「……来てしまった……」
私は今ヒーロートーナメント予選一回戦が行われる隣接する県の予選会場の入り口に立っている。
この会場は過去に世界的なスポーツ大会が開催されることに先立って建設され、現在でもスポーツイベントなどでも利用されている由緒あるスタジアムである。
私が所属する「クラブ・エスパーダ」は東京二三区内に事務所があるのだが、東京都内には数多くのヒーロー事務所が存在していて、とてもではないが都内にある会場だけではキャパシティが足りず、都内の会場で予選をするヒーローは前年活躍したものか、期待される新人などのランキング上位の者だけに絞られている。
私は昨年予選一回戦負けだったので当然のことながら都内の会場には案内されず、振り分けで隣接する県の会場が割り当てられている……昨年は都内の超有名観光スポットにある特設会場だったので恐ろしいほどの落差かもしれない。
ただ、この会場も普段は数万人規模のスポーツイベントで使用されるから、見方を変えればこちらの方がいいのかもしれないな。
「あ、シルバーライトニングだ!」
「あ、どーもぉ……」
「頑張ってね〜♪」
小さな男の子がコスチューム姿の私を見て笑顔で手を振ってくれたので、こちらも負けじと手を振りかえすが、都内と違って地方大会はヒーローに優しいなあ、と思わずジーンとなってしまう。
ヒーロートーナメントは世界三大大会にも匹敵するほどの集客力を持った巨大イベントであり、イベントを見学する人数もその規模も桁外れに大きい。
またトーナメントと名のつく通り、予選トーナメント、決勝トーナメントの二つに分かれており予選トーナメントにおいてもちゃんとした大会運営がなされており、この時期は地上波などでも放映が行われるので、事務所が売り込みたいヒーローは都内の大会をメインに出場するんだよなあ。
「……ら……いやシルバーライトニング、控え室へ行こうか」
「はーい」
エスパーダ所長に促されるままに私は会場内へと足を踏み入れる……ここで予選を四回勝ち進めば決勝トーナメントへの出場権を得られる。
たったの四回とはいえ地方の予選大会も年々レベルが急激に上がっており、地方大会を勝ち抜いた実力者が中央の大会で波乱を起こすケースも少なくないという。
ちなみに地方大会なのでイチ……ヘラクレスは帯同せず解説側として中央の予選会に呼ばれたらしく本日は一緒に行動していない。
先日から私と彼は全く口を聞いていないし、メールベースで事務的なやり取りをしているだけなので向こうがどう思っているのかよくわからない。
別にわかる気はないけどさ……そんなことを考えながら会場内の控室へと歩いていくと、地方大会に出場するヒーローたちが私を見て少し驚いたような表情を浮かべているのがわかる。
『シルバーライトニングだ‥…』
『なんでもヴィランをコテンパンに
『もともとレアリティの高いスキル持ちだもんなあ……』
そりゃそうだ、都内の事務所で一応メディア露出なども(悪意があるとはしても)されているヒーローの一人だしな……そういった意味で私はまだ恵まれていると言える。
地方在住のヒーローには中央メディア露出の機会などはほとんどなく、時折起きる大事件がきっかけで周知されることも珍しくないのだとか。
特に私の場合スキルのレアリティが高いこともあって、新人時代からかなり注目されていたわけで、所長もうまくいけばアイドルヒーロー路線とかを検討していたと岩瀬さんから後で聞いた。
まあ、この私の性格ではアイドルなんか無理だろうけど。
「おい、ポンコツ」
「……はぁ?」
いきなり敵意丸出しの表情を浮かべた一人の男性が声をかけてくる……知らない顔だ、茶色い髪は地毛なのだろうか? 少し金色がかっているのは土系のスキル所持者の中でも特に金属系に由来する変化にも見える。
背の高さは私よりも高く、細マッチョと言っても良いバランスの良い体格をしており、黄銅色のコスチュームに身を包んだ姿は、戦隊ヒーローなどでカレー好きに該当するイエローを連想させる。
気の強そうな顔をしており、まだ若い……と言っても私とあまり変わらないくらいの年代だろうか? 面識はないので、私は軽く頭を下げて尋ねた。
「あ、と……失礼、シルバーライトニングです、初めまして?」
「……ブラス・バレット、この県にある「アソシエイト・アルケミー」に所属しているヒーローだ……ずいぶん礼儀正しいな」
「そりゃもちろん、いきなり失礼なこと言われても応対はきちんとしますよ、大人なので」
ツンケンした相手の対応にそのまま返すのは二流、と口酸っぱく所長から言われているので私は全力で嫌味を言い返したいのを堪えて笑顔で応対を心がける。
この辺りメディア対応で散々失礼なことを言われてもブチ切れなくなった分、私も成長したんだなとは思うけど、思っても見なかった私の対応に困惑したのかブラス・バレットはそれ以上何をいうのか迷ったのか少し動揺した表情を浮かべた。
ふふん、大人のお姉さんというのはこういう対応をするのだ、と鼻高々に私が彼を見ていると、ため息をついてブラス・バレットは私へと頭を下げた。
「すまない、思ったようなポンコツじゃねえんだなアンタは……中央の連中はイケすかない奴が多いと思ってて……」
「……はぁ……まあ私メディアでポンコツって言われてますしね、気にしてないですよ」
「そっか、すまねえな……控室探してんだろ? こっちだ」
ブラス・バレットはニカっと笑うとついてこいとばかりに手を振るが、その笑顔が素朴な少年のように見えて思わずこちらも微笑んでしまう。
悪い奴じゃない、むしろ良いやつの部類に片足突っ込んでるタイプだ……私と所長は顔を見合わせると少し苦笑してから彼の後ろをついていく。
会場内には多くのヒーローがいて、それぞれ何かを話したりしているがこの地方大会に出てくるヒーローなので顔見知りも多く仲間意識も強いのだろう。
だがそんな彼らもブラス・バレットを見ると軽く頭を下げたり、気さくに話しかけてきたりしているのを見ると、ブラス・バレットは県内でも有名なのかもしれない。
ぶっちゃけ川一つ挟んだだけで情報がなかなか入ってこないもんなあ……ヒーロー事務所も星の数ほどあるというのに、なかなか難しいものである。
「シルバーライトニングはなんでこの予選大会に出ることになったんだ?」
「昨年一回戦負けしまして……」
「……すまねえこと聞いたな」
「いえいえ、それで今年の地方大会はここを指定されました」
まあ事実だしな……話しにくいことを聞いてしまったのを相当に後悔しているのか、ブラス・バレットは本当に申し訳なさそうな顔で再び頭を下げるが、なんだか憎めない相手だなと私は思ってクスッと笑いながら気にしていないよというのを身振りで伝える。
同い年くらいの男性には全くもって縁遠い私だが、そんな私でも彼とはちゃんと話せるなとなんとなく同年代意識のシンパシーを感じて、私はかなり自然に笑えている。
彼も「そっか」とばかりに笑顔で笑うと、控え室の前まで案内を続けてドアの前で立ち止まると、表情を変えて真面目な顔となり私へと話しかけてきた。
「……地方大会初めてだろうから先に行っておく、中央のヒーローが地方予選に出るというのは……嫉妬ややっかみ、それと集中攻撃の標的にされることがある、気をつけろよ」