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『いやー、アレほど失敗続きの彼女がねえ……明日天災でも起きるんじゃありませんか? はっはっは』
「あのとかアレってなんだゴルァ!!!」
思わず感情的になって事務所設置のテレビにコーヒーカップを投げつけそうになった私だが、既の所でその腕をイチローさんに掴まれて、ハッと我にかえる。
いやいや、少し感情的になっただけですから……とひきつる笑顔でイチローさんに向き直るが、その顔を見た彼は流石に哀れだと思ったのか私へと少しトーンを落とした声で話しかけてきた。
「……あの、ごめん……怒るのは仕方ないけど……このテレビ事務所のだし……」
「そ、そうですよね……すいません少しカッとなりました……」
「まあ、ちょっと失礼なのは僕もそう思うよ」
失礼すぎるだろ……確かにランキング下から数えた方が早い私とはいえ、いくらなんでも雑すぎる扱いだし、第一天災が起きるとか不謹慎極まりねーだろ!
手に持った金属製のカップを握りしめるとメリメリメリッ! とまるで紙コップを潰すかのようにぐしゃぐしゃに歪んでいくが、それを見ていた岩瀬さんが『……給料から引いておきますね』と満面の笑みでつぶやいている。
確かこのカップはヒーロー向けの特殊な金属で、パワーをコントロールするのが難しいヒーローでも安心して使える、と言う触れ込みの商品だったかな。
確かお値段数万円……って私の給料から引かれたら来月の生活が厳しくなってしまう。
「……ぶ、分割は……ら、来月ちょっと厳しくて……」
「冗談ですよ、所長の給料から抜いておきます」
「よ、よかった……す、すいません……」
私は岩瀬さんに頭を下げるとテーブルの上にカップを置くが、もうすでにカップというよりは残骸にしか見えないそれをイチローさんはため息とともにつかむとゴミ箱へと放り込む。
しかし……昨日の今日、メディアはどうやってあの事件のことを調べたんだ? 確か人払いをしていたと思うんだけど。
逆にそれで嗅ぎつけた連中もいたのだろうか? すると人払いってのはあんまり効果がないかもなあ……とメディアで紹介されていた事件の映像を見ていると、外出していたエスパーダ所長が扉を開けて入ってきた。
「……ただいまー……ってあれ? なんでみんなそんな微妙な顔を……」
「お帰りなさい……メディアの放送で……」
「ああ……どうもメディアに情報を流している連中がいるようなんだよ、すまないね」
エスパーダ所長は少し苦々しい表情を浮かべると、メディアで流れている映像へと視線を向ける……ヒーロー協会の一部がヴィランと癒着しているのではないか? というニュースが数年前に流れたことがある。
というのも逮捕されたり、制圧されたヴィランは基本的に下っ端、というか組織に繋がる情報をほとんど持っていないものが多い。
末端が切り捨てられているという感じだろうか? 犯罪組織などでもよくあるパターンだと言われているが、とにかく数年経過してもヴィラン組織の全貌というか、有効な情報が協会側に入っていない。
結果的にヒーローの活動は対症療法的なものに終始しており、海外でも名の知られた大物ヴィランが国内に潜伏しているという情報が入っても捕縛に至ったケースはゼロなのだ。
それと同じようにメディアにも情報が流れており、協会のミスやヒーローの失態はどんなに秘匿されていたとしてもメディアで流されてしまう。
「……昨晩の事件は少し騒ぎになったのは確かなんだけど……一般人は誰もいなかったはずなんだ」
「そうですね、僕が捕縛したマフィアの構成員は全て裏社会の人間です」
「どうもきな臭いよなあ……あ、綾ちゃん飲み物をお願いできるかな」
「はい、お待ちください」
エスパーダ所長はため息をつくと、岩瀬さんへとお茶を入れてくれるように頼んでから椅子にどかっと腰を下ろした。
こんな小さな事務所の所長ではあるが、過去かなりの偉業を達成した現役ヒーローである故に協会の上層部との交渉ごとなどが多く発生しているらしい。
岩瀬さんが淹れたお茶を所長の机にそっと置くと、彼は「ありがとう」とお礼を言った後、軽く啜ってからもう一度大きくため息をついた。
そんな所長を見てイチローさんが何かを感じたらしく、不思議そうな表情を浮かべて彼へと話しかける。
「……何かありました?」
「うん……ここだけの話にして欲しいんだけど……」
「はい」
「どうやら海外で指名手配されてた大物ヴィランが日本に来てるらしいんだよね……しかも見つけられなくて困っているって」
所長は困った表情のまま両肩をすくめるが、海外で大物ヴィランと呼ばれる存在は数人しかいない……その全てが強力すぎるスキルを所持しており、中には中東などでテロ活動に従事するものもいたりして、軍隊でも抑えることが難しいほどの強さを誇る。
例えば個体名「ウラカーン」……破壊の権化とも言える凶悪なヴィランで、暴風を操り全て根こそぎ破壊する恐ろしい存在だ。
彼は中東でテロ組織に強力し、幾つもの残忍な事件を巻き起こしているが全世界のヒーロー協会が協力して手配をかけているが一向に捕まる気配がない。
近年では頻発しているハリケーンの被害の大半がウラカーンによるものじゃないかと真面目に議論されてたりする。
「すると動員がかかる感じですかね」
「ヒーロートーナメントが近いからね、参加しないヒーローによる警備は強化するんじゃないかな……」
「え? そんな時期なのにトーナメントやるんですか?」
私が素っ頓狂な声をあげると所長は苦々しい表情で黙って頷く……本音としてはこんな状況で見せ物をやってどうする、という気分ではあるのだろうが。
トーナメント自体が代理店やイベント業者、ついでに建築関係の業界にとっても大型案件になっているため、毎年同じ時期に事業として行われている。
大きなお金が動き、大小様々な企業や事業者にとって大きな利益を生む金の卵となっている、というのは先週販売されていた週刊誌に載ってた時期だ。
それ故にヒーロー協会も大きな収益を得ることになるためそう簡単に中止はしないだろう、と書かれていたけど……本当にヤバそうな情報が入ってきても誰も止めるものがいなかったようだ。
「……本当に平和ボケしているというか……ヘラクレスいるからいいでしょって言われた……」
「ええ……?」
「……あのじーさん達のいいそうな言葉ですね」
バキバキバキッ! という音とともにイチローさんが握ってたカップがぐしゃぐしゃに潰れる……あれも確か一個数万円の特製カップだった気が、と私が目を丸くしていると岩瀬さんが小声で「これは経費じゃありません」とつぶやいていた。
イチローさんもヒーロー協会の上層部にはあったことあるんだろうな……私みたいな木端ヒーローじゃ協会の人って会おうともしないけど、イチローさん若手最強だし。
それ故に彼自身もあまり協会の上層部の人間にはいい印象がなかったようで、少し怖い顔をしている……いつも優しげに微笑んでいる彼の印象からすると、恐ろしく威圧感があり彼自身も相当に上の人嫌いなのがわかった。
だがイチローさんはそんな言葉や私の視線には気が付かなかったようにため息をつくと、私へと視線を向けてから少し真面目な顔で話しかけてきた。
「……雷華ちゃん、少し予定を繰り上げて戦闘訓練を増やすね、理由はわかると思うけど……目標は優勝なんで」