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第二五話 若いからさ

『今年のヒーロートーナメント、出場ヒーロー申請が終わったそうですね、今回の有力候補はこちらになります〜』


『おー、やはりスパークが優勝候補なんですねえ……』


『実績、能力を加味しても頭ひとつ抜けているかと思います、そのほかですとジ・ロックやミンストレルなど若手有望株も多く……』

 モニターに映し出されるニュース番組では今回開催されるヒーロートーナメントについての報道が行われているのを、私はぼうっとカップに入ったコーヒーを飲みながら眺めている。

 事務所のコーヒーは淹れたてで、家で普段飲むインスタントコーヒーとは違って美味しいから、だいたいここで飲んでいるのだけど……当然のことながら、ニュース番組では私の名前は一文字も出なかったな。

 冷静に考えてみれば、私はまだヴィラン撃破数は一名だけでしかもバックアップにヘラクレスがついていたこともあって、過小評価されてると所長が話してた。


「ま、こんなもんか……」

 少しほろ苦さを感じつつコーヒーを啜りながら私は手元にあったヒーロートーナメント参加の受領証を手に取る……去年も出たんだよね、実は。

 ただ一回戦負け……エスパーダ所長や岩瀬さんには本当に申し訳ないことをしてしまったと思っていてずっと心残りだったのだ。

 ちゃんとスキルを使いこなせていれば去年一回戦負けなどにはならず、もう少しだけトーナメントに残れた気がしている。

 私は身体能力が非常に高く、いわゆる測定ではかなり良い値が出る……筋力やパンチ力、キックなども上位ヒーローに負けない程度の数値が出ていると言われているのだ。

 ひとえにそれを使って活躍できないのはスキルに対する習熟度が低すぎる、と専門家が評論していたのを先日どこかのメディアで見た。

 先日のグリス・エスペスーラとの戦いで私はなんとなくスキル使用について本質のようなものに手をかけた気がしている。

 昔読んだ有名なヒーローの手記に書いてあったけど、スキルを使用するだけではヒーローとしては三流であり、スキルをどう使いこなすかが大事だという記述があった。

 確かに今まで私は単に一瞬加速するだけ、というスキルだとばかり思ってたけど……あの時に感じた凄まじい加速はそれまでの「シルバーライトニング」にはなかったものだという感じがしている。

「……いやー、呼び止められてサインをねだられるとは……あれ? 雷華さん一人なの?」


「……お疲れ様です」

 事務所のドアを開けて入ってきたイチローさ……ヘラクレスだが、なぜか花束とか綺麗な包装の箱とか、様々なものを抱えていたため、なんだか私は胸の辺りがモヤっとしてしまい思わず目をそらす。

 そんな私の態度に少し訝しげるような表情を浮かべた後、すぐに自分の机に向かって荷物を下ろすとそのまま共有スペースに移動して、カップをコーヒーメーカーへとセットしてボタンを押した。

 コポコポという音と共に事務所内に芳醇なコーヒーの香りが立ち上る……黙ったままニュース番組を見続ける私を見て、何度か声をかけるかどうか悩むように言い淀むと、彼は思い切ったのか話しかけてきた。

「あの……工藤さん、スパークの件なんだけど……」


「……何か私に関係ありますか?」


「あ、いや……僕はファイアフライにもお世話になったことがあって、その時に彼女から師匠になってほしいって言われてたんだ」


「……」


「それで……勘違いさせちゃったかもだけど、そういう感じじゃなくて……その、昨日もちゃんと迷惑だからって伝えてあって……」


「で? それが何か関係するんですか? なればいいじゃないですか?」

 何が言いたいのかよくわからない……別に私はイチローさんのことは師匠やメンターみたいなものだと思ってるし、別に彼がどこの誰と付き合おうと結婚しようとかまわないと思っている……微妙に胸の辺りがモヤっとしたのは気のせいだろう。

 矢継ぎ早に言葉を放つ突き放したような私の態度に、イチローさんは少し困惑したような表情を浮かべると、お互い黙ったままの時間が事務所内を支配していく。

 だめだ本心ではないけど、昨日のことを考えると彼に対してちゃんとした対応ができなくなる……このモヤモヤはトレーニングしなければ消えそうにない。

 コーヒーのいい匂いだけが事務所の中に漂い、私は手元にあった少しぬるくなり始めたコーヒーを啜ると立ち上がった。

「……走ってきますね」


「あ、ああ……」

 イチローさんはそれ以上声をかけてくることはなく、カップに入ったコーヒーをじっと見つめて下を向いてしまう。

 無性にイラッとした私はテーブルへと少し乱暴にカップを置いてから、事務所の入り口にかけられていた私専用のタオルを手に取るとそのまま外へと出た。

 それまで少し薄暗い事務所の中にいたため、視界が一瞬真っ白に……青い空と白い雲、なんだか無性に悲しくなる気持ちを抑えつつ、私はそのまま駆け出す。

 胸の奥にどうしても抱えてしまっているモヤモヤを振り払うために、今は走ることに集中する……それがこの気持ちを振り払うのに必要なことなのだから。

「……がんばろ……」




「……はぁ……」

 深くため息をついたヘラクレスこと高津 一郎は、刺々しく感じたシルバーライトニングの反応に内心動揺を隠しきれていなかった。

 自分が教えたヒーローが活躍すると楽しい、というエスパーダ所長の言葉を信じて彼はシルバーライトニングのメンターとして訓練を担当することになった。

 所長の言葉は正しかった……シルバーライトニングは良い生徒ではなかったが、なんやかんや言いながらもトレーニングは真面目にこなしている。

 彼も自分が教えることを真剣に聞いて実行しようとする雷華に多少なりとも感情移入を始めている……彼女の良き師匠でありたい、と。

 高津には全く下心はない、だが彼女はヒーローである以上に女性であり、自分が他の女性ヒーローからのアプローチをちゃんと躱し己をコントロールしている姿を見せなければいけなかったのかもしれない。

「……どーしたら良いんだろうなあ……」


「あれ? 高津くんなんで事務所に残っているの?」

 ドアを開けて岩瀬が入ってくると、ソファーに座って項垂れている高津を見つけて少し驚いたような声を上げる。

 おずおずと高津は立ったままの岩瀬へと視線を向けると、戸惑ったような顔で彼女を見る……いつもは雷華と一緒にトレーニングしている時間。

 実際に彼の格好はいつものジャージで、トレーニングへと向かうはずだったのは見て取れるからだ……とそこで岩瀬は先日の飲み会で起きた出来事を思い出すと、軽く首を横に振った。

 スパークの行動はとてもではないが褒められるものではないけど、それは事務所の所長同士で話をすれば良いことだ。

 実際にエスパーダ所長は朝からカウント・ファイアフライに出向いており、そこである程度話がつくだろう……任せれば良いだけで本人たちはトレーニングに集中していれば良い。

 岩瀬は高津の普段使っているタオルを入り口近くのハンガーから手に取り、彼へと手渡す……今は雷華をちゃんと育ててほしい、という気持ちを込めて彼へと話しかけた。


「トレーニングしてらっしゃい、雷華ちゃんも少し機嫌が悪いだけよ」


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