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第一四話 やだ……私のランク低すぎ……?

「……はあっ……あう゛っ……お゛っ……おほっ……!」


「なんでそんな変な声出すの……ちゃんとバランス考えてまっすぐあげるんだ」

 ミシミシミシッ! と私の全身の筋肉が凄まじい軋み音を発する……だがヒーローとしてスキルが発現している故なのか、この凄まじい負荷がかかった状態ですら肉体は許容してしまう。

 今私がいるのはクラブ・エスパーダの事務所地下にある特設ジムであり、そこにヘラクレスことイチローさんと私だけが居残り特訓をしている最中だ。

 二人だけで居残りなんて……何かあったらどうしよう? とか乙女心全開でドキドキしてたらイチローさんがものすごく嫌っそーな表情を浮かべて指示をしてきたので、私は黙ってトレーニングに精を出している。

 なんであんな顔するんだよ……男女二人が同じ場所に二人きりとか下手したら事案なんだぞ……とそんなことを考えていると腹部に乗せた大量のプレートがぐらりと揺れたため、慌てて集中し直してバランスを保つ。

 私の腹部にはバーベルに使用されるプレートがちょうど一〇枚乗せられている……それを腹筋を使って支えながら腕と足の力だけで持ち上げる……なんの拷問だこれは。

 プレートは一枚二〇キログラムと書かれていたので、ちょうど二〇〇キロに達しているが、それでも私はなんとかこのトレーニングをこなすことができている。

「……これ……なんの……意味が……あるんで……す……か……」


「腕で持ち上げる二〇〇キロはまあこなせるって聞いたから、バランスを鍛えながらやったらどうかなって」


「……意味はって聞いて……うおっ!」


「正直意味はあんまりないよ」


「ちょっと! ……あ!」

 その瞬間それまであった集中力が途切れ、軽くバランスを崩した私の腹部からプレートが一気に滑り落ちる……ドガシャアアアッ! というすごい音を立てて床にプレートを落としてしまった私を見て、イチローさんが呆れたように目頭を押さえる。

 いやいや、このトレーニングにあんまり意味がないって面と向かって言われたらこっちだって困るでしょう……軽く首のバネを使って一気に立ち上がると、地面に折り重なって落ちているプレートを拾い集めて近くにあるテーブルに置くと、メキッ! という音を立てて強化されているはずのテーブルが軋んだ。

 そんな私を見てイチローさんはやれやれという表情のまま、手に持っていたスマホを見ながら話しかけてきた。

「全身の疲労はどうだい?」


「まだまだ序の口ですよ、普段はもう少し長くトレーニングしてますから」


「そっか、パワーはそれなりに高い……やっぱり繊細なコントロールが必要だね」

 イチローさんは手元のスマホを操作しながら呟く……どうやら彼は自分のスマホにデータか何かを入力しているのだろうか? そういや私イチローさんの連絡先聞いてないなあ。

 私がテーブルに置かれたペットボトルを手に取ると中に入ったミネラルウォーターを口に含む……ヒーローとはいえ水や食料は必須だし、今のトレーニングでかなり汗をかいたからな……水が美味しく感じる。

 タオルで軽く汗を拭うと、次のトレーニングマシンの場所まで歩く……ここにあるトレーニング器具は基本的にヒーロー向けの重量に設定されていて、一般人では持ち上げることすら困難だ。

 だがスキル発現者の能力は一般人では計り知れないレベルに到達している……それ故にヒーローはその能力の行使には気を使わなければいけない。

「……それじゃ次のメニューを進めるか」


「そういや最近仕事来ないですね……よっと」

 私が座ったのはレッグエクステンションマシンと呼ばれる一般的なトレーニング機器だが、負荷が凄まじいメモリまで設定されている。

 一般人だと壁でも押しているような気分になるだろうな……脚に負荷をかけるように動かしていくと、ミシミシミシという音を立てながら、レッグパッドがゆっくりと持ち上がる。

 その様子を見ながらイチローさんはスマホを操作しながら、テーブルに置かれた別のペットボトルを手にとって口に含む。

「……ところでっ……次の……仕事はっ……どうするん……ですかっ?」


「港湾地帯でヴィランとマフィアが薬物取引をしているという噂があってね、そこへ行こうと思ってるよ」


「ご一緒ですか?」

 トレーニングマシンを動かしながら私がイチローさんに尋ねると、彼はうーんと呟きながらスマホを難しい顔で見つめている。

 その真剣な表情を見て思わず見惚れてしまう……悔しいけど、イチローさんイケメンなんだよ……黒髪と緑色の瞳、そして少し陽に焼けた小麦色の肌のバランスがとても美しい感じる。

 顔立ちも非常に整っており、亜希ちゃんが推してるのもわかる気がする。

 その横顔を見つめていて、なんだか胸の辺りがザワザワしている気がする……なんだこれ、イケメン見たからってこんな気分にはなったことないんだけどな。

 高校時代に憧れだった先輩の方がちょっとイケメンだった気がする……まあ、あの先輩格好良いだけで女癖が悪すぎるって評判だったので私はあんまり男性を見る目がないのだろう。

 亜希ちゃんからも「雷華の趣味は悪い」と突っ込まれたことがある……ひどい言いようだと思ったけど、あまりにその先輩がクズすぎて納得してしまった思い出がある。

「……まあお目付け役で行くだけだから、基本的には君が一人でどうにかするんだ」


「……お目付け役……」


「だってそうだろう? 僕が解決したらまたシルバーライトニングは役立たずだったってメディアに言われるだけだぞ」

 イチローさんのいうこともわかる気がする……女性ヒーロー「シルバーライトニング」の評価はすこぶる低く、戦力としてはあまり期待されていない。

 まあランキング一〇〇〇位後半ともなると大体そんな扱いだ……なお私のランキングの前後には、老齢により引退間近の地方で活動している農業系ヒーロー「グラン・ファーマー」と、最近活動をほとんどやらずに引きこもってゲーム実況動画を上げている配信ヒーローである「レベル・スクリプト」がいる。

 前者は年齢によりランキングを下げているのとそもそも戦闘系スキルを持ち合わせていない故の平和的な慈善活動がメインだし、後者は能力は確かだがヒーロー活動初期に本当に辛い目にあったらしくどうしても活動に前向きになれない、とかで許されてる稀有な存在だ。

「……ランキングが下位に沈んでいるのは、まあ印象悪いんですかねえ、あはは」


「一度ついた印象はなかなか拭えないからね……ともかく君はエスパーダ所長の秘蔵っ子なんだから、活躍してくれないと困るんだよ」

 スマホを見つめながらではあるが少し不満げな顔のイチローさん……そこまでなんでしてくれるのかよくわからないけど、ともかく若手最強と言われているヘラクレスが上司となっているのだから、その期待に応えなきゃいけない。

 それと……ランキング下位に沈んでいるとヒーロー協会から配分される報酬は非常に少なく、この順位付近にいるヒーローは大体副業を主にしているケースが多い。

 グラン・ファーマーはそもそも農家を経営していて、地方のコマーシャルなんかでも顔が出てくるくらいの人物だ。

 レベル・スクリプトだって動画の再生回数は非常に多く、実況プレイヤーとしては相当に稼いでいる、むしろ才能的にはそっちが向いているんじゃないかって言われているくらいだ。

 つまり……ヒーロー活動一本槍で他に特技を持っていない私は目の前の仕事を必死にこなさないと、生活ができないのだ。

 今日も今日とて活動に全力を費やさないことには私はヒーローではなくヴィランになるか、水商売にでも行くしかないという切羽詰まった状況……我ながら悲しい現実である。


「……ともかく私生活かかってるんで……ヴィランぶっ倒して報酬ゲットしますよ!」


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