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第〇六話 アルマトゥーラ 〇二

 ——ヴィラン「アルマトゥーラ」を名乗る男は私に向かって文字通り踊りかかってきた。


「……ちょ……ま」

 いきなり飛びかかってくる上半身裸の男に生理的な恐怖感を感じて咄嗟にスキルを使って後方へと大きく飛び退る……ふ、不審者どころの騒ぎじゃないぢゃん!

 うら若き乙女に飛びかかるのはそれはもうやべーやつなんよ……瞬時に距離を離した私がそれまでたっていた場所に着地したアルマトゥーラは先ほどの動きで私がどんなスキルを使ったのか理解したのだろう。

 少し離れた場所で身構える私を見てニヤリと笑った。

「……シルバーライトニングとはそういうことか……いいスキルだな」


「そりゃどーも、変態さんかと思ってびっくりしたわ」


「ぐわっはっはっは! お前みたいな乳くさいガキを相手にするほど飢えちゃいねえよ」

 アルマトゥーラはその彫刻のような筋肉質の肉体を誇示するかのようなポーズを見せるが、その肉体は赤銅色の鈍い光を放っており、それがスキルに起因するものであることは理解できる。

 どんなスキルなんだ……? 私のヴィランに関する知識はそこまで深くないので、ぱっと見の状況から判断するアルマトゥーラのスキルが全く理解できない。

 ミシミシミシという音を立ててヴィランの肉体が軋み音を上げたあと、その巨体からは考えられないような速度で拳を振るう。

「く……なんて速度……」


「どうしたどうしたッ! 逃げるだけしか能がないのか?!」

 大ぶりの拳は今の私ですら簡単に見切れるくらいに大雑把で力任せのものだが、その速度と威力は明らかに異常……私が交わした拳がたまたまそこに設置されていた古いエアコンの室外機にぶち当たると、一撃でその室外機は粉砕され、ドガアアンッ! という音を立てて吹き飛んでいく。

 なんて威力……そしてあれだけの重量物にぶち当たったにも関わらず赤銅色をした拳には傷ひとつついていない……つまり彼のスキルはなんらかの肉体強化するものであると私はようやく理解した。


『スキルを活かすのは肉体や精神なんだが、スキル所持者は発現と同時に肉体が作り替えられてね……一般人Jとは別物の存在へと文字通り生まれ変わるんだ』


 そんな光景を見ながら所長であるエスパーダの言葉を私は思い出していた……ヴィランだけではなくヒーローもそうなのだが、スキルが発現したものの身体能力はスキルに応じて相乗効果で強化されてしまう。

 例えばシルバーライトニングが発現した私ですら、発現前の肉体と比べると格段に筋力、耐久力が向上しており一般人とは比べ物にならない能力を発揮する。

 脚力は大幅に強化され専用の訓練をしなくても数メートルの高さを垂直飛びできるようになり、オリンピック選手並みの速度で駆け抜けられる。

 だが……スキル発現者が恐ろしいのは、スキルのレアリティにもよるが専用の訓練をすることによってさらに身体能力を上げることが可能な点だ。

「くっはー! ちょこまかと……逃げ足だけ早い女がッ!」


「……ふんッ!」


「う……ぐおおおっ!」

 大ぶりの拳を交わした私はアルマトゥーラの腹部にカウンターパンチを叩き込む……ドスンッ! という鈍い音と共にヴィランの肉体が九の字に曲がると、その巨体が大きく跳ね飛ばされ近くの壁へと叩きつけられるとそのまま地面へと崩れ落ちる。

 私のスキルはシルバーライトニング……SSRエスエスアールに相当するレアリティのスキルであるため、発現後の能力の伸びは凄まじかった。

 単なる少女だった私は小学生にして二〇〇キログラムのバーベルを持ち上げ、一〇〇メートルを数秒で駆け抜けるようになっていた。

 そして女子高生時代からエスパーダ所長の指導のもと肉体改造を続けていた私の肉体は、拳で鉄板をぶち抜くくらいは容易にやってのける凄まじい強化を果たしている。

「……やった?」


「……クハハハッ! こりゃすごい……」


「な……!」

 壁に叩きつけられたはずのアルマトゥーラはゴキゴキと首を鳴らしながら何事もなかったかのように立ち上がり、肩を回して体の調子を確かめるような仕草を見せる。

 今のカウンターは確実にヴィランの体に突き刺さり、あの巨体にも関わらず私の打撃はダメージを与えたはずだ……なんだ? と私が訝しげるような表情を浮かべているのを見て、アルマトゥーラはニヤリと笑った。

 殴った感触が異様に固くまるで鉄板でも殴ったかのような感覚だったことに違和感はあったけど、もしかして……私が再びファイティングポーズを取ったのを見てヴィランは同じように身構えた。

「お前のスキルは確か一秒間加速……ヒーロー名鑑にはそう書いてあった」


「シルバーライトニングのヒーロー名鑑を見てるなんてマニアね?」


「いやいやお前じゃなくて、先代の紹介だったはずだ……超加速系のスキルとしてはSSRエスエスアールレベルだったな」

 先代シルバーライトニングは本当に素晴らしい活躍をしている……すでに亡くなっているそうだが、現役時代はこのスキルを十分に活かしてさまざまな事件を解決に導いていたのだという。

 素晴らしい先代のシルバーライトニングがいるからこそ、私の体たらくに一般人が文句を言う……それは仕方ないことだとは思うのだけど。

 アルマトゥーラは自らの赤銅色に鈍く光る胸元の大胸筋を指さすと笑みを浮かべたまま私に向かって話しかけてきた。

「俺のスキルはアルマトゥーラ……つまり超硬質の鎧化よろいかだ」


鎧化よろいか……?」

 防御系スキルとしては高レアリティに属する能力、ヒーロー協会では「スーパーアーマー」なんて名前がつけられたりするけど、このスキルは肉体を硬質の鎧と化し衝撃や斬撃を防ぐ効果を持っている。

 このスキル所持者はあまり多くないけど派生スキルが非常に多く、不可視の盾を生み出す「シールド」とか防御能力に特化した「ディフェンス」、珍しいところでは石化する「コンクリート」なんてスキルがあるらしい。

 基本的に超加速とそれを支える肉体能力で戦うスタイルの私にとって、防御系特化型のスキル所持者は案外相性が悪い……肉体が超強化されていても、打撃などで相手を叩きのめすスタイルの私は相手の防御を無視する効果を生み出すことができない。

「今の一撃はいいパンチだった、だが俺のアルマトゥーラを破るほどの威力がない」


「う……なら何発でも……ッ!」


「やってみろよ」

 私は相手に主導権を握らせないために一気に前に出る……稲妻のような加速とともに距離を詰めた私の右拳を顔面へと叩きつけた後、ほぼ同時に回し蹴りを腹部へ、そしてスキルを使った超加速で顎に膝を叩き込む。

 瞬きの間に数発の打撃を叩き込んだ私の攻撃にアルマトゥーラは微動だにしない……全ての打撃を叩き込まれてもなお、立ったままもっとやって見せろとばかりに手招きをして見せる。

 こいつ……! 私はそのままスキルを織り交ぜた超加速を使って、蹴りを拳を膝を連続して叩き込んでいく……路地裏に響くドゴッ! ゴスッ! バキイッ! と言う鈍い音とは正反対にヴィランの肉体には傷ひとつ付いていない。

「……な、なんで……」


「シルバーライトニングは確かにいいスキルだ、だが訓練が足りない」


「うぐっ……!」

 なおも攻撃に出ようとした私にアルマトゥーラの拳が迫る……運悪く超加速した直後、いわゆるクールタイムに相当する隙を突かれヴィランの拳が私の腹部に突き刺さる。

 ズドン! と言う凄まじく鈍い音と共に私の体が宙に舞う……痛みと苦しさで悶絶した私はそのまま宙を舞い、そのまま積まれていた段ボールの山の中へと突っ込んだ。

 視界がチカチカする中なんとか立ち上がる私を見てアルマトゥーラは勝負を決めるべく一気に拳を振り上げたまま距離を詰めてきた。


「はっはっは……! いい根性だ、だが相手が悪かったなお嬢ちゃん……これで終いだッ!」



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