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第二四話 目を覚させる決意

「いやいや、女性の好みとかでなくて……僕はエスパーダさんのところでお世話になるからって決めただけだよ」


「最初に声をかけたのはうちじゃないですか……それなのに零細事務所にいくなんてひどいですわ」

 スパークとイチローさんの会話が続いているが、零細事務所……と言うのは聞き捨てならないものの、実際に「クラブ・エスパーダ」は現状の格式としては低い扱いなので、それについては何も言えないな。

 エスパーダ所長もどうでもいいと言わんばかりに会話には入ろうとしていないし、むしろ面倒くさそうなのがきたなーと言わんばかりに遠い目をしている。

 初めて会ったスパークは面倒くさそうな人ではあるものの、実力は確かなのだろう……先ほど手を握りしめた時の力は見た目の細さからは考えられないようなレベルの圧力だったし、これにスキルが加わってくると相当な戦闘能力を発揮するタイプに見える。

「カウント・ファイアフライ」所属だから炎系スキルの所持者だってことを考慮すると、簡単に人を殺せるレベルの実力者だ。

「今からでも遅くないですわ、そこのポンコツよりも私を選んでくださいまし」


「……ポンコツ?!」


「そーよ、貴女のことですわ!」


「ひどい!」


「ひどくない!」

 私が反応するとスパークが何故かこちらへとツカツカと歩み寄ってきて、指を突きつけながら叫ぶが、ポンコツっていうのはひどいと思うので言い返す。

 だがそれに対抗するようにスパークも私を罵ってくるが、彼女の顔が近づくとなんだかフローラルでいい匂いが鼻をつく。

 お互いぐぬぬ……と睨み合いを続けるが、それをみていたエスパーダ所長がやれやれといった表情のまま立ち上がると、私の方にぽんと手を乗せる。

 割って入ってきたエスパーダ所長に視線を向けると彼はそれ以上はだめ、とばかりに黙って首を横に振ったため私はそれ以上スパークと睨み合うのをやめて席に戻った。

「……ふん、ああ言えばこう言うムカつく女ですわ」


「ファイアフライのところにいるスパークさんだよね? 今日はなんでここに?」


「名乗ってなかったですね、私はスパーク……本名は工藤 麻以子と申します、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」


「うちの若いのを揶揄うのはやめてくれないかなあ……ファイアフライとは付き合いも長くてね、お互い尊敬し合っている仲なんだ」


「……言い過ぎたことは謝罪しますわ、でもこちらにも譲れないものがありますの」

 こちらからは見えないけど……スパークの表情が微妙に強張っているのを見ると、エスパーダ所長もかなり怒っているのかもしれない。

 ぶっちゃけエスパーダ所長って本気で怒ることは少ないんだけど、一度だけ本気で怒ったのをみた時は流石に震えたくらい怖かった。

 だが、スパークは気丈にも所長と視線を外そうとしないのでそのまま緊張感で張り詰めた空気が辺りにピリピリと撒き散らされる。

 スパークも若手最強格と言われるだけあって、見た目は綺麗な女性でありながら肝の据わった威圧感を醸し出しており、エスパーダ所長は古豪と言える歴戦のヒーローが持つ迫力を感じさせる。


「……面倒だから一緒に飲みません? 工藤さん確か成人してたよね?」

 だがその緊張を岩瀬さんがあくびをしながら一言でぶち壊したことで、一気に場の威圧感が解消されていく……スパークは何言ってんだこの人と言わんばかりの呆れ顔で岩瀬さんをみており、エスパーダ所長は大きくため息をついてから興味がなくなったとばかりに自分の席へと戻ってコップの中身を飲み始めた。

 イチローさんはじっと二人の様子を見ていたが、仕方ないとばかりに立ち上がるとスパークのそばへと近づき、彼女に何かを呟いた。

 それを見たスパークはぱあっと顔を綻ばせると、少し頬を染めながら彼の腕に自分の手を絡ませる……あれ? 絡めるの? そこで!?

「……所長、ファイアフライさんのところに彼女送っていきますね」


「ああ、頼むよ……あとで僕からも連絡するって伝えてくれ」


「ヘラクレスぅ……早くいきましょ」


「え? あれ? 歓迎……会……?」


「ごめん、送ってくるので……明日は同じ時間にトレーニング開始だからちゃんと寝るんだよ」


「は、はい……?」

 いつものような業務連絡を伝えてくるような口ぶりで、イチローさんとその腕にしなだれかかるスパークは共に居酒屋を出ていく……ポカンとしてそれを見ていた私に岩瀬さんが黙って新しく注文したジョッキを押し付けるが、彼女に視線を向けた私に岩瀬さんは黙って首を振ると「飲むわよ」とだけ囁いた。

 え? つまりそういうこと……? イチローさんとスパーク……工藤さんってそういう関係性とかそういう感じで……恋人にしか見えない感じで腕組んでたしな。

 あれ? なんだか胸の奥がズキッと傷む気がする……何でだろうと片手で胸をそっと押さえるが、そこには心臓の鼓動がいつもと同じように手のひらに伝わる。

 なんだか嫌な気分だ……いつもトレーニングで一緒に走ったり、組み手をしてくれているイチローさんの隣に別の人がいるという現実を見せられ、すごく気分が落ち込んでいく。

「……まあでも、そうだよね……私じゃね……」


「雷華ちゃん、大丈夫?」

 岩瀬さんが心配そうに私の顔を覗き込む……それに気がついた私は慌てて笑顔を作ると、彼女に微笑みかけた。

 そうだ、だってトレーニングを一緒にしてくれて、任務の手伝いをしてくれているだけでイチローさんは、ヘラクレスという若手最強ヒーローとして落ちこぼれてしまった私を鍛えているだけなのだ。

 最近少し近くにいたからって、特別なわけじゃないのに……そう考える私の胸は先ほどまでよりズキズキと痛みを発しているような気がして気分が悪い。

 こういう場合はどうするんだっけ……お父さんとかはお酒を飲んでるとか言ってたけど、私はまだ未成年だから飲めない。

 だけど……私はジョッキの中身を一気にごくごくと飲み干すと、岩瀬さんとちょっと驚いた表情を浮かべる所長に精一杯の笑顔を見せる。

「……大丈夫ですよ! まだお酒飲めないけど……今日はせっかくの歓迎会ですから、たくさん飲みますね!」




「……それでヘラクレスはうち来てくれるんですか?」

 うっとりとした顔でヘラクレスの腕にしなだれかかっていたスパークを、彼は鬱陶しそうな表情で一瞥した後、彼女の肩をぐいと掴んで距離を離す。

 一瞬驚いたような表情を浮かべたスパークは、その行動の意味を理解したのか怒りの表情を浮かべて肩を振るわせると、じっと目の前に立つヒーロー、ヘラクレスの目を見つめた。

 その瞳を見てヘラクレスこと高津 一郎は少し躊躇したような表情を浮かべる……彼は女性にあまり興味がなく、現時点では特定の相手も存在しない。

 そのため女性の扱いにはそれほど慣れているわけではないため、できるだけ女性を遠ざけるように行動していた……スパークと密着した際に思わずクラクラしそうになったのは事実だが、そういう相手じゃないと彼は必死に自分を律して表情を引き締めると、彼女に軽く頭を下げた。

「僕はエスパーダ所長のところから移動することは考えていません、お引き取りください」


「な……ッ! 私は貴方にトレーニングしてほしいって……!」


「今はシルバーライトニングを鍛えることに集中している、はっきり言えば君の行動は迷惑だ」

 想いもかけない高津の言葉に、スパークはわなわなと肩を振るわせる……元々スパークこと工藤麻衣子は非常にプライドの高い人物である。

 ヒーローとして成功を収めつつあり、能力も高く、美貌にも恵まれている……彼女の誘いを断るような男はいない、と自負しているくらいである。

 はっきりとした拒絶は彼女にとっておそらく初めてだっただろう……工藤は押し黙ると、大きく息を吸ってから吐き出し、そして高津を睨みつける。


「……そんなにあの女がいいのであれば……私はヒーロートーナメントであの子を完膚なきまでに叩きのめして、貴方の目を覚させてあげますわ!」

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