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第二二話 ファータとオグル

 ——キイイッ……と少し立て付けの悪い音を立てながら開いた扉の先には、薄暗い部屋が広がっていた。


「……ど、どうも……失礼します……」

 薄暗い部屋の中へと入るとその男性は不安そうな表情を浮かべて部屋の中をキョロキョロと見回す……血色の悪い肌、痩せた頬に細い肉体。

 昭和の苦学生のようにすら見えるその若い男性は、背負ったスポーツ用のリュックサックのジッパーを開けると、中から赤黒い何かで薄汚れたタオルを取り出すと、頬に滴る汗を無造作に拭う。

 男は三十代前半くらいに見える風貌ながら、裏社会に属しているものとは思えないほど気弱そうな表情を浮かべており、虫か何かが徘徊する音を聞いてびくりと大きく身を震わせている。

 だが異様なほど目は爛々と輝いており、薄暗い部屋の中でぼんやりとした光が当たるたびに瞳は金色の光沢を帯びているのがわかる。

「おんやー? 来客だねえ……どうぞどうぞ、そこ座ってよ」


「うひぃいいッ! だ、だれ?!」

 何もない空間からいきなり声をかけられた男性は大きく飛び上がるような仕草を見せるが、声をかけてきた張本人は姿を見せようとしない。

 軽く震えながら男性は辺りを注意深くみながら無造作に置かれた椅子へと腰を下ろすが、ふと何気なく部屋の片隅を見た彼の目にぼんやりと光を放つ何かが姿を見せたことで、飛び上がるように思い切り立ち上がって椅子の背に身を隠す。

 男性は小心者として知られ普段の生活でも周囲が呆れるほど臆病で慎重な性格をしていた……奇妙な目の色を揶揄されることがあったが、彼は「幼少期に珍しくもないスキルが出まして……」と言い訳を続けてきていた。

 だが……終えたような表情とは裏腹にその金色の瞳にはどこか凶暴で、凶悪な鈍い悪意を感じさせる異様な雰囲気があり、友人たちは極端に少なかった。

「おやおやー? 戦闘系ヴィランでも有数の君があーし見てビビってんのぉ?」


「お、お化け……ッ?! やだ怖い!! お母さんッ!」


「マザコンかよ……って、その金色お目目をひん剥いてこの可憐な美少女をよく見ろし」

 ぼんやりとした光が収まるとそこにはテーブルに腰を下ろした一人の少女が腰を下ろしているのが見えた……歳の頃は一〇代前半、いやそれよりも幼く見えるだろうか?

 非常に小さな体をしており、ぱっと見は幼女のようにすら見える……男性が異様だなと思ったのはその背に蛾のような大きな羽が一対生えていることだった。

 まるでその姿は伝承にある妖精のように妖しくも美しく感じるものだったが、さらに奇妙なのは彼女の額には触角のような器官が伸びていることだろうか?

 人間のようで人間にはとても見えない……だが姿や息遣いは人間のそれであることから、男性は大きく息を吐いてからもう一度椅子へと座り直す。

「なんだスキル持ちですが……脅かさないでくださいよ……で、貴女の名前を聞いていいですか?」


「あーしの名前はファータだよ、ファーちゃんって呼んでね、そこんとこよろしくぅ♡」


「ファータ? ファータ?!」

 幼い外見ながらまるでアイドルのような可憐さを感じるポーズを見せてファータと名乗る少女は微笑むが……男性はその名前を聞いて、目の前の少女が凶悪なヴィラン「ファータ」であることに驚きを隠せない。

 ヴィラン「ファータ」は海外でも有名なヴィラン組織の一員であり、何年も前から国際ヒーロー同盟が危険すぎるために指名手配していると言われる大物ヴィランである。

 妖精のような外見に見合わずその持ちえたスキルは凶悪であり、不思議な鱗粉を撒き散らすことでさながら生物兵器のような効果をもたらすと言われる存在である。

 欧州で活動していた時期には一つの都市を丸ごと行動不能に追いやったとまで言われており、その際に発生した銀行強盗などにより一夜にして数十億ユーロの大損害を発生させ、一時的なユーロ暴落の原因を作ったとさえ言われている。

「そだよー、にひひ」


「……日本語喋れるんですね」


「そらぁ、あーしはどこでも活動できるデキる女を目指しているからね? それはそうとその姿は本物なの?」


「……はい?」


「よわっちそーに見えてその目はギラギラと輝いている……さすがオグル君ってところ?」

 オグルと呼ばれた男性の目が一瞬だけ殺気を帯びる……だが、その殺気をすぐに収めるとオグルは気弱そうな表情で弱々しく微笑むと、再び不安そうに辺りを気にしている。

 ヴィラン「オグル」はやはりファータと同じように国際機関からマークされている凶悪なヴィランの一人である……だが記録にあるその姿は今の気弱そうな男性のそれではなく、巨大な肉体と筋肉質の体を持つ二本角をもった鬼の姿である。

 ヴィランとしては珍しくオグルは変化型のスキルを所有しており、戦闘能力を解放するまでは通常の人間とまるで変わらない姿をしている。

 そのため本性を表して戦う時以外との落差が激しく、彼はほぼ完璧な擬態に成功していて難なく日本へと入り込んでいた。

 空港の警備を担当したヒーローもまさか目の前に立っていたこの細身で不健康そうな若者が凶悪なヴィランなどとは夢にも思わなかっただろう。

 だが……戦闘能力は折り紙付きであり、ロシアで起きた地域紛争においてオグルは戦車を素手で破壊し、攻撃ヘリの攻撃を難なく回避し、挙げ句の果てには木材を投げつけて撃墜するというとてもではないが、異常な戦闘能力を見せつけていた。

「ファ……ファータさんも呼ばれたんですか?」


「そだよー、あーしに仕事に依頼が来てね……いやー、プライベートジェット様様だね」


「プライベートジェット? ずいぶん高待遇ですね……」


「……だってその見た目じゃない、普通に空港に行ったら即逮捕よ?」

 いきなり暗闇の中へと青い炎が巻き起こるとそこへ美しい姿をした妙齢の女性が姿を表す……美しい黒髪と肉感的なプロポーションを持った美女、ヴィラン「ペルペートゥオ」がどうやったのかはわからないが、突然その場に出現した。

 二人は入り口には気を払っていたものの、部屋の中へと直接人間が出現するとは思っていなかったのだろう……突然の乱入者の前に二人のヴィランは思わず驚いて彼女から距離を取るが、ペルペートゥオはそんな二人に構わずににっこりと微笑むと近くにあった椅子を引いてすとんと腰を下ろす。

「ペルペートゥオよ、よろしくね……雇い主の依頼で二人を呼んだわ」


「ペルペートゥオ? あんたが?」


「へー、マジすげーじゃん……ねね、どうやったの? ボワッ!しゅぱーみたいな?」


「そうねえ……企業秘密なんだけど、これは魔法よ」

 ペルペートゥオの返答にオグルは警戒しつつ沈黙で答え、興奮していたファータは種明かしをされないと理解して少し膨れっ面で近くにあった机を軽く蹴る。

 だがペルペートゥオからすると彼女のスキルをきちんと説明することは難しい……他者から見ればこのスキルはれっきとした魔法でしかないのだから。

 そんな二人の前に何かが書かれた紙を一枚ずつ差し出すと、彼女は妖艶な微笑みを浮かべて笑った……オグルもファータも数々の修羅場を潜り抜けた歴戦のヴィランである。

 並大抵のことでは驚きもしなければ、恐怖すら覚えない……だが、ペルペートゥオの笑みに隠された恐るべき威圧感は大物ヴィラン二人に強い衝撃を与える。

 もし貸したら二人がかりで戦っても目の前の美女に勝てないのではないか? そう思わせる強い迫力が彼女の微笑みには浮かんでいる。

 少しの間をおいて二人が黙って紙を手に取ると、ペルペートゥオはにっこりと大輪の花のような美しい笑顔を浮かべて話しかけた。


「よろしい……日本における活動において我が組織と契約を結んでいただくわ……報酬もたっぷりと払うわ……そして我々の目標はヒーロートーナメントの襲撃と、ヒーロー抹殺よ」



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