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第一六話 港湾施設の戦い 〇一

「……最近ちょっと寒くなってきましたよね」


「この場所は吹き曝しだしねえ……埋立地ってこともあるけど」

 東京港湾地帯……江戸時代には漁場として栄えた場所でもあるが、長い時間を経て現代では大型貨物船に積み込まれるコンテナなどの集積所となっており、諸外国から納入もしくは諸外国へと輸出される荷物が一度取りまとめられ、チェックを受けてから運び出される場所になっていた。

 埋立地として開拓され、元は海であった場所に人工島が作られており、キーメディア局の本社や各種アミューズメント施設などが置かれた観光地や、それ以外にも数々の企業の建物が乱立している。

 子供の頃両親に連れられて観光地側にはよく遊びにきていたけど、スキル発現から高校卒業まではもうずっとこの辺りには遊びにきていない。

 地元の高校生だとこのあたりまではなかなか出て来れないんだよね……時間もお金もかかるし、友人たちはバイトとかで出てくるケースはあったみたいだけど。

 現在私とイチローさんはこの港湾地帯において、ヴィランと裏社会の人間が薬物取引を行なっているのではないか? というタレコミを受けた国家機関より依頼を受けてここにいる。

 本来であればこの近くにもヒーロー事務所があったはずなので、本来そちらに依頼が行くのがスジだとは思うが、ここ数日別任務で事務所が開店休業状態、任務を受けることができないヒーロー事務所がわが旧知であったエスパーダ所長を頼ったという形だ。

「……持つべきものは知り合いって感じなんですね」


「ヒーローも孤独じゃ生きていけないからね」


「……世知辛い世の中です……」

 茶化して話しているけど本当にヒーローは横のつながりをしっかり持っていないと、なかなか思ったように活動できないと言われている。

 本当に一人で行動するヒーローなんてのもいることはいるが、かなりアウトローみたいな扱いだし、ヴィランと何も変わらないくらいの扱いを受けるケースがあったりするそうだ。

 横のつながり……つまりは協会や地元の機関などとの連携が出来ていないと実はヒーローはほとんどその能力を発揮することができない。

 当たり前だけどこの世界には殺人許可証なんて物騒なものはなくて、ヒーローも国家機関と連携した協会の免許をもとに活動を行っている。

 それが無ければ私たちヒーローは簡単に人を殺せてしまうとんでもない能力を持っているから……こういう枠組みができたのは仕方のないことだろう。

「一般人には手を出すな……まあこれ言われてもこっちじゃわからなかったりするからね、まずは相手の出方を見よう」


「えー……痛いかもしれないじゃないですか……」


「君の能力なら避けれるだろ」


「……まあそうですけど……」

 基本的には任務は依頼制……国家機関や、民間の企業などから依頼を受けてヒーローが出動する決まりとなっている。

 一般的に国家機関の仕事の方が金払いが良いケースが多いが、基本的には国家機関の任務というのはさまざまな承認を経て予算が決定して、みたいな流れになっているそうで大抵最悪の結果に近い状態でこちらに丸投げされるという印象がある。

 その点民間企業による依頼はスピード感が早く、行動も即起こせるので良いのだが、この場合はむやみやたらに暴れると器物破損で逮捕されるという正義の味方としてのヒーローにしては締まらないトラブルが発生するケースが存在する。

 今回は一応国家機関からの依頼らしく、ある程度の損害は考慮するという返答をもらっているのだそうだ。

「……再確認するよ、僕と君とで一緒に行動する、目的地近くまで進んだら君が先行する、僕はバックアップ……インカムの電源は入ってるかい?」


「はい、三回ほど確認しました」


「無理するなよ、無理だと思ったらすぐに僕を呼ぶんだ」

 イチローさんは少し心配そうな表情で私を見ているが、まあ……薬物取引の現場を抑えるって任務はヒーロー登録してすぐの頃に所長と一緒に参加したことがある。

 当時は右も左も分からないままで所長に色々教わりながら対応した記憶がある……その時はヴィランは関与してなくてチンピラを制圧するだけで済んでいた。

 今回はどうだろうか……ヴィランがいれば戦闘になるのは必然だし、どんな相手が出てくるか想像すらつかないけど。

「ヴィランがいたりしますかね」


「どれだけの取引によると思う……ただ裏社会の連中ではヒーローに抗し得ないから……」

 確かにそうだ……スキル発現者はヒーロー協会によってスカウトされるか、ヴィラン達が囲い込むか……裏社会に堕ちるスキル発現者は相当に少ない。

 スキルの使用方法を学ぶことが出来なければ戦闘力としては数えることは難しいだろう、これは自分が発現後にちゃんとした訓練を経てどう能力を使えばいいのかを理解できるのだというのを学んだからだけど。

 そこらへんのチンピラでは確かに今の私にすら対抗し得ないだろう……そういった意味で重要な取引であればそれだけヴィランが護衛についている可能性は高くなる。

「……緊張しますね……配置につきます」




「……ひどく空気が緊張している、何か起きるな……」

 ヴィラン「グリス・エスペスーラ」はトラックへの積み込み作業を見ながら、港湾地区に流れているひどく緊張した空気を感じ取り、一人つぶやく。

 指の間に自ら発生させた蔓をくるりと纏わり付かせると、マフィアのメンバーが忙しそうに働いているのを見つめながら周囲の索敵を開始する。

 アスファルトの地面にずるりとうねうねと動く植物の蔓が取引場所の周囲へと伸びていく……グリス・エスペスーラの能力は植物を発生させるだけ、と自らは申告をしているが実際にはそれだけではない、植物を自由に発生もしくはすでに自生したものを使って周囲の感知や索敵を行うことができる。

 さらに植物は自由に移動をさせることが可能で、地面の材質によらずに無理やりに根付かせることすら可能となっている。

「グリス・エスペスーラさん、あと三〇分くらいで積み込みは終了しますぜ」


「……わかりました、今のところ周囲に侵入者は確認出来ていない」


「あいよ、スキルって便利っすねえ……」


「万能じゃないがね……本当に万能なら俺はもうこんな場所じゃなくて海外で美味いもの食ってるよ」


「違いねえっすね……俺らも旨い飯にありつきたいもんですよ」

 作業員はグリス・エスペスーラの言葉に笑うと、作業のためにその場を離れる……彼らはスキル発現者ではないため、ヒーローがもしこの現場に来た場合は戦力としては数えることは難しい。

 その場合は自ら彼らを逃すために戦わなければいけないだろう……グリス・エスペスーラの最も警戒するヒーローは「カウント・ファイアフライ」に所属する火系統のスキルを行使する者たちである。

 植物系のスキル保持者と、炎系統のスキル保持者の相性は非常に悪く、彼自身も火系統のヒーローとは戦闘をしないと決めている。

 当たり前だが植物は火に弱く、ある一定時間は耐えられるにせよ水分を失った時点で消滅させられてしまうことは明白だからだ。

 特にグリス・エスペスーラの発生させる植物には水分があまり多く含まれておらず、簡単に火がついてしまうという弱点を抱えている。

 本当の雇い主であるペルペートゥオからはおそらくカウント・ファイアフライには依頼はいかないだろう、という報告は受けているものの油断はできないのだ。


「……もし連中が来たなら俺達はすぐに逃げないといけないな……相性が悪すぎるし、戦闘になるかどうかすらわからん」



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