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第〇一話 クラブ・エスパーダ

「……しゅみませんでしたぁ……」


「おおう……これは見事な土下座、僕でなければ許しちゃうね……ってそういうのいいから」

 私が事務所の床に頭を擦り付けるように、先日動画サイトで見つけたそれはもう美しい土下座を披露している前で困ったように頬を指で掻いている白髪ダンディなオジ様。

 このヒーロー事務所「クラブ・エスパーダ」を立ち上げた古参ヒーローの一人エスパーダ……本名は井出さんというらしいが、私の尊敬する上司が困ったような表情を浮かべている。

 東京の北側、川を挟んですぐはお隣の県に位置する長閑な地域ではあるが私たちの事務所はそれなりに長い期間、北部の治安を守るヒーロー事務所として認知され、過去には幾度も表彰を受けたことでも知られる名門事務所として知られている。


 そして自己紹介が遅れたけど私の名前は市嶋 雷華いちじま らいか……この「クラブ・エスパーダ」に所属する「シルバーライトニング」としてデビューしたての新人ヒーローである。

 ヒーロー……それはこの世界に生み出された特殊なスキルを持つ超人たちの総称であり、私はなんの因果か幼少期にスキルに目覚めたことで将来の進路が確定してしまった。

 生まれも育ちもこの地域である私は、高校生を卒業してすぐにヒーロー、エスパーダの弟子として事務所に雇われ訓練を受けてきた。

 そして訓練期間が終わった私は昨晩ヒーローとしての仕事に赴き……そして何回目かの大失敗をしてしまった。


 ヴィラン……私たちヒーローの宿敵とも言える堕ちた存在……ヒーローに匹敵するスキルを得ていながら、その力を悪事に使う犯罪者たち。

 多くの人は彼らを現代社会の闇とか、堕ちたヒーローとか呼ぶが、ともかく私たちヒーローは彼らヴィランの悪事を防ぎ、世界の治安を守るために日夜活動をしている。

 ヒーローはヴィランを退治し、人々を守ることで国家から報酬を得ることから公益性のある職業だと言われている……それ故にヒーローを見る目はかなり厳しく、活動はよく動画サイトのニュースなどで取り上げられているのだ。

「もー、いいからそういうの……ほらそこの椅子に座って」


「いえいえ、私めもはや腹を切ってお詫びする以外にわぁ!」


「君いつの時代の人間なのよ……まずは座って落ち着きなさい」

 エスパーダ所長は私が美しい土下座をキメている向かいのソファーへと腰を下ろす……私はとりあえずソファーへとちょこんと座ると、視線を大型のモニターへと動かす。

 そこでは昨日のパフアダーが別事務所の女性ヒーローであるスパークによって無事捉えられた、というニュースが流れている。

 なんでも路地裏から逃げ出したパフアダーは一般人に見つかると、すぐに再通報されすぐに出動してきたスパーク……画面に写っているオレンジ色の髪の毛をツインテールにまとめた美少女によって捕縛されたという。

 えらい綺麗な女性ヒーローだなーと思うが、それもそのはず……彼女は東京の中心にある超有名ヒーロー事務所「カウント・ファイアフライ」が売り出し中の新人さんだからだ。

「……でさ、一応昨日のことなんだけど……」


「はい……」


「そんなに気にすることはないと思うんだよ、緊張もあったろうし……僕が現場で指揮できなかったのも悪いからね」

 エスパーダ所長は今年五二歳になるベテランヒーローであり、この「クラブ・エスパーダ」の所長でもあり、そしてこんな私を雇ってくれている優しい人でもある。

 ヒーローの能力としてはそれほど格が高くないと言われているが、際立った身体能力と判断能力……そしてスキル使用の巧みさで数々の凶悪なヴィランによる事件を解決してきた猛者でもある。

 それもあって「クラブ・エスパーダ」は東京都北部にある事務所としては格式が高く、過去には子供が憧れる事務所の一つでもあったのだけど、ここ数年は目立った活躍をしているヒーローを輩出していない。

「雷華ちゃんはさ、ミスを気にしたりちょっと緊張しすぎなんだよね」


「はいぃ……」


「練習どおりにやれば問題ないと思うんだよ」


「練習……」


「いや、僕もあんなきつい訓練を押し付けて悪いなーと思ってたけど……でも君の能力は一級品なんだから、自信を持ってもらっていいと思うんだ」

 所長は苦笑いに近い表情で優しく話しかけてくれるが……私は自分が授かったスキルについて想いを巡らせる。

 ヒーローが有する「スキル」……ヒーローやヴィランは常人にはない能力を持っていて、幼少期にその力に目覚めると言われている。

 このスキルは人によって千差万別、その能力の珍しさに応じてレアリティが設定されており、最下級の四級から最上級を表す超級の五種類に分かれている。

 私がスキルに目覚めたのは小学生の頃……たまたま高い場所から落ちようとしていた妹を助けるために駆け出した時にその能力が目覚めた。


シルバーライトニング銀色の稲妻


 私が目覚めたスキルは最上級の超級に分類されるとてもレアなスキルであり、過去に一人しかこのスキルを所持したものはいないと言われるソーシャルゲームでいうところのSSRエスエスアールに該当するとんでもないスキルなのだ。

 このスキルは一秒間だけ超加速できるスキル……しかも再使用するためのクールタイムはたった二秒間という恐るべき能力である。

 過去のスキル所持者は超加速と連続使用を駆使して凄まじい功績を上げたと言われており、この能力が発言した時うちの親含めて大騒ぎになったんだよね。

「君の持っているスキルは本当に素晴らしいものだからね、失敗を恐れずに……今日は疲れただろうから、もう帰って休みなさい」


 ここ最近似たような話をずっと聞いている気がする……私は所長に深々と頭を下げると事務所にいる間は着用している体にピッタリとあったヒーロースーツから着替えるために更衣室へと向かう。

 訓練の時はうまくいくのに、実践ではなかなかうまくいかない……チラリと横目で見たモニターに、昨日の一部始終が隠し撮りされていたのか、私がゴミの山へと思い切り突っ込む様子が映し出されており、それを見て再び心臓がキリリと傷んだ気がして、思わず胸の辺りを軽く叩いてしまう。

 ダメだ……今日は絶対に上手くできない……もう一度所長へと振り返ると頭を下げてから私は逃げるように更衣室へと駆け込んだ。

「……明日もよろしくお願いしま……失礼しますッ!」




「雷華ちゃん傷ついてましたね」

 モニターに映るシルバーライトニングの失敗を面白おかしくリピートしているメディアに軽く舌打ちをしたエスパーダに向かって、それまでの様子をじっと伺っていた妙齢の女性が話しかける。

「クラブ・エスパーダ」事務員として長年所長を支えている岩瀬 綾乃いわせ あやの……この事務所を実質的に経理、経営面で支える敏腕秘書にして、引退した元ヒーローである。

 彼女の言葉にエスパーダはふうっ……と少し疲れたようにこめかみを抑えるとため息をつくが、そんな彼の前にコトリと入れたばかりのコーヒーが並々と注がれたカップが置かれる。

「ありがとう、傷つけるつもりはないんだがね」


「あの子の場合は上手くできないことで自信を失っているだけですけど……相変わらず褒めるの上手くないですね」


「いかんせん自分の娘くらいの年代だからなあ……説教じみてしまうかもね」


「……でもメディアの取り上げ方も悪意がありますけどね……」

 綾乃の視線の先、モニターの中ではシルバーライトニングの今まで起こしてきたミスが面白おかしく編集されて流れている。

 ヒーローも人間である……最初の失敗から彼女は上手く行動ができなくなっていった、訓練中は決してそこまで失敗を繰り返すとは思えないほど直向きで真面目な性格であったからだ。

 努力も欠かさない、エスパーダや先輩の言うことはちゃんと聞ける……そしてどうしたら上手くいくのか必死にもがいている。

 良いヒーローに必要な素質はちゃんと持っていると事務所の誰もが思っているのだ……コーヒーを啜りながらエスパーダは軽く左右に首を振ってから呟いた。


「……年代の近いヒーローに転籍してもらってメンターとして彼女につけるか……その方が良いかもな」

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