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第一二話 カウント・ファイアフライ

 ——カウント・ファイアフライは東京でも最大のヒーロー事務所である。


 ヒーロー「ファイアフライ」が設立した事務所で、今年一〇年目という比較的若い事務所であり、その事務所は東京都の繁華街、都庁のある地区にあるビルに存在している。

 ファイアフライは炎を使うヒーローとしてはスキルのレアリティはそれほど高くない……自動追尾ホーミング型の炎を多数発生させることができる物量作戦に特化したスキル所持者ではあるが、彼自身はスキルの能力以上に事務所経営の手腕に長けたビジネスマンとしての顔が有名である。

 事務所設立からたった一〇年の間にランキング上位のヒーローをスカウト、育成してきたその手腕は素晴らしく、ここ数年におけるヴィラン事件の解決数は群を抜いている。

 そのため都内のヒーロー事務所の中でも最も有名で、最も格式が高く、最も人気のある事務所のため入所希望の新人ヒーローは後を絶たない。

「で? 今年も私も出るのでしょうか?」


「そうだな……今の所二年連続でトーナメントを制覇したヒーローは数少ないからな、スパーク君が久々の達成者になるのは良いことでは?」


「そーなんですけど、あんまり歯応えのあるヒーロー出てきやしませんわ……」


「ま、そーだな……だから今年もうちの事務所が制覇すると言うわけだ……はっはっは」

 ファイアフライ……本名阿部 哲哉あべ てつやは口元に生やした髭を指で撫で付けながら笑うと、ソファーに座っている一人の女性に視線を向ける。

 その女性はスキルが能力を証明しているかのように真紅の髪はいわゆるツインテールの形にまとめられ、その瞳はオレンジ色の光沢を帯びている。

 顔立ちは美しくモデルやアイドルとしても十分活動できるであろうレベルであり、また身体にピッタリと合わせて作られたヒーロースーツは対照的に白を基調としたものとなっている。

 スキル発現に伴って外見の変化が生じる者は多く、スキルの属性と外見の変化には相関関係があると言われている。

 過去には風を操るスキルを発現させたヒーローが青色の髪へと変化したこともあり、現代日本において特殊な外見をした人間も徐々に増え始めている。

「……まあ、事務所が儲かるのであれば文句は言いませんけどね」


「それでこそスパーク……俺が見込んだヒーローだけある」

 若手ヒーロー中トップクラスと称される女性ヒーロー「スパーク」……本名工藤 麻以子くどう まいこは若くしてヒーローランキング五〇位以内にランクインしている実力派である。

 彼女の持つスキルは発火能力であり、ヒーローネームであるスパーク、火花が飛び散る様に発火することから名付けられている。

 スキル保持者から最大で約一〇メートル以内に存在する空間に炎を発生させることができ、発生させた炎は炸裂した後消滅する。

 炸裂する炎の大きさは最大でバスケットボール大の大きさまでとなっているが、これは彼女自身がそれ以上の大きさで炸裂させてしまうと、即死するヴィランが出てくる上巻き込まれるものが増えるという自制から自己申告したものである。

「ところで君が先日捕縛したパフアダーだったかな、彼のアジトから複数の毒物が発見されたらしい」


「……アジトが持てるなんて奇妙ですわね?」


「うむ……おそらく企業につながっているヴィランなのだろう、小規模だったとはいえ類似の事件は何件も起きているからな……」

 昨今ヴィランの持つスキルを有効活用しようとする企業が増え始めており、ヒーロー協会も対応に苦慮している……ヒーローと違って裏社会の存在であるヴィラン達は倫理的に問題のある実験や、依頼を報酬次第で受け入れる。

 さらにヒーロー同等のスキルを保持しているヴィランは多く、企業スパイや強盗などにより機密情報を簡単に奪うことができる。

 そのため表立って依頼をすることはないが、ヴィランを利用して利益拡大を図ろうとする企業は後を絶たないのだ。

 メディアにもヴィランを利用した企業に対しての罰則強化を訴える動きは出ているが、そのメディア自身からもヴィランを利用した情報取得などの噂は絶えず、結果的に足踏みをしている状況なのだ。

「……ったく、ヴィランに報酬を払ったりして後で取り返しのつかないことになりそうなものですけど」


「だが、ヴィランも統率が取れているものがいる……近年海外ではヴィランが組織化しているという現実があるからな」

 ヒーローが協会を作り、政治家や警察などとパイプを作って合法化の道を辿っているのと対照的に長らくヴィランは個人活動、もしくは超小規模の集団での行動が多かった。

 ところがヴィランもそれでは集団化するヒーローに対抗しえないと考えたもの達が出てきたのだろう……海外におけ裏社会のヴィラン組織の初検挙は一〇数年前に遡り、ヨーロッパにおいて集団化したヴィランによるテロ行為が問題となった。

 軍隊や欧州ヒーロー連合による防衛と調査、殲滅によりテロ事件は終わりを告げたが、その後も裏社会に潜伏しているヴィラン達の組織化が著しい。


 一昔前まではヴィランとは徒党を組まないものだと信じられていたのだが……組織化したヴィランは自らが裏社会のマフィアなどを傘下に収め、一見分からないように表舞台へと侵食を始めている。

 日本においては、関西地方において大陸系マフィアの元締めとなっていたのが小規模のヴィラン組織であったことがメディアで話題となった。

 この組織は追及を逃れるように闇へと消え去り、結果的にはマフィアのみが逮捕されただけという非常に後味の悪い結末を迎えている。

「ま、その抑止力のためのヒーロートーナメントですわよね?」


「そういうことだな」

 ヒーロートーナメントは表向きヒーロー同士を見せ物にしている大会ではあるが、その真の目的は強力な戦闘力を持つヒーローを一般の目に公開することで、ヴィランへは抑止力として、一般人へは安心感を与えるものである。

 そのため複数のヒーローが毎年現れ、出場し……そして能力向上を目的に日夜努力をしている姿を見せることで、犯罪者自身の意欲を削ぐことを目的としている。

 反面そこで活躍したヒーローは能力を公開することとなるため、対ヴィラン戦闘において対策されやすく、不利になることが起きやすくなる。

 ただトーナメントで優勝するようなヒーローはそういった不利すらも跳ね除ける実力者が多く、結果的にはこの大会に出ているようなヒーローとは関わらない、というスタンスを貫くヴィランも存在しているのだ。

「どちらにせよ、スパークの有利は変わらんよ……今年もまたエスパーダのところも出てくるだろうが……」


「そういえばクラブ・エスパーダにヘラクレス入所しましたわよね?」


「あー、そうだな……うちも勧誘したんだがね、フラれてしまったよ」

 ヘラクレスのクラブ・エスパーダ入り……ヒーロー業界としては仰天するようなニュースであり、いくつかの大手ヒーロー事務所が声明を発表したくらい話題となった。

 元々ヘラクレスは東京に事務所を持つクラウド・カシードラルという事務所に所属していた……事務所のオーナー兼所長であるヒーロー「クリムゾンクラウド」は長年若手育成を担当していた老境のヒーローであり、ヘラクレスがスキル発現前より出入りをしていたことから所属に至っていた。

 だが、クリムゾンクラウドはヒーロー活動の引退と事務所の閉鎖を宣言し、ヘラクレスの行先が話題になっていたのだ。

 熾烈な勧誘合戦があったと言われる……だが、結果的に大手事務所全てがため息を漏らすような結果だとして、メディアでも批判の的となっていたはずだ。

 スパークは少し寂しそうな表情を浮かべると、ファイアフライに聞こえないような小さな声で呟く。


「……せっかくヘラクレス来るのかと思ったのに……残念すぎますわ」



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