えられると思うけどさ。
あの一撃をまともに頭に喰らっていたら脳漿飛び出るどころじゃ済まないんですけど……?! 私が身構えたのを見て、六尺棒の持ち主は軽く舌打ちをしてから対峙するように身構えた。
頭は丸剃りをしているのかいわゆるスキンヘッドというやつで、全体的には中肉中背……年代は二〇代中盤くらいだろうか? オレンジ色の道着を着用したその姿は中国の拳法家のようにすら見える風体だ。
「……ちっ、よそ見してるから取れたと思ったんだがな……俺はクラブ・マスター、見ての通り鈍器使いだ」
「……ちょっと待って、その六尺棒で頭殴られたら普通死ぬでしょ?!」
「死なねえよヒーローならな、気絶くらいで済ませてやろうと思ったのに……上手くよけやがる」
スキンヘッドのクラブ・マスターはステージにぺっ、と唾を吐くと六尺棒を軽々と振り回してから身構える……金属製だろ? 普通の重さじゃないぞあれは。
それをこれだけ軽々と振り回すとは……と驚いている私に向かって、恐るべき速度の六尺棒による高速の突きが繰り出される。
空気を切り裂くような鋭い音と共に繰り出された攻撃を紙一重で避けながら、私は反撃の機会を覗う……思っていたよりも隙が少なく前に出るのが難しい。
こういう時ヘラクレスはどう話していたっけ……と私はトレーニングの時に彼が話していたことを必死に思い返していく。
確か彼が言ってた話だと、隙がない相手をよく観察すること……そして重心の動きとか、視線の動きを見ているとか話していた。
だが、凄まじい速さで繰り出される攻撃を前に、私は避けるので精一杯になっていく……だめだ、よくわからない!
だが攻撃をギリギリで回避する私の耳元スレスレを六尺棒が通過していくのを繰り返していくと、空気を切り裂く音がほんの少しだけ先ほどよりも鈍かった気がして私はハッとする。
じいっと相手の動きを見ていくと、六尺棒の軌道が毎回微妙にずれていっていることに気が付く。
そしてそこまで気がついて見ればクラブ・マスターの息は結構上がっている……つまり、速度を上げるために無理をした結果彼はひどく疲労し始めている、と。
「……無理しないほうがいいんじゃない?」
「こ、このっ……! な、なんで……あたら……ッ!」
「トレーニングが足りないわ」
相手が六尺棒を引くタイミングを見計らって私はスキルによる超加速を繰り出す……まさに雷光の如き加速により一瞬で距離を詰めると、そのまま右脇腹へと拳を叩き込む。
ズドンッ! という凄まじい音と共にクラブ・マスターの体がくの字に曲がり、彼は苦悶の表情を浮かべて悶絶すると完全に動きが止まってしまう。
このリバーブローもヘラクレスが教えてくれたもので、人体で言うところの肝臓を狙って打つとされているが、腹膜付近にある神経を刺激してそれはもうゲロ吐きそうなくらいの激しい苦痛を感じさせる。
ボクシングなどでも使われるパンチだが、これはもう喰らったことがある人じゃないとわからないレベルの痛みと、本当に体力をゴッソリ持っていかれるくらい萎える攻撃だ。
「ぐ、あ……ッ!」
「はい二発目ッ!」
私は容赦無くクラブ・マスターの脇腹に二発目のボディブローを叩き込む……ドンッ!! と言う鈍い音と共に再び彼の体は軽く持ち上がる。
この二発目を防御できなかった時点で彼の意思はへし折れていたのだろう……そのままステージ上で六尺棒を取り落とすと腹部を抑えたままその場にへたり込む……これで戦闘不能だな。
ちなみにトレーニングの時に体験したほうがいいからと言うとんでもなく軽い理由で、ヘラクレスは私が悶絶して直前に食べたものを戻してしまうくらいのとんでもないリバーブローを叩き込んできたことがあったが……あれ、思い出すだけで気分が悪くなる。
「さあ、次は誰?」
「お、思ったより強えぞこいつ……」
「おい……お前いけよ」
「なんだとふざけんな、俺は戦闘系のスキルがねえんだよ!」
「……ちょっと? 何してんの?」
私の前で三名のヒーローが互いに罵り合い始める……いやいや、今本番じゃないですか……とちょうどスキルのクールタイムが終わった私が超加速し、お互い罵り合いを続ける彼らの頭を持ってそのまま叩きつける。
ガンッ! と言うちょっと嫌な音を立てて三名の頭がそれぞれ衝突すると、目を回した彼らはフラフラと酩酊したようにふらついた後、そのままステージ上で大の字になって伸びてしまう。
これで周りにいるヒーローはあらかた片付いたかな……と私がブラス・バレットの様子を見ようと視線を向けると、彼もちょうど先ほどまで争っていた相手をようやく倒したところだったらしく、私に気が付くと親指を立ててニカッと笑う。
いいやつだな、ブラス・バレット……と私も同じように親指を立てて微笑むと、そこで会場中にアナウンサーによる宣言が鳴り響いた。
「……ここまでええッ! ちょうど良いくらいの人数まで減りましたので現在ステージ上で立っている、また意識を失っていない、戦闘意欲の残っているヒーローを一回戦突破としますッ!」