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第〇八話 事務所にて

「やあ、おはようッ! 昨日はお疲れ様ッ! 普段は随分地味な格好してるんだな?」


「は? え? なんで? なんでいるの?!」

 朝いつものように事務所へと出勤した私の前に、あのヘラクレス……ランキングトップテン入りしている近年最強のヒーローが立っていた。

 というか一応シルバーライトニングとしての服装などで通勤はしておらず、プライベートでいる時の格好だし、黒髪尚且つ眼鏡女子という地味そのものの姿だったからだ。

 対してヘラクレスはいつも着用しているヒーロースーツ姿そのままだったが、よく見ると昨日のとは違って汚れが一つもついていないものなので、ちゃんと着替えているのだというのは理解できる。

 だけどなんで普段着姿の私を見て、「昨日はお疲れ様」なんだ……?

「すいません、それでなんで私にあいさつを……」


「ん? だって君シルバーライトニングだろ?」


「……なんでわかるんです?」

 私がその言葉に驚いたことがよっぽど意外だったのか、ヒーロー・ヘラクレスは眉を顰めるような難しい表情を浮かべる。

 まるで意外そうな、というかなんでそんなこと言うんだとでも言わんばかりの……だが、それ以上に美しい緑色の瞳にじっと見つめられていることになんとなく気恥ずかしさというか、落ち着かない気分にさせられる。

 昨日からなんかおかしいんだ……ヘラクレスのことを見ると心臓がドキドキするし、どうも平静を保っていることができなくなる。

 ヘラクレスはじっと私の顔を見つめてから、両肩をすくめるような仕草を見せると、事務所の受付に座っている岩瀬さんへと話しかけた。

「……何でこの子は正体を隠してるの?」


「ヒーロー全員が自分を曝けだせるとは限らないんですよ」


「そんなもんかねえ……」

 ヘラクレスはわからないな、と言わんばかりの仕草を見せるが……そりゃ貴方は活躍しているし、若手ナンバーワンって持て囃されてるから大丈夫だろうけど。

 私みたいに失敗ばかりで嘲笑されている相手に向かってそれはいくらなんでも無理筋だ、自ら正体を晒して生きていける自信は全然ない。

 むしろ今住んでるアパートにでも押しかけられたら面倒だ、とさえ思う……ちなみにエスパーダ事務所からは今住んでいるアパートはセキュリティ面でかなり不安だからさっさと引っ越せと言われているんだけど、高校時代からずっとそこにいて慣れてしまっているので今更な、とは思っている。

「……着替えてきます……」


「はーい」

 ちなみにヒーロー活動は公務員と同じ扱いで国の税金と義援金で賄われており、ランキング下位の私ですら一回の出動で結構な金額が稼働費として支払われている。

 年金はヒーロー年金基金が組織されていて、毎月決まった額を支払っていくことで引退後に一定額を受け取るシステムが構築されているし、保険は国民健康保険と同程度の保障が受けられる。

 なので事務所の取り分などを差し引いても毎月それなりの金額が私には支払われており、同世代の女性よりかは銀行口座の金額には余裕がある、と思う。

 こういった部分はスキル所有者は非常に優遇されているが、それは命の危険も伴ったものであるというところに尽きるかもしれない。

 死ぬ危険だってあるわけだし、命があっても四肢を失ったりするケースもあるわけでさ……そう考えると多少金額が高いくらいでいいのか、と言う気にはなる。


「なんでうちの事務所にヘラクレスきてるんだろ……」

 謎である、本当に謎だ……クラブ・エスパーダはヒーロー事務所としては小規模。

 一昔前は人気の事務所だったらしいけど、近年は所属するヒーローの数も私を含めて三名、しかも一名は実質的に引退してるわけで小規模事務所と言ってもおかしくない状態である。

 ロッカーに自分の衣服を放り込みつつ、自分のロッカーからシルバーライトニングの衣装を取り出すが、ほとんど水着にしか思えないようなコスチュームを見てまたため息が出る。

 着用するには下着も含めて全部脱がないといけないし、着用している時には体のラインが強調されてしまうのでほんと気恥ずかしい。


 だがこのスーツは現代科学において、とんでもないオーバーテクノロジーで制作されてるとかで、ヒーローはこういうところも実験的に新素材を積極的に使用した逸品である。

 と言うのを国家研究院の偉い教授に熱弁されたことがあったな……ドン引きしてる私を見て「なんだ、嬉しくないんですか?」とか言われたのは懐かしい思い出だ。

 嬉しいわけねえだろ! と叫びたかったけど……それを言い出すとヒーロー活動ができないので仕方なしに曖昧な笑顔で頷いたのを覚えている。


「これで……こう……う……っ」

 手首につけられた小さなスイッチを入れると、プシュッ! と言う空気が抜けるような音と共に、それまで少しだけ隙間のあったスーツ内部の空気が抜けて肌へ密着していく。

 着心地はそこまで悪くないと思うけど、少しだけ擦れるような感覚があって思わず変な声が出た……恥ずかしいんだよこれ。

 大きく息を吐いてから私は軽くスキルを発動させていく……黒髪が一気に銀色に変化をして、瞳の色も黒から一気に赤く変わっていく。


 シルバーライトニングというスキルは非常に特殊で……私との相性が良いのか悪いのかわからないんだけど、普段の格好だと私はスキルを使用することができない。

 いや正確には身体能力向上などは発生しているのだけど、肝心のシルバーライトニングとしての超加速は全く使用できない。

 二〇〇キロのバーベルが持ち上がるのに素の状態だとスキルが使用できない、というのは国家研究院の皆さんも驚いていた……「もしかしてヒーロー嫌い?」って言われたこともあったな。

「お、来た来た……その姿もいいけど、素の顔も良かったよ」


「……ふぁ!?」


「いやだからそのヒーロー姿じゃなくて……イタタタタタタ!」


「すいません、ヘラクレス……いや高津さん事務所のヒーローをナンパするのやめてもらっていいですか?」

 受付の岩瀬さんがヘラクレスの耳を思い切り引っ張るが、私は思わず先ほどの言葉に思わず心臓が飛び出してしまいそうな気分になる。

 それ以上に注目する言葉が……高津さん? ヘラクレスって名前はヒーローネームであるというのは理解していたけど、高津さんってのが本名なのか。

 でも彼はヒーローネーム以外は本当に謎に包まれていて、メディアですら本名を突き止めることができていない。

 だからこそ細胞から培養されたヒーローなんだなんてデマが流れたりする原因になっているんだけどな、そうか高津さんねえ。

「高津さん……ですか」


「そうそう、この人ヒーロー協会とか上層部に掛け合って本名を隠してもらってて……」


「ちょっと待った! やめて岩瀬さん、それ以上は……!」

 ヘラクレス改め高津さんが慌てたように岩瀬さんへとすがりつくが、若手ナンバーワンヒーローのこんな表情を見せられたことに驚きと、好奇心を掻き立てられた私はずい、と岩瀬さんの方へと身を乗り出す。

 私が食いついたとわかったのか岩瀬さんはニンマリと笑うと、高津さんはとても意地の悪そうな表情のまま、高津さんへと微笑むと、優しい口調で彼へと話しかける。

 その言葉と同時にそれまで強気で理想のヒーローとして振る舞っていたはずのヘラクレスもとい高津さんは絶望の表情を浮かべて項垂れた。


「で、ヘラクレスことが事務所に来た理由をご自身でシルバーライトニングに説明していただけますか? ね、一郎さん?」

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