「……施設内に侵入しました」
『了解、見つからないようにね』
私の報告を受けたイチローさんの声がインカムから響く……港湾地帯は区画自体が大きく隔離されており、入るためには数箇所ある入り口から入場する必要がある。
入場に際しては許可証とかが必要らしく当たり前だけど、港湾施設側に裏社会と繋がっている人間がいた場合私たちが
そのため違法行為に近いのだけどフェンスを乗り越えて潜入している……これも無事取引現場尾を押さえて仕舞えば問題になることはないし、今回の依頼が国家機関ということもあって多少の無茶ももみ消してくれるだろう。
銀色の髪は月光に照らされて鈍く光っている……普段の黒髪だと目立たないんだけど、その場合はスキル自体も使用するのに影響が出てしまうし、そもそも身バレしちゃうからな。
「……誰もいませんように……っと」
ゆっくりと施設に続くドアを開けていくが、少し立て付けの悪いドアはキイイイッ……という鈍い音を立てて開いていく。
運よくドアの近くには誰もいなかったようだ、私は音を立てないように息を殺してゆっくりと施設の中へと体を忍び込ませる。
灯りがついていないのは防犯的にはよろしくないけど、秘密の取引なんかには役立つよね……ヒーローとして限界まで鋭敏化した感覚、視覚も強化されているためこの程度の明るさでは問題なく部屋の中の様子は見て取れる。
少し埃っぽい感じがするけど昼間はちゃんとした目的で使われているのだろう……汗の残り香みたいな据えた匂いがほんの少しだけ残っている。
「入りました……この場所には誰もいませんね」
『……こちらも潜入完了……人の気配はないね』
この辺りの施設は複数の建物とコンテナによって構成されていて、迷路みたいになってるんだよね……クレーンとかもあるけど夜なんで動いていないしな。
ただ夜とはいえライトは各所で点灯しており、その場所を避けて移動する必要はあるだろう……誰もいないのだからと建物の中で立ち上がると、私は近くに設置されたモニターの前に立つ。
いくつかのモニターは夜とはいえ点けっぱなしになっており、各所に設置された監視カメラの映像が映し出されている。
画素数が低いのか少し映像が荒めなんだけど、この程度でも十分に使えるという判断なんだろう。
「監視カメラは全部生きてますね」
『何か写ってるかい?』
「……そうですね……画像が悪くてちょっとわかりにくいんですけど……モニターの一つに人が集まっているようなのが写ってますね」
『場所は?』
「ええと……西の六ってテープが貼ってあります」
西の六……私がいる場所からだとコンテナ地帯を抜けていく場所か、比較的近い場所のようだ。
付近の地図は頭に入っているけど、どう移動するかを少し悩む……地面を進むと警備の人間に見つかっちゃう気がするので、コンテナの上を歩いた方が良さそうだな。
私は移動経路を考えた後、最初に入ってきたドアではなく西側に向けて設置されているドアをゆっくりと開けていく。
月の光が差し込む場所だが、周囲に人の気配はない……音を立てないように外へ出ると私は手すりの上からコンテナへと跳躍する。
一息に飛んでコンテナの上に着地するが、思ったより大きなドン、という音を立ててしまい思わず身を固くするが……二〇秒ほど息を殺して着地したままの姿勢で動かずに待ってみるが、誰も近寄ってくる気配はない。
本当にこの辺りには人がいなかったのか……よかった……その場からゆっくりと身をかがめながらその場を移動していく。
「……危ない危ない……音を立てないように移動しないと……」
『……気をつけてくれよ?』
「はいはい、私よりイチローさん気をつけてくださいよ」
インカムは入れっぱなしなので独り言も聞こえるんだよな……そんなことを考えつつコンテナの上を進んでいくと、西側の地区へと進むにつれて奇妙な光景が広がっているのが見える。
港湾地帯であるにもかかわらずまるでそこに草原が広がっているかのように、草むらが点在しているのだ……しかも風も強くないのに揺れているのが見える。
コンテナの間には藪のように蔦や木が絡みついており、まるでそこから先へと入るなと言わんばかりの光景なのだ。
明らかに異常すぎる……私は足を止めてインカムに話しかけてイチローさんの指示を仰ぐことにした、これは下手に動くと相手に見つかる可能性が高い。
「い、イチローさん……異常な光景が広がって……」
『こっちも確認した……どうやらヴィランが護衛についているんだろう』
「港に草むらとか藪が広がるって異常すぎますよ……該当する能力ってご存知ですか?」
『……うーん……植物系か……過去にはいくつかあったね、木を生やしたり食虫植物を超巨大化して人を捕食したり……』
「この草むら……人を食べないですよね?」
割とバイオレンスなスキルの可能性があるのか……植物系のスキルを持つヒーローもいるが、マイナーなスキルなので数はそれほど多くない。
すでに生えている植物を成長させるとか、自由に変形させるとか……昔存在したヴィランとかになると特殊な毒性植物を育ててみたいなのはあったそうだが。
草むらはおそらく安易に触れてしまうと護衛についているヴィランに感知される可能性があるから足を踏み入れるわけにはいかない。
その場所を観察していくとコンテナの上には草むらが発生しておらず、どうやら地面として認識されていない場所には植物を生やすことができないのかもしれない。
「……コンテナの上からならいけそうです」
『なら上から接近するぞ』
「はーい」
私はそのままコンテナの上を進んでいく……西地区に積まれたコンテナは結構な数があるものの、地区全体に配置されているわけじゃない。
どこかで地面に降りる必要があるが……とあたりをキョロキョロと見回しながら歩いていくが、強化された聴覚に人の話し声が聞こえてくる。
何を喋ってるかわからないけど……とにかく近くまで近寄らなければ、と私が進んでいくとコンテナ地帯の縁、切れ目になっている場所へと到達する。
「コンテナが無くなっちゃいました……広場ですね」
『……ええ……地面はどうなってる?』
「一面に草が生えてます……降りたら見つかりますよねえ」
『見つかるねえ……』
うーん……どうするかな広場になってる場所は一面に青々とした草むらが揺れているのが見える……どう見ても生きているかのような光景だ。
広場を迂回するにも近くのコンテナまで一足飛びで飛ぶにもギリギリの位置にある……こういう配置を見ていると明らかにこれ以上先にヒーローを侵入させないという意思のようなものを感じる。
考え込みながらコンテナの縁に立っていると、ふと視線のようなものを感じて私はゆっくりと視線を動かしていくが、いつの間にかそこには人間の頭大に近い大きさの真っ赤な蕾のようなものがこちらを向いていた。
さっきまでこんなものあったのか……? 私がギョッとした表情でその蕾を見ると、見ている目の前でゆっくりと蕾が開いていく……鮮やかな赤い花弁が開いていくその中心に回転するカメラのレンズ、ビデオカメラに似たような形をしているが、明らかに異常な装置が仕込まれていた。
……これは……一瞬だけ戸惑ったものの意を決して私はコンテナの淵から大きく跳躍する……空中でスキルを使用して超加速して草むらの中へと飛び込むと全力で目的の方向へと走り始めた。
「……見つかりました! 植物に視覚を仕込んでいるのがいますッ! 突撃します!!!」