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第〇四話 お友達

「雷華〜、久しぶり〜!」


「亜希ちゃん〜!」

 ある休日の午後、久々に待機休暇となった私は学生時代の友人とお茶をすることになり、東京二三区の西部にある駅前にあるカフェへとやってきた。

 保坂 亜希ほさか あき……高校時代からの友人であり、私がヒーロー活動をしていることを唯一打ち明けている心の友と言っても良い。

 黒髪黒目、背丈は一五〇センチメートル後半だが、一七〇を超えている私からすると見下ろすような格好になり、ちょっと小動物的な印象のある小柄な女性で美人というよりは可愛いという印象を強く感じる人物だ。

「仕事忙しい? 最近なかなか連絡取れなかったから心配だったよ」


「忙しいっていうか、その失敗だらけで……」


「ああ……大丈夫、最初はみんなそんなもんだって誰でも言ってるじゃない……気にしちゃダメだよ」

 うう……亜希ちゃん優しいなあ、彼女は私が高校時代もずっとこんな感じでフォローしてくれる人で、他の人よりも背が高くて浮き気味だった私と仲良くしてくれているかけがえのない友人の一人だ。

 スキルを持っていたら持ち前の明るさで皆をフォローできる良いヒーローになったんじゃないかな、と思うんだけど残念ながら彼女にはスキルは発現しなかった。

 もしも彼女にスキルが芽生えたのであれば……よき仲間として一緒に活動することもできたかもしれない。

 だけど現実は違って、私はヒーローとなって彼女は普通に大学生として生活をしているのだ……変わってほしいなあと思ったことが何度もあった。

「何にする? ここのお店はクレープが美味しいらしいよ」


「あ、じゃ同じもの頼もうよ」


「いいねえ、じゃあ私選ぶね……抹茶ラテといちごジャムクレープ二つください〜」

 亜希ちゃんがそう伝えると、店員さんが笑顔で厨房へと注文を伝えに戻っていく……そんな店員さんを見ながら彼女は私へと向き直ると優しく微笑む。

 高校時代とほとんど変わっていない綺麗な笑顔……まあ卒業してまだ一年くらいだからそりゃ変わるわけなどないんだけど、それでも女子大生になった彼女は多少化粧とかするようになって綺麗だなーと思う。

 元々最初に友達になった頃からすでに綺麗な子だったので、他校の学生からも、同じ学校の生徒からもモテてたんだよね。

 ちなみに私は取り巻きの人間その一みたいな扱いで、気まぐれに声をかけられたけど……なんだかなって思って全部お断りしてた。

 あの頃は亜希ちゃんにも彼氏がいたけど、卒業と同時に話が合わないとかで別れちゃってるはずだから今はフリーのはずだ。

「今日は休みなんだよね?」


「うん……ただ待機休暇だから、呼び出しが来るかもだけど……」


「大変な仕事だよね……」


「でもまあ……最近事務所の所長からも頑張れって声をかけてもらってるし……」

 他愛もない会話だけどヒーローである私が唯一一般人として動ける時間でもあり、世間との接点がある数少ない時間でもある。

 それには私がスキル発現したことと密接に関わっている……スキルが顕現するということは、ヒーローとしての輝かしい未来が待っているだけじゃない、人によってはヴィランとして犯罪者に身を窶す人も多く存在している。

 テレビのドキュメンタリーで見たけど我が子が犯罪者になってしまうかもしれない……という恐怖は計り知れないものなのだという。


『……そういうふうに育てた買ったわけじゃない……そんなふうに育つわけがないと思っていた……』


 特に有名なヴィラン……例えば日本でその名を轟かせる大悪党プロフェッタ、二〇年ほど前に彼は日本国内においてとんでもない事件を巻き起こした。

 このヴィランは予言をすることによって現実に予言を実現させるという不思議な力を持っていたが、いつしかその力を悪事に利用するようになり、自らの欲望を満たすための予言を繰り返すようになった。

 それにより次第に彼は裏社会のボス的な地位に上り詰め、国家転覆を起こそうとしたのだという。

 偶然にそれを知ったヒーローたちの活躍により計画は未然に防がれ、プロフェッタはヴィランのみが収監される特別な刑務所へと送られた。

 そしてあまりに危険すぎるスキルを恐れた政府や国際機関による裁判が行われ、死刑判決を受けこの世を去ったと言われている。


『……ヴィランとヒーローの違いは何か? 何も変わらん、俺たちは同じ存在だ……お前の横にいる人間が、ヒーローかヴィランかわからんだろう?』


 このプロフェッタの手記が一冊の本へとまとめられ一〇年ほど前に発売されて世間を賑わせたが、いまだにプロフェッタの行動や哲学、言動などは世間に浸透しており反体制派を気取る活動家などはプロフェッタの残した手記を聖典のように扱っているのだという。

 カリスマだったのだ……それは過去に存在した恐るべき大戦を巻き起こした独裁者のように、言葉と予言によって正義を悪と化し、悪を正義と見せかけそして目的のために大勢を不幸にしていった……同じくらい危険なスキルを持つヒーローの活動に制限を設けるべきだという論調がマスコミ界隈に蔓延したのもそのくらいの時期だろう。


『……私の娘が……なんてことなの!? こんな子は私の子じゃない……!』


 運が悪いことに私のスキル発現はそのくらいの時期であった。

 ちょうどヒーローも活動しにくく大変な時期に出てしまったが故に、私の母親はその頃の世間の価値観や論調に強く影響を受け、私ではなく一般人である妹を溺愛した。

 その頃からずっと私は家族との折り合いが悪く……中学卒業後に私は家を出て一人暮らしを始め、お父さんは時折連絡をくれるくらいの接点しかないのだ。

 そのほか私と連絡を取り合うのは事務所の人か、亜希ちゃんくらいしかおらず世間との接点は驚くほど少なく、正直いうなら休日などは家に引きこもって気に入ったヒーローの動画を見ているくらいしかやることがない。

「それでさー、大学のヒーロー研究部が今推してるのヘラクレスらしいよ」


「ヘラクレスって、あのイケメンヒーローの?」


「そうそうちょっと塩対応で応対するのが可愛いんだって、みんな面白いよね」


「特殊性癖の方々かな……亜希ちゃんも推してるの?」


「私が推すのは決まってるからね」

 亜希ちゃんが通っている大学にはヒーロー研究部とかいう変わり者の巣窟があって、なぜか彼女はそんなサークルに入部しているという。

 見た目と全く違うサークルなので正直もったいねーなとは思うんだけど、それはまあ彼女のやりたいことだから仕方ないんだろう。

 ヘラクレスか……テレビで見た彼の姿は確かに格好良かったし、イケメン……まあ私としてはもう少し華やかな方が好きではあるけど、十分に爽やか俳優さんみたいな風貌ではある。

 そっか亜希ちゃんも推すヒーローがいるのか……多分イケメン俳優とかミュージシャンが好きな彼女のことだから人気のヒーローが好きなんだろうな、と運ばれてきたお茶に口をつける。

 彼女は何か言いたげに私を見つめていたが……なんだろうと思って視線を向けた私を見て、満面の笑みを浮かべてもう一度微笑んだ。

「なんでもない、私の推しヒーローはもっと庶民的で優しい人だから」


「……そうなんだ、今度会えたらサインもらうよ誰だろ」


「そういうのは大丈夫……影ながら応援、で十分なの」


「そうなの? でも欲しくなったら言ってね、ちゃんともらってくるよ」

 ヒーローのサインって結構人気あるんだよね、それがランキング上位のヒーローが書いたものであればなおさらで、ヘラクレスはトップテンに入ってるからサイン色紙なんか高値で取引されてそうなもんだけど。

 まあいいか、無理強いすることもないし……とクレープに手を伸ばした私を見ながら亜希ちゃんはニコニコと微笑む。

 そして私が聞き取れないくらいの小さな声で、何かをぼそっと呟くとクレープを掴んで口に運ぶとよほど美味しかったのか眩しいくらいの笑顔を浮かべた。


「美味しいって聞いてたけど本当に美味しいね! 雷華と来れて良かった〜!」


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