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第〇三話 串カツ盛り合わせ

「はぁあああああああ……あっ……すいません……」


 私のクソデカため息に周りのお客さん達がびっくりしたのか、一斉に視線が集中したのを感じ思わず下を向いてしまう。

 いつもの行きつけの店……繁華街にある小さな串カツのお店はいつものようにたくさんの人でごった返している。

 何年か前の世界的に流行した感染症のおかげでその時よりは人の入りは少ないんだ、とかって話があったけど今ではそんなことも過去だったかのようにお客さんはみんな笑顔かつマスクなしで楽しそうにお酒を飲んでいる。

 そんな場所ではあるが、私はお酒が飲める年齢ではないため頼んでいるのは烏龍茶と串カツ盛り合わせのセットで、その中から一本つまみ上げたソーセージの串カツをタレにつけるとひょい、と口の中へと放り込む。

「……んまい……」


「雷華ちゃんいつもいい食いっぷりだね、未成年なのが残念だよ」


「ここのカツ美味しいんで……あと、もう少ししたらお酒飲める歳ですから……」


「そっかー飲めるようになったら、うちでまずは生ビールをお勧めするよ」


「あはは……考えておきますね」

 お店の大将がいつもの笑顔で私へと話しかけてきたので、笑顔で笑って返す。

 私はあと数ヶ月で成人となる年齢であることやヒーロー活動もあってちゃんとルールを守っているが、それでも同い年の女性と比べると食べる量は比較的多い。

 ヒーローとなる条件の一つであるスキルは、圧倒的な能力を発揮する代わりに恐ろしいほどのカロリーを消費していくため、基本的に私たちヒーローやヴィランは大食漢になるケースが多い。

 アスリートが活動に必要なエネルギーを得るために肉や食事が多くなるのと一緒の理屈らしいけど、中には食生活自体を変化させてしまうスキルなどもあり、例えば植物のみしか口にできなくなるスキルや、肉……しかも生肉しか消化できなくなるスキルなども世の中には存在している。

「んむ……おじさん豚串カツあと二つ頂戴」


「あいよ、待ってな」

 幸いなことに私は食生活にはそれほど大きな影響はないので、多少大目に食べればちゃんとスキル使用に影響がない程度のカロリーは確保できている。

 しかし極端なものになると血液……正確には赤血球からしか得られない栄養素を消費して使用するスキルがあり、過去にはそのスキルの持ち主は吸血鬼のレッテルを貼られたりしたのだ。

 そうやって人は自分たちが理解できないスキルの持ち主を……怪物、果ては魔物として迫害したのがヴィラン誕生のきっかけとかなんとか歴史の授業で習った。

 だからと言ってそれを理由に暴れていいわけが無い、と言うのがヒーロー側の主張でもある。

「はい、豚串カツ二本……それとこれはおまけだ」


「わ、いいんですか?」


「いいよ、いつも美味しそうに食うからな食ってけ、な」

 大将が差し出したお皿には豚串カツ……大ぶりのバラ肉に衣がたっぷりついたこの店のおすすめと、レバーを程よく焼いたものがたんまりと載せられている。

 まあ、毎週通っていればちゃんと覚えてもらえるものだ……人によってはヒーローすら異種族として忌み嫌う人たちも存在する。

 人類史上主義者と呼ばれる彼らはヒーロー、ヴィランを共通の敵として糾弾しており、この日本でも多少なりとも彼らに同調する勢力がいたりもする。

 まあ、ヒーロー活動時には能力を解放するので髪の毛や瞳の色も全然違うため今ここにいるお客さんもお店の大将も私がヒーロー「シルバーライトニング」だということは全くわからないだろう。

 それもそのはず……活動をしていない時の私は地味な黒髪だし、瞳の色は茶色という典型的に純日本人にしか見えないからだ。

 店の小さなテレビにはニュース系動画サイトの映像が流れている……そこに流れているのはシルバーライトニングが無様にもゴミの山に突っ込むところだ。

「なんだなんだ、ヒーローもだらしねえなあ」


「可哀想だよそんなこと言っちゃ……」


「こいつただ速いだけなんだろ? 逃げ足が早いだけなんじゃねえの〜」

 申し訳ございませんねぇ、その張本人がここにいるんだよ……私は黙って紅しょうがカツを口に放り込みつつ、憎々し気に好き放題に囃し立てる酔客を見てから再び軽くため息をつく。

 私がシルバーライトニングとしてデビューした直後から、どうにも歯車がうまく噛み合っていない、ヴィランを捕縛するために叩きのめすと言うのはあまり違和感ないのだけど、いざ実践となるとなかなか思うように行動できないと言うのが正直なところだ。

 当たり前だけど新人ヒーロー全てが最初から大活躍するなんてケースは珍しい……そこでテレビの映像が変わったのか歓声が上がる。

「さすがヘラクレス……!」


「名前がまさに英雄って感じだよね」

 テレビに映るまさに英雄と言わんばかりに特集されているのは、ヒーロー「ヘラクレス」……確か今年で二六歳くらいのまだ若いヒーローで、身長は一九〇を超える筋肉質の男性で顔はイケメンと言っても良い爽やかさを備えており、首には赤いスカーフが巻かれているまさにヒーローらしい姿をした男性だ。

 黒髪で瞳は緑色……インタビューを受ける様子も様になっており、ハキハキとした返答と明るめの声が非常に好感を感じるようで、テレビを見る酔客たちはその様子に見入っている。

『今回は鎖を操るヴィランを二人同時に捕らえた、と聞きましたが?』


『そうですね、自分でも二人同時に捕縛できるとは思いませんでした』


『またまた……でもこれで月間の事件解決数はトップなのでは?』


『あんまり気にしてないですね、僕はヒーロー活動がどれだけ充実するかを重視しているので……』

 なんだよ随分と優等生なことを言いやがる……私は少し舌打ちをしたくなるが、実際にヒーロー「ヘラクレス」はここ数年のヴィランによる事件解決数が段違いに多い。

 私とは雲泥の差……ヒーローにはランキングが存在しており、日本全国で活動する二〇〇〇名以上のヒーローは厳格にランキングが設定されている。

 今テレビの中で女子アナウンサーからインタビューを受けているヘラクレスは確か今年トップテンに入ったばかりだとはいえ、若手のヒーローの中ではトップクラスに活躍している。

 ランキングを気にしていない実力者というのも存在するけど、それは本当に変わり者というか、特殊な例であり通常はそのランキングに応じた能力を持っていると言っていい。


「……私は二〇〇〇位か……」

 今私のランキングはちょうど二〇〇〇位であり、まだ下がいるとはいえそれは活動停止状態のヒーローだったり、大怪我して名誉職のようにランキングに載っているもの、そしてヴィランへと落ちる寸前のものなど落ちこぼれのヒーローたちがひしめいている。

 さらにランキングは通常そのヒーローが持つスキルのレアリティにも左右されるため、スキルのレア度が上がるとそれなりに高いランキングを維持できるのが普通なのだ。

 つまり……シルバーライトニングというスーパーレアリティスキルの持ち主はそれなりにランキング上位にいてもおかしくないのだけど、残念ながらここ数ヶ月の活動ですっかりランキングは下落しっぱなし。

 事務所にも迷惑をかけているのが現状なので、正直言ってどうすればいいのかよくわかっていない。


『……可能であればもっといいヒーローが出てくるのを祈ってます、僕だけじゃなくちゃんと活躍できる人は多くいると思うので』

 ヘラクレスのインタビューを聞いて思わず咳き込む……いやいや貴方以上の活躍ができるのがあと何人いるのか……トップテン入りしているヒーローは全員がもれなく化け物じみた活躍を見せている。

 スキルのレアリティにこだわらないもの、活動範囲が広いもの……捕縛率が高い、そもそもの能力が異常に高い、めちゃくちゃ見た目も活躍も派手とか、とにかくこんな場所で串カツをもそもそ食べてるような女にはあんまり縁のないランキングかもな。

 私は空になった烏龍茶のジョッキを振ると、大将に追加の注文を出してテレビに映るインタビューを耳に入れるのを諦めた。


「大将、串カツ盛り合わせもう一皿と烏龍茶お願いね」



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