「……で、この高津一郎さんがシルバーライトニングのメンターとして赴任することになったんですよ」
「へー、そうなんですねイチローさん!」
「お願いだから本名はやめて……それとその発音だと違う人だから……」
ヘラクレス改め
ヒーロー事務所「クラブ・エスパーダ」は小規模事務所と言っても良いレベルの事務所なので、本来であればヘラクレスのような人気ヒーローがやってくることはほぼない。
にも関わらず入所を決めたということはエスパーダ所長が相当に頑張ったんだろうな……とは思う、招聘にどれだけの金額が掛かっているか想像したくないけどね。
「……なんでうちの事務所で、しかも私のメンターなんですか?」
「いろいろあってエスパーダ所長に頼まれたってのもあるんだけどさ……」
「え? 所長とお知り合いなんですか?」
「昔から本当にお世話になってるんだ……僕が悩んでる時に色々相談に乗ってもらってね、それで恩返しみたいなもんさ」
ヘラクレスと所長にそんな縁があるのか……と思うが、よく考えると私みたいに他のヒーローとの接点が極端に少ない人間は少ないらしい。
そりゃそうだろうな……ヒーロー社会も一般のサラリーマン社会と似たような感じで、事務所間の移籍というのは割と発生しやすい。
ただ業界自体の規模はそれほど大きくないので何か問題があると簡単に弾き出されてしまう可能性もあるわけで……自浄作用が強い故にヴィランを産む土壌となっているとは批判があったりもする。
でもまあ本当に問題がある人間が業界から弾き出されるのはもう仕方がないことではある……なお、有名ヴィランの一部には元ヒーローの肩書きがあるものも存在している。
そういったヴィランはなかなか表舞台には出てこないのだが、それでも活動の中で彼らのような「堕ちたヒーロー」を優先的に捕縛するという任務は数多く出されていたりもする。
まあ、とにかく引きこもりがちな私は他のヒーローとの接点が極端に少ないので、事務所クビになったらヒーロー引退するしかないという状況なので、今最もヴィラン堕ちしかねない女性ヒーローのランキングでは結構上位にいたりもする、嬉しくねえな。
「恩返しですか……まあなんとなく理解できるというか……エスパーダ所長面倒見いいからなあ」
「そうだね、僕以外でもエスパーダ所長にお世話になってるヒーローはたくさんいるよ」
「そうですね……私みたいな引退ヒーローを雇ってくれるくらいですし」
岩瀬さんがヘラクレスの言葉にうんうんと頷くが……そう、彼女は元々クラブ・エスパーダで活躍した女性ヒーロー「クレアボイアンス」である。
ヒーローランキングでは上位にランクインしていたこともあるし、実は有名な人ではある……事務所にきた依頼人が彼女をみて驚くなんてケースも何度かみた。
彼女のスキルであるクレアボイアンスはその名の通り視覚を超強化して透視能力を得ることができる。
透視だけでなく戦闘能力も恐ろしく高くて、格闘戦では男性ヒーローに引けを取らないと称されている。
ただ……とある任務で能力を酷使した結果視力にかなりのダメージを受けてしまい、ヒーローとしては活動が難しくなっている。
そのため彼女は引退……正確には休止ヒーローとして登録されており、いつでも復活は可能らしいが……でも本人は事務所の受付で満足して働いているということなので、復帰はしないとのことだ。
「それと君への世間の評価はちょっと低すぎると思うよ、なのでちゃんとスキルの使い方を訓練しなおせば活躍できるはず」
「……そ、そうなんですかね……」
「岩瀬さんもお墨付きだからね……訓練次第で君は化けると思うけど」
ヘラクレスは岩瀬さんと顔を見合わせて笑顔で頷くが……なんか仲良いなこの人たち。
所長の交渉ごとには必ず岩瀬さんが同行するので、そこで知り合ったのだろうけどなんか仲が良さそうなところにモヤっとしたものを感じる。
うーん、なんでモヤモヤするんだろ……私がモヤモヤする胸に違和感を感じているなか、事務所のドアが少し乱暴な感じでバタン! と開くと難しい顔をしたエスパーダ所長が足早に入ってくる。
事務所にいた高津さんを見て、少し大袈裟に驚いた表情を浮かべて笑うと彼のそばへと歩み寄るとお互いに笑顔で握手をし始める。
そんな姿を見るだけでも二人の間に指定関係とはちょっと違うビジネス関係のような、そんな関係性が見て取れる。
「井出さんお疲れ様です」
「高津くん、お疲れさま……君が来てくれて助かるよ」
「所長の依頼は断りませんよ僕は……もうかなりお世話になっちゃってますし」
「そっか、なら高いお酒を奢った甲斐はあったな……わっはっは」
エスパーダ所長……本名は
私やヘラクレスもそうだけど本名を知られたくないヒーローは少なくないし、本名バレすると色々な意味で今の時代面倒なことが増えてしまう。
ソーシャルネットワークで本名から過去の写真などを晒されるケースが出てくるし、過去の知り合いが「昔のあの人は……」みたいな謎の暴露をやってしまうことが結構あるのだ。
それで社会的にイメージをぶっ壊されてヒーローとしては活動が難しくなってしまった人もいるんだよね……例えば清純派女性ヒーローとしてデビューしたのに、過去に同級生を虐め抜いてたみたいな話がすっぱ抜かれたりとか。
一度ついてしまったイメージはなかなか拭い去ることができないので、ヒーローネームを変えたりとかそういうのでは解決が難しい。
国としてもそういうことで貴重なスキル所有者を失うことは損失だと考えているのか、法案ができたりはしてるんだけど……それでもなかなか解決には至っていないのだ。
人の噂に戸なんか建てられない……
「雷華ちゃんはうちの事務所として積極的に推していく子なんでね、育てて欲しいんだ」
「任せてください、僕がシルバーライトニングをランキング上位に押しあげますよ」
「受けてくれて助かったよ、雷華ちゃん……もう挨拶済んでると思うけど、彼が君のメンターになるヘラクレスね」
「はい、挨拶は済んでいますよ……よろしくお願いしますねイチローさん」
「いやその発音だと違うやつだから……せめてみんなの前ではヘラクレスって呼んでね」
高津さんはめちゃくちゃ辛そうな表情で私の挨拶に応えるが、そんな私たちを見て満足そうに頷くエスパーダ所長。
どうやら高津さんは自分の本名で応対されるのを嫌がってるんだな……別に変な名前じゃないと思うんだけどね、むしろ一般的でとても良い名前だなとすら思う。
私の名前は雷華……両親は雷の光のように明るく花のような人生を歩んで欲しいという意味を込めて命名したとのことだが、今のところ私はその期待に応えているとは思えない人生を歩んでいる。
生き方をすぐに変えることはできないけど、これからいろいろ変えていくことができるかもしれない……私はヘラクレスこと高津さんへと頭を下げる。
「……私は所長に雇っていただいている恩返しがしたいです……なので訓練を頑張ります、イチローさんよろしくお願いします!」