「ここでお前を倒して逃げ切ってやるぜッ!」
「……はは……ッ、すっげ……」
グリス・エスペスーラと名乗るヴィランが吠えるのと同時に、彼が使役する植物が荒ぶる蛇のように私を威嚇しているような動きを見せる。
ゴオオオオッ! と植物が吠える……ここまで来ると食人植物と言ってもいいくらいの凶暴な外見となっており、下手に巻き付かれたりすると即死しかねない。
ほとんど大蛇が暴れているようにしか見えないのはヴィランの持つスキルのレアリティが高いためだろう……普通植物系のスキルってもう少しおとなしいイメージがあるからだ。
私が知っている植物系のスキルって、育成を早くするとか素早く枯らす……これは生命力を転換しているという話だったが、そんなスキルが多い。
なのでおとなしいというか平和なイメージのあるスキルにおいて、今彼は恐ろしいまでに攻撃的な運用に成功している。
そしてそのスキルを使いこなすイメージにおいてグリス・エスペスーラはかなりの実力に達していると言っても良い。
『スキルそのものは効果でしかなく、それを使いこなすのは強いイメージと想像力だ』
嘗てヒーロー協会を設立する際に、始まりの英雄と呼ばれたヒーロー「ビッグ・ディッパー」はそうスキル所持者たちへと伝えたという。
彼の所持スキル『ビッグ・ディッパー』はいまだに謎に包まれたスキルで、その効果は非常に説明が難しいらしく、さまざまな研究書物で語られている。
それはさておき……ビッグ・ディッパーの言葉はあらゆるヒーローにとってスキルをどう使うか? に関しての問いかけとなり、誰もがその言葉を体現するために日夜努力を積み重ねている。
結果的にスキルが発現しただけで専用のトレーニングと、ちょっとの試行錯誤がスキルの可能性を何万倍にも広げてくれるのだという彼の言葉にはいろいろな思いが込められているようにも感じるのだ。
それ故に……スキルは行使のイメージをどれだけ強く持てるのかが重要だとされている、私に対してエスパーダ所長やイチローさんが口を酸っぱくしてどう使うかについて話すのはそういうことなんだろう。
「……いくぞシルバーライトニングッ!!!」
「……きなさいッ! グリス・エスペスーラッ!」
その言葉と同時に私は超加速で一気に間合いを詰める……それを予測していたのかグリス・エスペスーラは二つある植物の一つを使って進路を塞ごうとするが、一瞬だけ私の突進が早くギリギリの位置で私はヴィランの懐に入り込んだ。
腰だめに構えた右拳を握り込むとそのまま相手の腹部に向かって拳を突き出す……ドンッ! という鈍い音と共に炸裂したパンチがグリス・エスペスーラに突き刺さる。
だが、その拳はギリギリで防御姿勢をとったヴィランの腕に阻まれる……ミシミシッ! と骨が軋むような音と手応えが私に伝わるが、私はお構いなくそのまま連続でグリス・エスペスーラへと拳を叩きつける。
ドゴッ! ガスッ! バキイッ! という鈍い音と共に防御姿勢をとったままのヴィランへと容赦無く拳を叩きつけ、最後に右拳を振り抜くが、グリス・エスペスーラはなんとかその連続攻撃を耐え忍ぶと顔を顰めつつも前蹴りを繰り出す。
「ちく……しょうッ!」
「まだまだぁ……ッ!」
拳を振り抜いた姿勢のままだった私はその蹴りをまともに受けてしまい、大きく後方へと跳ね飛ばされる……相手は強いというよりは必死というべきだろうか?
グリス・エスペスーラの表情にもそれほど余裕があるわけじゃない……だが、それ故に窮鼠猫を噛むという言葉がある通り、生き残るために必死な相手は何をしてくるのかわからない。
私は地面へと着地すると再び前へと出る……接近戦に持ち込まなければ、勝機がないと自分で痛いほどわかっているからだ。
私は意識を集中させていく……一撃、一撃叩き込むためにはそれ以上の速度で一気に加速させる必要がある……集中力が増すに従って、全ての時間がゆっくりと進んでいるような感覚。
今なら……ッ! スキルを使って直線的に文字通り跳ぶ……私に備わったスキルはシルバーライトニング、たった一秒間だけ超加速できる使い勝手の悪いスキル。
だがこのスキルこそが私という存在を表す唯一の光明……全身に銀色に光る電流を漲らせながら私はまさに稲妻の如き雷鳴と共に一気に加速した。
「……早い……ッ!」
「おおおおおッ!」
グリス・エスペスーラは防御のための壁状の藪を出現させようとしたみたいだが、その行動よりも早く渾身の一撃がヴィランの顔面へと叩きつけられる。
手応えあり! そのままの勢いで大きく宙を舞うヴィランがスローモーションのように見える……たった一秒の加速でありながら今一瞬だけ今まで以上の速度で加速できた気がする。
全ての時が止まったかのような感覚……だがその感覚はほんの一瞬だけで、私は拳を振り抜いたままのポーズでその場に膝をついた。
心臓がバクバクと動いている……恐ろしいまでの疲労感が全身を包み、足の筋肉がひどく痙攣しているような気がして立っていられない。
まともに息ができない……視界が徐々に狭まって苦しさを感じる。
何度も息を吐こうとするが、うまく肺が動いていないような感覚があって、必死に咳き込むとようやく酸素を取り込めたのか、ようやく強い息苦しさが解消される。
「はあっ……はあっ……」
グリス・エスペスーラは……地面に倒れたまま動いていない、先ほどまで活発に蠢いていた植物も一瞬にして枯れて崩れ落ちていく。
殺してはいないだろう……と思うインパクトの瞬間にほんの少しだけ拳を緩めたから、気絶程度で済んでいるのだと思う。
よく見ると私が着ているスーツのあちこちに気が付いていなかったがいくつかの打撃跡がついているのが見えた。
ギリギリだな……擦り傷もたくさんついているし、この専用スーツがなければ体に切り傷とか、一杯ついていたかもしれない。
はあっ……と息を大きく吐くと、その場に崩れ落ちるようにぺたんと腰を下ろした私は、インカムに話しかける。
「イチローさん? ヴィラン制圧しましたよ……」
『……そっかお疲れ、こっちも逃げ出してたマフィアは全部取り押さえてあるよ』
全然反応ないなー、と思ってたらそんなことしてたのか……ただ私がマフィアに構う暇が全然なかったからな、こういう時にはバディとなるヒーローがいるのは助かるのだ。
ヒーローによってはコンビやチームを組んで動いているものがいるが……そういうのも考えたらいいのかな? とか悩んでた時期が懐かしい。
個人的に……イチローさんは一緒に動きやすいかもしれない、あまりとやかく言われないしフォローの仕方も最小限で動きやすい。
トレーニングが苛烈なのはちょっと考えものだけどね……それでもさっきスキルの限界を突破できたように感じたのはそのトレーニングのおかげかもしれないのだ。
「……ありがとうございます」
『ヴィランを制圧したのは君の実力だろ……自信になったかい?』
イチローさんの言葉で私はシルバーライトニングとして、初めてヴィランを完全制圧することに成功したのだ、という実感を覚えた。
胸の奥から何か込み上げてくる気がする……熱い何か、目頭もじんわりと風景が歪んでいるような気がして私は咄嗟に手で顔を覆うとしばらくの間その場でじっと座り込む。
沈黙の時間が流れ、私は少し気分が落ち着いたところで一度ため息をつくとインカムに向かって話しかけた。
「少しだけ……自信ついたかもしれません……本当にありがとうございます……」