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第二三話 だからその手を離して

「「「初ヴィラン撃破おめでとう〜」」」


「アザーっす!」

 全力の返事をしつつ私は目の前に置かれた馬鹿でかいジョッキから、ウーロン茶をグビグビと飲み干していく……それを見て対面に座っているイチローさんは若干引き気味の表情で、その隣に座る岩瀬さんはいつものことのように自らが握るジョッキから同じようにビールを飲んでいく。

 所長はニコニコと微笑みながら陶器製のコップから中身を飲んでいる……今私たち「クラブ・エスパーダ」の面々は早々に事務所を閉めて打ち上げに来ている。

 この居酒屋はヒーロー協会お墨付きのお店で店員や中に入れる人間は全て協会との契約者であり、中にいる私たちだけでなく客すらも全員ヒーローに関わりのある人だけで構成されている。

 それ故に素顔を晒していてもここでは何も言われることもないし、言う権利はない……ヒーローの中には私のように正体を隠さなきゃいけない人も多いので案外需要は多いとのことだ。

 とは言え一応念には念を入れて私もちゃんとスキル使用時の姿でここにいる……服装は普段の格好だけど。

 ジョッキの中が早々に空になった私と岩瀬さんはおかわりを頼むけど……それを見ていたイチローさんは呆れ顔で呟く。

「……未成年のくせにやたら飲みっぷりが堂々としているな……」


「うち親が酒飲みなんすよね〜、オヤジがこんな飲み方だったんで……」


「君絶対に酒飲まない方がいいよ……」

 まあでもこのデカいジョッキの中身はウーロン茶なので、いくら飲んでも問題ない……イチローさんは見落としているけど、本当の酒飲みというのは岩瀬さんのように顔色ひとつ変えずに私と同じペースでジョッキビールを空けている人のことを言うのだ。

 ちなみにそう言う意味でいくとうちのオヤジよりも岩瀬さんは酒豪である……事務所入所直後に歓迎会で見た時には今よりも早いペースで軽々とジョッキを空けていたのだから。

 そんなことを考えつつ、目の前に並んでいる料理に手をつけていると、イチローさんは表情を変えて微笑みながら私へと話しかけてきた。

「いや、でも今日は素直に褒めるべきだな……本当におめでとう」


「なんすか、急に改まって……」


「……いやぶっちゃけて言えば、後始末するつもりで同行したんだけどさ、ちゃんと一人で出来たからね」


「はっはっは、私だってやるときゃやるんですよ……でも強かったな」

 勝ち誇るような台詞の後に、思わずあの時の戦いを思い返してみてそれまでの高揚感が一気に払拭される……正直紙一重の勝利だった気がする。

 思い返してみても判断を一つ誤れば確実に倒されていたのは私だろうし、相手のスキルも凄まじかったし、いつ死んでもおかしくないくらいのギリギリな戦いを演じてしまった。

 あの時の光景を思い返すだけで飛び起きるくらい、あのグリス・エスペスーラと名乗ったヴィランは圧倒的な実力者だった……今はまだヒーロー病院で拘束されてて治療中だそうだが、専用の刑務所に移送されてから彼の取り調べが進むのだという。

 あれだけの植物を操るスキルがレアリティ低いって世の中の基準がおかしい気がする……植物系スキルの所持者でAランク以上の認定者はいない。

 ヒーローですらそんな状況なのだから、ヴィランに身を窶している人間の中にはもっと凄まじい能力を所持した者もいるかもしれない。

 拳をギュっと握りしめた私をみてイチローさんは優しく微笑む。

「……もっと強くならないと、グリス・エスペスーラ以上のヴィランに対処できないからね」


「そうですね……まずはヒーロートーナメントで上位を狙う……それが目標ですね」


「はぁー? 上位を狙う? 何言ってんの加速しか脳の無いポンコツが」

 突然背後から声をかけられて私がそのままの姿勢で硬直したまま声の主へと視線を向けると、そこには一人の女性が立っていた。

 真紅の髪色は炎系スキルの所持者であることを示しており、いわゆるツインテールの形でまとめられているがとてもよく似合っている。

 瞳はオレンジ色の光沢を帯びており、これまた炎系スキル所持者としてはかなり珍しい……勝気そうな表情と非常に整った顔立ちは街を歩けば男性は全て振り向くであろう紛れもない美女。

 体型は非常に細身で少し女性らしいというよりは持久系アスリート見たいな体型ではあるが、今着ている衣服も髪の毛や瞳の色に合わせた暖色系をベースにしており、さらにはとても高価なブランドもののロゴが入ったものがよく似合っている。

「スパーク……」


「あらヘラクレス……お久しぶりね」


「スパークって……カウント・ファイアフライのエースっていう……」


「どうもシル……何ちゃらさん、初めまして私が若手トップのヒーロー、スパークよ」

 スパークと名乗る女性は微笑みながら手を差し出す……ヒーロー事務所「カウント・ファイアフライ」は都内において最も格式の高いヒーロー事務所である。

 炎系スキル所持者のみが所属できるというわけでは無いらしいが、基本的に事務所で活躍しているのは炎系スキル所持者だけだ。

 私が差し出された手を握ろうと手を出した瞬間、いきなりスパークは私の手を握りしめると、ギリギリと凄まじい力を込めた上に私の顔を見て殺気丸出しの表情を浮かべる。

「ど、どう……え? いたた……ちょ、ちょっと……」


「何この握力ぅ? これじゃヘラクレスの指導も意味ないんじゃないの?」


「……やめなさい麻衣子君」


「ねぇ……ヘラクレスはなんでこんなの相手しているの?」

 ミシミシミシという音を立てて思い切り手を握ってくるスパークを止めるように、イチローさんが彼女を引き剥がそうと手をかけた瞬間、いきなり私の手を振り解くと彼女は彼へと微笑みかける。

 だがイチローさんは少し嫌そうな表情を浮かべるとスパークを引き剥がそうと彼女の肩を掴んで少し荒っぽく距離を取るが、そんな彼に不満があるのか頬を膨らませて抗議を表すようにムッとした表情を浮かべた。

 知り合いなのか? 私がまだジンジンと痛む手を何度か振って感触を確かめているとスパークは私をみて、勝ち誇るような表情で笑うと、イチローさんの手を取ってそっと握りしめる。

 それはまるで恋する乙女のように少し恥じらうようなそれでいて色っぽい仕草を見せながら、スパークはイチローさんへと話しかける。

「私貴方に教えてもらうのが夢で……ずっとラブコールを送ってたじゃないですか」


「僕は君に教えることなんかないって言ったろ、早く手を離してくれ」


「いやですわ、私ヘラクレスにちゃんと教えてもらいたいのに……その、私生活も含めて全部……キャッ♡」

 スパークはまるでイヤイヤするような仕草を見せるが、イチローさんはめちゃくちゃ嫌そうな表情で否定を続ける。

 先ほどまで殺気丸出しで私の手を握っていた人と同一人物とは思えないな……呆然とした表情で彼女をみていると、スパークは私の視線に気がついたのかこちらをみた後、まるで私の体型を確認するかのように上下に視線を動かす。

 自慢じゃないけど……実は私の体型はかなりグラマラスというか、出るとこでて引っ込んでるところは引っ込んでいるメリハリのついた体型だ。

 高校時代のデリカシーのない教師から『グラドルにはなれるよ』と言われたのを今でも覚えてる……あの視線は嫌だった。

 対してスパークの体型はアスリート体型……細くてしっかりと鍛えられているといえば聞こえはいいが、女性的な体型ではない。

 その差を感じ取ったのかスパークは私を指さすと、ヘラクレスもといイチローさんへと急に問いかけ始める。


「……も、もしかして……ヘラクレスはああいう女が好みなの? だとしたら幻滅なんだけど……」


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