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第一〇話 トレーニング開始

 ——朝五時……夏であればすでに日が登るような時間ではあるが、大半の人間はまだ布団の中にいる時間……だが城北に位置する大きめの公園の中を二人の人間が走っている。


「……こ、こんな早い時間に……それと毎日同じことしてますけど、今日はいつまで走るんでしょうか?」

 私が前を一定のペースで駆け続けるイチローさん改めヘラクレスへと声をかけるが、彼はこちらを振り向きもせず手振りだけで黙ってついてこいと言わんばかりの仕草を見せる。

 訓練をしたい……という私の願いを聞きれて若手トップクラスのヒーロー、ヘラクレスはメンターとしてシルバーライトニングの師匠となった。

 というニュースはどこから漏れたのか、動画サイトで話題になっていた……まじでどこから漏れたんだよ。


『ポンコツヒーロー更生なるか?!』

『むしろ何日持つのか?!』

『ヘラクレスの足を引っ張るな、ポンコツ!』


 ひどい言われようである……ヴィランになってこういう報道したメディアを全部襲撃したい気分だ。

 それはさておきヘラクレスが本当に師匠となったわけだけど、最初はね私もそりゃ同世代の男性が師匠、いや上司になるって聞いてドキドキしたんだよ。

 どういう指導があるんだろう? とか……もしかして小綺麗にしてないとダメかなとか、そんなことを考えて初日の訓練の前日は正直寝れなかったよ。

 朝四時……乱暴に住んでいるアパートのドアを叩かれて飛び起き、慌てて眠い目を擦りながらドアを開けたらいきなりシンプルなジャージを渡されて『今日から毎朝走るから』だって。

「もう少しムードとかさ……そういうのがいいよね……」


「訓練は毎朝続ける……スキルをうまく活かすには毎日のトレーニングが必須だ」


「……そりゃそうですけど……朝食だってまだですよ?」


「朝食後は事務所に行って任務だろ?」


「ま、まあそうですね……」


「任務には僕が一緒に行くから朝のトレーニングがここしか時間取れないんだよ」

 ヘラクレスは面倒くさそうな表情を浮かべながら私へと振り返るけど、不思議と嫌な感じではなく私を奮起させるための演技のような物が入り混じっている気がした。

 そう考えるとこの演技指導はエスパーダ所長あたりの入れ知恵だな、以前彼から受けた指導の際に割とこういう突っぱねられ方を受けていて、その時はイライラしながら指示に従ったものだけど、今から考えるとわざとああいう形で指導を行ったんだとわかるから。

 思ってたよりヘラクレスは嘘がつけないタイプの人間なんだな、と思うと案外悪くはない気がしてくる……思わず微笑んでしまった私を見て彼は不思議そうに声をかけてきた。

「え? なんで笑ってるの……?」


「なんでもないです!」


「……ええ……? 井出さんに聞いたよりも随分厄介だな……」

 ぶつくさと小声で文句を言っているヘラクレスを尻目に私は彼を追い越すように速度を上げるが、それに気がついた彼は慌てて私の前に出ると手で速度を抑えろと合図する。

 もうすでに一時間以上同じ速度でこの公園を何周もしている……私たちヒーローが出せる最高速度からすると驚くほどのんびりペースだ。

 ぶっちゃけ今の私ですら自動車並みの速度で走り続けることは可能だし、最高速度は人間の限界をはるかに超えたものだからだ。

 だけど、ヘラクレスはあえて他のランナーが驚くような速度を出していない、むしろ共存して溶け込もうとしているかのようにのんびりと速度を保ったまま走っている。

「……質問していいですか? なぜこの速度で?」


「僕らは簡単に人間を超えた能力が出せるけど、それは瞬発力みたいなもんだからね……繊細なコントロールを身につけないと君みたいに簡単にゴミの山に突っ込む人が出る」


「……あれは、その……目測を誤ってですね……」


「そう! その目測だよ! 僕も全力でパワーを発揮すると細かいコントロールが大雑把になりやすい……君みたいに一瞬の速度を武器にするヒーローは繊細なコントロールを身につけるべきだ」

 言いたいことはわかる気がする……スキルというのは使用している本人にしかわからない部分が大きく、他者のスキルというのがどういう状況や感覚、そして使用感があるのかはスキル所持者本人しか絶対にわからないものだ。

 例えば私が取り逃してしまったヴィラン「パフアダー」……おそらく毒を抽出もしくは放出する系のスキルだと思うけど、そのスキルの使用感覚というのは本人以外には理解できないものがある。

 私が彼のスキルを真似しようとしても難しいように、彼もまた私のスキルを真似することは絶対にできない……できたら怖い。

「とはいえ僕のヘラクレスは持続的なパワーを与えてくれるけど、君のはどちらかというと瞬発系に思えるからね」


「……よくそこまで予測できますね……私他人のスキルのことなんか全然理解できませんよ」


「経験値だよ、ヴィランと多く戦っているとそういうのが理解できるようになる」

 そしてシルバーライトニングというスキルは一秒間だけ超加速するスキルではあるが、その一秒間に全てのパワーが濃縮しているような感覚があり、細かいコントロールは絶望的に難しい。

 自動車に置き換えればたった一秒間の間の間にアクセルが全開に、そして最大パワーとトルクを瞬時に発生させているようなものだ。

 ぶっちゃけこの無茶苦茶なスキルを使ってよく肉体がぶっ壊れないものだと感心してしまう……まあそれ故のスキル発現なんだけど。

 それでも負荷が掛かりすぎないように私はトレーニングで肉体強化は欠かしていないし、同年代の女性に比べれば遥かに筋肉質であることは理解している。

「だからまずは最大出力をコントロールできるようにする……それができれば一秒間の加速中に色々なことができるようになるはずだ」


「へー……色々考えてますねー」


「君ね……自分のことなんだからもう少し真剣に聞いてよ」

 ヘラクレスが再び私を振り返るとめちゃくちゃ呆れ顔で呟くものの、私からするとこの訓練方針は自分に合っているのだというのが理解できるかな。

 だから決して馬鹿にしたわけじゃないし、ヘラクレス改めイチローさんがここまで真剣に私のことを考えてくれたことにはちょっと嬉しい気持ちが混じっている。

 なんていうの? 少しだけほわっとした感じがして、私は走りながら暖かな気持ちになって微笑む……そんな私の様子を見ながら彼はほおを軽く書くような仕草を見せると、『ま、いいけどね……』と呟いた。

「ともかく……君には半年後にあるヒーロートーナメントに出てもらうよ」


「ヒーロートーナメント? ああ……あの見せ物大会ですか?」


「見せ物って……あれはスポンサー集めに役立つから出ておいた方がいいんだけど」

 ヒーロートーナメント……これは、ヒーロー同士が戦うトーナメント形式の大会で対戦形式でスキルの優劣を競う大会である。

 もちろん全国放送されてここでトップに立ったヒーローのランキングは大きく上昇するため、若手ヒーローの登竜門的な扱いになっている。

 一緒に走ってるヘラクレスも数年前のトーナメントで優勝したことで注目を集め、そこから実際の活動に繋げたことでランキングを一気に駆け上がったという事実がある。

 ただ……このトーナメントではヒーロー同士がスキルを使用して戦うわけで、手の内をある程度さらけ出してしまうというデメリットがあって……ヴィラン側に対策を立てられてしまうという欠点もある。

 とはいえ……ヒーロー同士が派手に戦い、切磋琢磨する様子は人気があって視聴者数は半端じゃないんだよね……おそらくシルバーライトニングというポンコツ扱いされている私を再度売り出すためにはこのトーナメント参加は必須なのだろう。

 ヘラクレスはもう一度振り返ると、私へと指を指すと改めて宣言してきた。


「……いいかい? 僕が鍛えたあと君はヒーロートーナメントで優勝する……いやさせるかな、そこで評価をひっくり返すぞ」



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