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第一八話 港湾施設の戦い 〇三

「……作業を止めろ」


「は? どうしたんだ? もうすぐ作業は終わるぞ?」

 グリス・エスペスーラの突然の声に荷物を運び入れていた大柄な男たちは一斉に不満げな表情を浮かべる……港湾施設の作業服に身を包んでいるが、彼らの風貌は明らかに裏社会に生きるもののそれであり、捲り上げた裾からは派手なタトゥーなども覗いていて明らかに一般人のそれとはかけ離れている。

 ならず者といっても良いかもしれない……少なくとも陽の下を大手を振って歩けるようなものたちではなく、裏社会のマフィアたちは彼らのような人間を雇い入れてうまく仕事に利用しているのだ。

 なお、彼らからするとヴィラン組織より送り込まれてきたグリス・エスペスーラは外様ではあるが、裏社会の人間ほどヴィランという存在の恐ろしさを理解している者たちはいない。

「……視覚に影が写った、ピントが合う前だったので姿はちゃんと捉えられていないが、誰か侵入者がいるようだ」


「……そりゃまずいな、警察か?」


「いや、警察であれば周囲に張り巡らせた俺の植物に気づくはずがない、だから警察じゃないな」


「ならヒーローか……まずいな」

 ヴィランという存在が認知される前、マフィアとヴィランが抗争を起こしたことがあるのだが、その時はヴィランの圧倒的戦闘能力の前に完全武装していたマフィアが全滅させられるという事件が起きている。

 それ以来マフィアとヴィランの間では可能な限り抗争を起こさないという不文律が生まれている……ヴィラン側としても活動資金の援助や、相互に協力し合える相手としてのマフィアを評価し運命共同体として活用しようという認識を持っているからだ。

 マフィアの格によっても雇い入れるヴィランの質が変わるが、これはそもそもの資金力にかなりの差があるからだ……ヒーローが国家機関による報酬で動くのと同じように、ヴィランもまたマフィアや裏社会と繋がる企業体の報酬によって行動する。

 彼らはそれまで進めていた作業の手を休めると、少し考えるような仕草を見せるグリス・エスペスーラの様子を見守る。

「……侵入者だ、移動速度から考えてヒーローに違いない、もうすぐ来るぞ」


「聞いたか? すぐに作業をやめてずらかるぞ!!」


「「「「応っ!!!」」」」


「急げ、速度が異常に速い……移動系の……ッ!」

 グリス・エスペスーラの言葉が終わるか終わらないかという瞬間……ドンッ! という金属製のコンテナを蹴る音が響く。

 上空より月光に照らされた銀色の光が舞い降りると、地面にズドンッ! という凄まじい音を立てて着地したものがいた。

 月光に煌めく銀色の髪、そして赤くぼんやりと光る瞳……美しい顔立ちとそのスタイルの良さを際立たせるような体にピッタリとフィットした光沢のあるスーツ。

 そしてその体の表面を走る銀色の電流が、バチバチッ! という音を立てて弾ける……その姿はまるで月光に照らされた雷神のようにすら感じる。

 裏社会に生きる彼らでもその姿は知っている……メディアでは散々にこき下ろされ、ネットでも笑い物にされながらもヒーロー活動を続けている女性ヒーロー。

「……作業止めてくだーい! そしてその場に伏せて大人しくしてくださいね!」


「……シルバーライトニングだと?!」


「……こいつ一人……? まじかよ」

 一瞬だがマフィア達はどうするか迷った……メディアが喧伝するようなポンコツヒーローであるならば、この場に彼女一人が現れたところでどうにかなるかもしれないと頭の片隅に考えがよぎったからだ。

 だが実際にメディアで面白おかしく紹介されている姿と、目の前に立ったシルバーライトニングの実物そのものでは印象がまるで違う。

 他を圧倒するような威圧感……美しい銀色の髪と、鈍く輝く赤い瞳に見つめられると心臓が凍りそうなほどの恐怖を感じる。

 ヒーローやヴィランという存在がいかに恐ろしいものなのかを……特にマフィアとして長く生きている古参の人間は心の底から強く感じ取った。

 いくらポンコツだとか、落ちこぼれと称されていてもヒーローはヒーローなのだ。

「……皆さんには抵抗してほしくありませんので、大人しく地面に伏せてください、そうすればブン殴ったりしませんよ」


「……こいつ……!」


「おい、やっちまおうぜ」


「……おい、待て……ッ」

 マフィア達の一部……まだ若い連中は古参のマフィアほどヒーローの恐怖を骨身に染みて感じているわけではなく、恐怖よりもまだ若い女性であるシルバーライトニングを見て対処可能だと考えたのだ。

 彼らは懐より警棒やナイフなどの武器を取り出すと身構えようとしてほんの少しだけ腰を落とした……次の瞬間、シルバーライトニングの姿がバリイッ! という弾ける音と共に消え去る。

 そしてその姿は最も危険な武器である拳銃……これは旧東側諸国で生産され安価で壊れやすいと評判の自動拳銃オートマチックだったが、それを持ったマフィアの前にいきなり出現する。

 シルバーライトニングの代名詞である超加速……たった一秒間だけではあるが凄まじい加速により、一般人の目には瞬間移動をしているようにすら見えるスキルである。

「な……っ!」


「拳銃はいけませーん!」

 少し魔の抜けた声と共にシルバーライトニングの拳が拳銃を持ったマフィアの腹部に突き刺さる……ズドンッ! という鈍い音と共に彼の体は大きく九の字に曲がると、悶絶したマフィアは手に持っていた拳銃を取り落とす。

 地面に落ちるよりも早く拳銃を蹴り飛ばしたシルバーライトニングはそのままその隣に立っていたマフィアの手首に少し手加減気味の手刀を叩きつける。

 鋭い痛みと共にもう一人のマフィアの手から大型のハンティングナイフが宙に舞い、さらにそのナイフへと彼女は拳を軽く叩きつけると、ナイフは凄まじい勢いで宙を飛び、別のマフィアの顔を掠めて背後にあったコンテナへと突き刺さった。

「……うがっ……」


「はーい、大人しくしてくださいねー、痛いのは嫌でしょ?」


「……お前らヒーローには勝てねえ……武器を捨てろ……!」


「ぐ……」

 武器を手に持っていたマフィア達は古参マフィアの言葉に一斉に押し黙る……ヒーローの強さは今目の前で起きた出来事で全員が理解した。

 いくらポンコツだと揶揄されても、ランキング下位に沈んでいるとはいえ、シルバーライトニングというSSRエスエスアール級のヒーローは他を圧倒する戦闘能力を有しているのだ。

 絶対に敵わない、生物としての頂点に君臨するスキル発現者、現代における異能をもつヒーローの凄まじさを間近に見せつけられたマフィア達は自信をなくしたように表情を変えていく。

 それがわかる故に諦めて彼らは武器を地面へとゆっくりと下していったその瞬間、いきなりシルバーライトニングの足元から凄まじい勢いで人間の足くらいの太さを持った植物が生えていき彼女を飲み込んでいく。

「……な……っ!」


「……急いで撤収だ、急げ長くは持たない」

 ヒーローを飲み込んだ植物は恐ろしい勢いでその場で畝って身を捩るような動きを見せ、中に取り込んだシルバーライトニングを閉じ込めて見せた。

 そしてマフィア達へと普段とあまり変わらないような声でグリス・エスペスーラが号令をかける……その声に反応したマフィア達はお互いの顔を見合わせて頷くと、慌てて地面へと落とした武器はそのまま走り出す。

 シルバーライトニングは超加速系のスキルを使うため、走って逃げ切れるかどうかはわからない……だが、少なくともヴィランが足止めをするのであれば、逃げ切れる可能性が高くなる。

 ここまで来ている足……つまり車にさえ逃げ込めれば! 彼らは一心不乱に走り出すがそれを横目に見ながらグリス・エスペスーラは目の前で今まさに引きちぎられていく植物を見ながら自重気味に呟く。


「……くそ……こいつは最低だ……シルバーライトニングの超加速は俺の目では見えなかった……だがやるしかねえッ!」



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